術師とは
太陽の光が、柔らかな金色となって離宮の廊下へ差し込んでいた。
雪那は白狐に案内されながら、小さく息を吐く。隣では羽雲が心配そうに雪那の腰へ身体を寄せていた。
「緊張されていますか?」
「……はい」
前を歩く白狐の問いに、雪那は少し迷ってから正直に小さく頷く。
あのまま王妃との話は進み、目の腫れが落ち着く午後から、夏の国の術師達と会う約束だった。
王妃から聞いた時は、実感が湧かなかった。けれど実際に向かっている今になって、胸の奥が落ち着かない。
術師。その言葉だけで、どうしても春の国で幽閉されていた頃を思い出してしまう。雪那の力を磨くという名目で、痛みを与えたのは術師たちだった。
値踏みする視線。役に立つかを測る声。失敗すれば責められ、壊れるまで働かされる日々。自然と指先が強張る。
「無理なら戻るか」
聞こえてきた声に、後ろを振り返れば、冬竜王がいた。会うのは昨夜ぶりで、目の前であんなに泣いてしまった手前、どんな顔をしたらいいか分からない。
冬竜王は、昨夜何もなかったかのように平然とした顔をしていて、何だか夢でも見ていたのではないかと思う。
目が合えば、昨夜を思い出してしまいそうで、雪那はすぐに視線を逸らした。そして、その隣に並ぶ炎竜王と目が合う。
「折角だ。会ってやってくれると嬉しいんだがな?」
「はい。あの、本当に私でいいんでしょうか……?」
まさか二人まで来るとは思っていなかった。炎竜王は豪快に笑う。
「そう怯えなくていい!あいつらは純粋に、お前に会いたがっていたからな!」
「話せることは、あんまりないかもしれませんが…それでもよろしければ」
「あぁ。きっと喜ぶ」
その笑顔が、太陽のように力強くて、見ているだけで、雪那の強張っていた肩から力が抜ける。
小さく答えると、冬竜王はそれ以上何も言わなかった。ただ静かに扉を開く。
室内には数人の術師達が集まっていた。年若い者もいれば、年配の術師もいる。けれど誰もが、雪那の姿を見た瞬間に目を見開いた。
あの日、炎竜王を救った治癒術式の使い手。
一瞬の静寂の後、最初に立ち上がった若い術師が、勢いよく頭を下げた。
「先日は陛下をお救いいただき、本当にありがとうございました!」
「え……」
雪那は戸惑ったように瞬きをする。さらに別の術師たちも感極まったように身を乗り出し、雪那を囲む。
「見事な治癒術式でした……!」
「あの構築速度と精度、信じられません」
「かなりの研鑽を積まれたのでしょう!?」
口々に向けられる賞賛。熱のこもった視線。そこには恐怖も嫌悪もない。純粋な尊敬だけがあった。
「おい、お前たち!挨拶もしないうちから囲むな!!」
「あ!そうですね!申し訳ございません!」
「本日はお時間を頂きありがとうございます!」
炎竜王に嗜めるられて、術師達が我に返ったように雪那と距離を空ける。
「ついはしゃいでしまって!」
「陛下へ術を使っているのを見た時から、話してみたかったんです」
雪那は、どう答えればいいのか分からなかった。治癒術式は、雪那にとって誇りではない。
全てを失った原因でしかなかった。家族も、故郷も、普通の人生も、全部。この力があったから。この力があって良かったと思ったことなど一度もない。
なのに、目の前の術師達は、本気で憧れるような目をしている。
その感情が、理解できなくて。怖くて。雪那は無意識に、後ろにいる冬竜王に助けを求めるように振り返った。
冬竜王はそんな雪那を静かに見返す。そして短く言った。
「……お前の、好きにしたらいい」
雪那は息を呑む。拒絶してもいい、逃げてもいい。話したいなら話せばいい。雪那に、何も強制しない言葉だった。
雪那はゆっくりと術師達へ視線を戻す。すると、一人の若い術師が勢いよく前へ出た。
「ぜひ、術式について教えてください!」
「……え?」
「私達も、もっと研鑽を積みたいのです!」
別の術師も真剣な顔で続ける。
「今度こそ、陛下のお役に立ちたいのです」
「守れなかった命を、次は救いたいのです」
その言葉に、雪那は目を見開いた。
春の国で聞いてきた言葉と、まるで違った。雪那が知る“役に立て”は、命令だった。強制だった。価値を示せと責め立てる言葉だった。
けれど彼らは違う。誰かに命じられているわけではない。自分の意思で、誰かを救いたいと願っている。
そのために術を学びたいと言っている。その瞳には、苦痛も狂気もなかった。ただ純粋な憧れと、向上心だけがある。
この力は、苦しみの象徴ではないのだろうか。呪いではなく。誇りになるような力なのだろうか。
雪那は術師達に向き直る。
「……あれは、その……基礎術式を重ねて、循環を……」
ぎこちなく言葉を紡ぐ。術師達が一斉に身を乗り出した。
「なるほど!だからあれほど安定していたのか!」
「いやでも、そもそもの力が桁違いだ」
「でも何人かで協力したらいけるんじゃないか!?」
真剣に耳を傾ける姿に、雪那は少し戸惑う。けれど、否定されない。怖がられない。奇異の目で見られることもない。ただ、“術師”として話を聞いてくれている。
その事実が、胸の奥をじんわりと温めていく。気づけば雪那は、少しだけ自然に言葉を返していた。
その様子を、冬竜王は黙って見つめている。炎竜王は嬉しそうに笑い、王妃は穏やかに微笑む。白狐は静かに安堵したように息を吐き、羽雲は雪那の後ろで小さく喉を鳴らす。
雪那はまだ知らない。失ったものばかりだった人生の中で、今、少しずつ。
新しいものを、手に入れ始めていることを。




