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死ねない私は、竜王様に囚われる  作者: ゆきだるま


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奇跡の巫女

轟、と。

炎竜王の身体から、今までとは比較にならない量の魔力が噴き上がる。


赤黒い炎が竜巻のように天井まで吹き上がり、玉座の間そのものが悲鳴を上げた。


「っ……!!」


結界を維持していた冬竜王の配下達が膝をつく。床が焼け、壁が軋む。空気が熱ではなく、“暴力”に変わっていた。


狂化した魔力が、炎竜王自身を喰い潰している。裂けた皮膚の奥から灼熱が漏れ、血管が赤く発光していた。呼吸のたびに喉の奥から炎が零れ、もはや人の姿を保っていること自体が奇跡だった。


「炎竜王様!!」


炎竜王の配下達から、どうか、もうこれ以上は、と祈りにも似た悲鳴が飛ぶ。


冬竜王は黒衣を翻しながら、灼熱の中を当然のように歩いていく。炎が生き物のように押し寄せるたび、その足元から白い霜が広がった。凍てつく冷気が、暴走した炎を押し潰していく。


二つの王の力がぶつかるたび、空間そのものが軋み、耳鳴りのような音が響いた。


炎竜王が絶叫する。


「ァァァァアアアアアッ!!」


巨大に膨れ上がった炎塊が、真正面から冬竜王へ叩きつけられ、爆ぜた。


視界が真っ白になるほどの閃光。熱風が玉座の間を薙ぎ払い、雪那は咄嗟に腕で顔を庇う。


炎の中心から現れた黒い影は、そのまま歩みを進める。だが、その肩口は深く裂け、黒衣の下から鮮血が溢れ、焼け焦げた布が張り付いていた。


紅い瞳だけが、狂化した王を真っ直ぐ見据えている。


「終わりにしよう。炎竜王」


その言葉を合図に、冬竜王の背後に、巨大な“竜”の気配が立ち上がった。


見えないけれど、確かにそこに“いる”。そう理解してしまうほど濃密な威圧。絶対的な冬。厄災そのものと謳われる冬竜王の、本当の力。夏の術師たちが息を呑む。


空気が凍り、暴走していた炎が、一瞬だけ怯んだ。


その隙を逃さず、冬竜王の腕が、炎竜王に伸びる。赤黒く焼け焦げた指先が、その額に触れる。


触れた瞬間。


――――ギィィィィン!!


