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死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


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世界が壊れた日

夜は、すでに深く沈んでいた。音は少ないはずなのに、沈黙だけがやけに重い。


「お前、あの国で何をされた」


突然の問いかけに、雪那の身体がぴたりと止まった。


「……え?」


戸惑ったように見上げてくる雪那を、冬竜王は静かに見据えていた。全てを見透かしたような紅い瞳が、雪那の胸元へ向けられる。


「それは、王石だろう」


「……やっぱり、そう、なんですね」


その一言だけで、雪那は力なく項垂れた。何も言わないまま、白い肌を覗かせるように服の袷に手をかけた。


そこには、淡く埋め込まれた光があった。まるで心臓のように脈打つ、白い肌に不釣り合いな異質な石。


「これが、“王石”と呼ばれるものだと知ったのは……夏の国へ来る途中でした」


「何故、人間のお前がそれを持っている」


冬竜王の眉間に皺が寄る。雪那は視線を落とし、滑らかな肌に埋め込まれたその灰色の石に触れる。


「白狐に説明を受けるまで、私は……これが何なのか、知りませんでした」


「何があった」


短い問い。雪那の肩が小さく震えた。思い出したくもない記憶へ無理矢理手を突っ込まれたように、顔が歪む。


「……私は、奇跡の巫女になんて、なりたくなかった……」


「言え」


逃げることを許さない声音だった。けれど、不思議と恐ろしくはなかった。


雪那は、すぐには答えなかった。ただ、自分の胸元へ視線を落とす。


そこにあるものが、“全ての始まり”だった。


「……私が生まれたのは、春の国の外れにある、小さな村でした」





春の国の辺境。田畑ばかりが広がる、小さな村だった。豊かな土地ではない。


けれど、人が少ないからこそ、皆で支え合って生きていた。誰かの畑が荒れれば皆で手伝い、病人が出れば交代で世話をする。


そんな、素朴で穏やかな村。雪那は、その村で生まれた。


父も母も、兄も姉も、黒髪で、術も使えない、どこにでもいる普通の人間だった。


けれど雪那だけは違った。生まれつき、雪のような銀髪を持っていた。それが術者の証であることを、辺境の村人たちは知らない。


畑を走り回り、泥だらけになって笑って、父に抱き上げられ、母に叱られ、兄に泣かされ、姉に髪を梳かしてもらう。


雪那は、特別扱いされることもなく、普通の娘として育った。


あの日までは。


雪那が五歳の時だった。村へ、国の使者たちがやって来た。


彼らは雪那を見るなり、連れて行くと言った。当然、家族は拒絶した。


父は雪那を庇うように抱き寄せ、母は泣きながら首を振った。


使者たちは大量の金を積んだ。それでも両親は頷かなかった。すると男たちは、冷たい声で言った。


『渡さないなら、この村ごと焼き払う』


幼い雪那は震えた。自分のせいで、大好きな人たちが死ぬ。それだけは嫌だった。


だから雪那は、小さな身体を震わせながら、自分から前へ出た。


『……行きます』


家族が止める声が聞こえた。母が泣き叫ぶ。父が男たちへ掴みかかろうとする。村人たちも必死で止めてくれた。


けれど雪那は、連れて行かれた。


城へ着いてからの日々は、地獄だった。突然“術者”だと言われ、狭い部屋へ閉じ込められる。


窓もない。自由に外へ出ることも、駆け回ることも許されなかった。


『術を使え』


そう命じられても、何をどうすればいいのか分からなかった。何を望まれているのか、分からなかった。


毎日、目の前に怪我人が運び込まれる。血塗れの兵士。腕を失った男。腹を裂かれた人間。手の施しようのない人間達が、幼い雪那に縋り付いて、助けを求める。


幼い雪那は、恐怖で立ち尽くすことしか出来なかった。


『早くしろ。この男は死ぬぞ』


怒鳴られ、脅される。けれど分からない。どうすればいいのか。結局、人間達は目の前で死んだ。


雪那がまだ何の力も使えないと悟ると、訓練が始まった。朝も夜もなく、術を使わせようとされた。


出来なければ怒鳴られ、泣けば殴られ、逃げようとすれば、故郷を焼くと脅される。


『自分の怪我なら治せるかもしれないな』


そう言って、傷をつけられた。何度も、何度も、様々な方法で死ぬ寸前まで追い込まれた。


何度意識を失っても、激痛で無理矢理目を覚まさせられる。地獄のような日々だった。


それが一年ほど続いた頃、雪那を鍛えていた術師が、小さな石を持って現れた。


まだ幼い雪那にも分かった。それが普通の石ではないことを。


『一年経っても術式が顕現しないなら、もう仕方ない』


術師は笑っていた。ぞっとするほど残虐な笑みだった。


『最後の手段だ。これで生きていれば、お前は稀代の術師になれる』


そして、その石を雪那の胸へ押し付けた。石が光る。まるで生き物のように肉へ食い込んだ。


次の瞬間、全身の血管が内側から裂けるような痛みが走る。何かが身体中を暴れ回り、壊していく。声にならない絶叫が漏れた。とっくに枯れた筈の涙が、止まらなかった。


三日三晩、雪那は苦しみ続けた。床を掻き毟り、のたうち回り、血の涙を流しても、それでも死ねなかった。


 

そして――。

ふと、痛みが消えた。気付けば、身体が勝手に動いていた。折られて歪に繋がっていた骨が、綺麗に繋ぎ直される。掻き毟って剥がれた爪が再生する。


それを見た術師は歓喜した。


『これだ……!』


雪那は、生死の境を彷徨った果てに、ようやく力を得た。そして同時に、自分の身体が変わってしまったことにも気付いた。


痛みを感じない。どれだけ傷ついても、身体が勝手に治る。


雪那はただ静かに理解し、諦めた。自分はもう、“普通の人間”ではないのだと。


そこからは、ただひたすら治療の日々だった。

術は使えば使うほど強くなる。限界まで使わされ、倒れるように眠る。


そんな毎日。それでも雪那は耐えた。故郷の家族を想えば、頑張れた。


 

けれど、ある日。部屋の前にいた衛士たちの話し声が聞こえた。


『あの娘の故郷、疫病で全滅したらしいぞ』


雪那は、理解できなかった。理解したくなかった。世界は、こんな呆気なく終わるのか。


父も母も、兄も姉も。

村は滅びた。


雪那を唯一愛し、心の支えになっていた家族はもういない。

雪那は絶望した。助けられる力があった。本当に助けたかった人たちには、何も出来なかった。


もう誰も愛してくれない。なのに、この身体は死ぬことすら許さない。


怪我をしても、毒を飲んでも、骨を折られても、勝手に治ってしまう。永遠に苦しみ続けろと、言われているようだった。



絶望だった。




「……そんな、絶望の日々でした」


雪那はかすかに息を吸った。


「でも、あなたが結界を壊して……私を連れ出してくれました」


水底のような薄暗い部屋に、静寂が落ちた。



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