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死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


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永い命の隣で

太陽は高く、水路を渡る風はぬるい熱を含んでいた。


市場を歩き回ったあと、王妃は通り沿いの店で次々と食べ物を買い込んでいった。


香ばしく焼かれた串肉。薄い生地で包まれた香辛料の料理。冷やされた果実水。氷を削って蜜をかけた甘味。


そして今、二人は水路沿いに並べられた石造りの長椅子へ腰掛けていた。石造りの長椅子は、陽射しの熱をわずかに残している。水路を渡る風だけが心地よかった


周囲にも同じように腰を下ろしている人々がいる。商人、旅人、獣人の親子。誰もが買ったばかりの食事を片手に、水辺で思い思いに休んでいた。


雪那は、まだ湯気が立ち昇る串焼きを手に取り、少しだけ緊張した様子で見つめた。


「これは夏の国の名物なんです。少し辛いですけれど、苦手でなければ美味しいですよ」


「辛い……」


雪那は恐る恐る一口齧る。次の瞬間。


「……っ」


ぴくり、と肩が震えた。熱い。舌に刺激が走る。けれど、そのあとに肉の旨味と香草の香りが広がって、思わず目を見開いた。


「お、美味しいです……」


「ふふ、よかった」


王妃は嬉しそうに笑った。その後も、買い込んだ食べ物を次々と勧められる。


「こちらは酸味の強い果物です」


「これは冷やして蜜をかけてあるんですよ」


「この飲み物は香草を使っていて――」


知らない味ばかりだった。甘い、酸っぱい、冷たい、舌が痺れるような刺激のあるもの。


雪那はそのたびに小さく驚き、そして素直に「美味しいです」と零した。


そんな様子を、王妃はどこか満たされたような顔で見つめている。


「雪那様は、本当に素直ですわね」


「……そう、でしょうか」


「えぇ。見ていてとても楽しいです」


雪那は少し困ったように視線を逸らす。こんな風に、誰かと並んで食事をしていること自体が、まだ不思議だった。


穏やかな風。人々の笑い声。水の音。その全部の中に、自分がいる。


ぼんやりと水面を見つめていると、隣から柔らかな声が落ちた。


「そうだわ。王妃様、ではなくて、名前で呼んでくださいな。わたくし、蓮華といいます」


「……お名前で……?」


「えぇ」


雪那は少し戸惑ったように王妃――蓮華を見る。


「……いいんですか?」


「もちろんですわ」


蓮華は甘く冷たい果実水を口に含み、自然な声音で続ける。


「冬竜王様のおそばにいるということは、これからも炎竜王様を通じて交流ができるでしょう?」


さらりと言ってから、ふふ、と笑った。暑さで頬を伝う汗までも美しくて、雪那ひ思わず見入ってしまう。


「だから、もっと仲良くなりたいんです」


その言葉に、雪那の胸がぎゅっと締め付けられる。誰かと、“また会える”前提で話すこと。自分との未来を、想像してくれる人がいるなんて。


戸惑いと、嬉しさを胸の中で感じながら、雪那は噛み締めるように言葉を紡いだ。


「……嬉しいです。蓮華様」


その微笑みと共に呼ばれた名前に、蓮華の表情もやわらかく緩む。


そして、少しだけ間が空いたあと、蓮華が遠慮がちに口を開いた。


「雪那様は……その、冬竜王様に……攫われた、と聞きましたけれど……」


「はい」


「春の国は元々、人間だけの国でしたよね?……その、恐ろしくは、ないのですか?」


気遣うような声音の問いかけに、雪那は少しだけ考えるように目を伏せた。


攫われたあの日を思い出す。圧倒的な威圧感、抗うことすら許されない力。あの深紅の瞳に見下ろされた瞬間、自分は死ぬのだと思った。


恐ろしかった。本当に。


けれど、冬竜王は、一度も雪那に何かを強制しなかった。春の国のように、痛みで従わせることも、恐怖で縛ることも、“術師だから”と利用することも。


何一つ。


そして――約束をくれた。


「……恐ろしくは、ありません」


灰色の瞳が、冬竜王の姿を思い出して、穏やかに細められる。


「あの方のそばにいれて、私は今……幸せなんだと思います」


その言葉を聞いた蓮華は、ほっとしたように微笑んだ。


水路を風が渡っていく。蓮華は揺れる水面を見つめながら、小さく呟いた。


「わたくしもね、炎竜王様のおそばにいられるだけで、幸せなんです」


その声音だけで、炎竜王をどれほど愛しているのか伝わってくるようだった。


「……あの方々は、本当に長い時間を生きています。わたくしたち人間とは、まるで違うほどに強くて、遠い存在です」


雪那は黙って耳を傾ける。蓮華は腕に嵌る銀細工の腕輪に視線を落とし、指先でその藍色の石に触れる。


「本当なら、お嫁さんにしていただけただけでも、身に余る光栄ですわ。けれど、どうしても、生きている時間が違うんです」


水面に落ちる陽光を見つめながら、蓮華はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「これから先の時間も……きっと違う」


人の寿命は短い。けれど彼らは、蓮華と雪那より気の遠くなるような遥か永い時を生きる。


「わたくしの手を取ることは、炎竜王様にとって、“失う未来”を受け入れることと同じでした」


その言葉に、雪那の胸が小さく揺れる。蓮華は炎竜王を思い出したかのように、深い慈愛に満ちた笑顔を浮かべる。


「それでも、手を取ってくださったんです」


その微笑みは、陽だまりのように優しかった。


「だから、わたくしはあの方を幸せにしたいんです」


雪那はその横顔を見つめる。失う未来を分かっていて、それでも、今共にいる時間を尊いものとして大切に過ごす蓮華の姿は、不思議なほど眩しく見えた。


「本当は、早く“血の契り”を交わしたいのですけれどね」


ふと溢された言葉に、雪那が首を傾げる。


「……血の契り?」


「同じ時を生きるための契約です。炎竜王様とわたくしの命を繋いで、寿命を分け合うのです」


「……そんな……」


「死ぬまで、一緒にいられる契約」


その言葉は、まるで謳うようだった。でも、と蓮華はちょっと悲しそうに眉を下げる。


「炎竜王様はまだ少し躊躇っているみたいですわ。自分の長い人生に、わたくしを巻き込んでしまうことを気にしているのでしょうね」


そんなものがあるなんて、知らなかった。長い長い時を生きる存在と、その果てまで共に歩もうとする蓮華の覚悟が、ただ伝わってきた。


水面が揺れる。夏の光が砕けて、きらきらと輝いていた。


長い時を生きる存在の隣に立つこと。

その意味を、雪那は少しだけ知った気がした。


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