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死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


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21/50

夜を超える温もり

陽が落ちて、部屋に戻る頃には、雪那は目に見えて疲れていた。


慣れない会話を長時間続けたせいだろう。術について話している間は夢中だったが、部屋を出て静けさの中に戻ると、一気に気が緩んでしまったらしい。


冬竜王は腕の中にいる雪那を一瞥すると、短く言った。


「今日はもう休め」


そのまま自室へ連れて行かれる。夏の国の夜はぬるい風を孕んでいた。開け放たれた窓から柔らかな風が入り、薄い白布の帳をゆるやかに揺らしている。


出迎えた白狐は、冬竜王の腕に抱かれた雪那に一瞬目を見開いたが、いつも通り涼しげな目元を緩めて微笑む。


「お帰りなさいませ」


「休ませてやれ」


そのまま寝台へ降ろされた雪那は、ぼんやりとした頭のまま、冬竜王の広い背中を見る。


「畏まりました。雪那様、湯浴みの準備が出来ていますよ」


「……はい」


白狐に手を引かれ、半分眠気に支配されてぼんやりとした頭のまま湯浴みを済ませる。


夏の国の寝間着は、冬の国とはまるで違っていた。薄い紗を重ねたような衣は熱を逃がすように軽く、肌へさらりと馴染む。袖も裾もゆるやかで、歩くたびに淡い布が揺れた。


簡単な食事を済ませて、雪那はようやく寝台へ身体を沈めた。


「今日はお疲れでしょう。ゆっくりお休みくださいませ」


「白狐さん、ありがとうございます」


白狐が静かに退室していく。


雪那が寝る支度をする間、冬竜王は部屋を出て行く気配もなく、窓際に置かれた長椅子へ腰を下ろし、卓上の酒瓶を傾けていた。


とく、と小さな音が響く。琥珀色の酒が杯へ注がれていくのを寝台から見つめながら、雪那は回らなくなった頭で少しだけ考える。


たまに夜中、勝手に部屋を抜け出してしまうから、その監視だろうか。そう思えば納得できた。


冬竜王は何か話しかけてくるわけでもない。ただ静かに酒を飲み、分厚い本を読み、時折窓の外へ視線を向けている。


不思議と、居心地が悪くなかった。風の音と、紙を捲る音。酒の注がれる水音。誰かが同じ空間にいる気配。


それがゆっくりと意識を溶かしていく。雪那いつの間にか深い眠りへ落ちていた。



ふと、目が覚める。部屋は薄暗く、窓の外には深い夜が広がっていた。


ぼやけた視界の先で、冬竜王はまだ長椅子に座っている。夜に溶けるような黒髪を夜風に揺らしながら、静かに窓の外を見ていた。


雪那はしばらくその背中を見つめる。


……眠っていない。ずっと起きていたのだろうか。ぼんやりした頭のまま、小さく声を落とす。


「……お休みにならないのですか」


冬竜王は、雪那が声をかけても振り返らなかった。


「あぁ」


短い返答だけが落ちる。けれど、その短い声が妙に静かで。雪那は胸の奥が、少しだけ引っかかる。


誰もいない夜に、一人で起き続ける背中。その空気が、どこか自分に似ている気がした。


雪那はそっと身体を起こし、布団を抜け出す。冷たい床を裸足で踏みながら、ぺた、ぺた、と歩く。


近づいてきた気配に、冬竜王がゆっくり視線を向けた。


「……起こしたか」


雪那は答えなかった。代わりに、長椅子に腰掛ける冬竜王の隣に座り、ふらりと身体を預ける。


そして犬のように、ぽすん、と膝へ頭を乗せた。


ぴく、と冬竜王の身体が揺れる。深紅の瞳がわずかに見開かれた。雪那自身、半分眠っていた。


ひんやりとした冬竜王の体温が心地よくて、そのまま擦り寄るように頬を押しつける。


「……雪那」


「……ここに、いますからね」


低い声で名前を呼ばれるのが心地良い。


雪那は安心したように目を閉じたまま、すう、と静かな寝息を立て始める。


冬竜王はしばらく動かなかった。膝の上にある重みは驚くほど軽い。壊れ物みたいに細くて、熱を失えばそのまま消えてしまいそうな身体。


そのくせ、無防備に体重を預けてくる。冬竜王は長く息を吐いた。


長い人生の中で、こんな風に無防備に寄りかかって眠る者など、知らない。


雪那もまた、あの約束で最後の警戒心が溶けたみたいだった。


「……お前は」


呆れたように零しても、膝を退かすことはしない。


そっと銀髪へ触れる。さらりと指を滑る感触に、雪那が気持ちよさそうに身じろぎした。


窓の外では、夏の夜風が静かに木々を揺らしている。


長い夜だった。いつもなら、ただ朝を待つだけの時間。けれど今夜は、膝の上に小さな温もりがある。


その重みだけで、不思議と夜の静けさが遠のいていた。



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