耳を裂くような音が響いた。炎竜王の身体から黒赤い魔力が爆発する。


暴走した炎が断末魔みたいに荒れ狂い、至近距離にいた冬竜王の身体を容赦なく焼いた。


肩が裂ける。腹部から鮮血が噴き出す。内側から破裂したみたいに、黒衣の下で肉が裂け、赤が飛び散った。


雪那の喉が、ひゅっと鳴る。


「鎮まれ」


空間すべてを凍てつかせるほどの冷気が爆発した。暴走していた炎が凍る。赤黒い魔力が、圧倒的な冬の力に押し潰されていく。


「ガ、ッアァアああァ……あ、ァ?」


びしり、と。炎竜王の身体を覆っていた禍々しい魔力に亀裂が走る。血走った瞳から、ゆっくりと狂気が引いていき、膨れ上がっていた魔力が、崩れるように霧散する。


そして、炎竜王の巨体が、轟音と共に崩れ落ちた。


燃え狂っていた炎が弾け、灼熱の熱波が玉座の間を薙ぎ払う。砕けた床石が跳ね、壁が軋み、赤熱した瓦礫がぱらぱらと降り注いだ。


誰も、すぐには動けなかった。


その中心で、冬竜王だけが静かに立っていた。白い吐息に、赤が混じる。それでも冬竜王は眉一つ動かさない。


ただ、倒れ伏した炎竜王を見下ろしていた。狂化の炎は消えている。限界まで魔力を使い果たしたのだろう。暴走していた気配は静まり、炎竜王はぴくりとも動かなかった。


「炎竜王様!!」


真っ先に駆け寄ったのは、夏の国の術師たちだった。白に近い淡金の髪を持つ術師たちが、次々に術式を展開する。


「……冬竜王様!」


雪那は静かにその光景を眺めていた冬竜王に駆け寄る。炎竜王程ではないにしても、冬竜王の損傷も酷いものだった。


雪那が手を翳し、治癒術式を展開しようとするのを、冬竜王が遮る。


「炎竜王が先だ」


「ですが、冬竜王様も酷い傷です……」


「何のためにお前を連れてきたと思っている。見ろ」


冬竜王が尚も食い下がろうとする雪那の後ろ、夏の国の術師たちと炎竜王を示す。


夏の国の術師たちの治癒陣が幾重にも浮かび上がり、炎竜王へ光を注ぎ込んだ。だが。


「駄目です……っ!」


「再生が追いつかない!!」


「魔力回路が焼き切れている……!」


治している端から、傷が裂ける。治癒が間に合わず、焼け焦げた肉が崩れ、血が溢れ、抑え込もうとしても追いつかない。


術師たちの顔から血の気が引いた。このままでは、間に合わない。茫然と立ち尽くす彼らに向かって、冬竜王は呆れたように口を開く。


「退け」


「……冬竜王様」


「お前らの王を殺したいのか」


空気が凍る。冬竜王の紅い瞳が、冷たく術師たちを見下ろした。


「治癒が追いついていない。術師なら、その程度分かるだろう。この女に変われ」


術師たちは唇を噛み締める。分かっている。自分たちでは足りない。


だが、一人の術師が、震える声で言った。


「しかし……っ、だからといって……」


視線が、冬竜王の後ろに立つ雪那へ向く。輝く銀髪が、圧倒的な力の差を示しているのは、術師達も理解していた。


しかし、見たこともない術師。あまりにも若く、細く、儚い。本当に任せていいのか。自分たちの王を。見ず知らずの娘に。


そんな迷いが、自分たちでは救えないという事実が、夏の国の術師たちの心を迷わせる。


その時だった。


 ——バァンッ!!


玉座の間の扉が、蹴破る勢いで開かれた。


「炎竜王様!!」


鋭い声が響く。入ってきたのは、一人の女性だった。燃えるような赤毛。金糸を織り込んだ薄衣。真っ直ぐ前を見据える瞳には強い意志が宿っている。


「王妃様!?危険です!!」


周囲が止めようとするのを、王妃は振り払い、倒れている炎竜王に駆け寄る。


「ええい!!離しなさい!!」


凛と響く怒声に、術師たちが息を呑む。王妃は倒れた炎竜王の傍らに膝をつき、その脆く崩れそうな姿を見た瞬間、顔を歪めた。


震える唇を噛み締めたまま、術師たちを睨み据える。


「お前たち!!王を救える可能性があると、冬竜王様がわざわざ連れてきてくださった術師に!!何を躊躇う必要があるというの!!」


鋭い叱責と、その剣幕に、術師たちが押し黙る。


「その無駄な矜持と誇りは、今は何の役にも立たないわ!!捨ててしまいなさい!!」


誰も反論できなかった。王妃はそのまま雪那へ向き直る。そして、深く頭を下げた。


「……我が国の術師たちが、失礼致しました」


震える声だった。それでも、その礼はあまりにも美しかった。


「どうか、我が夫を、お助けください」


雪那は目を見開く。


(……夫?)


王妃は、人間だった。何の魔力も感じない。炎竜王が、夫。妖魔と、人間が。結ばれることがあるのか。妖魔のために、ここまで必死になれる関係性を築くことが出来るのか。


その事実が、雪那の胸を強く揺らした。


「おい。やれるな?」


「……私で、本当に良いんですか……?」


「出来ると思っているから、連れてきている」


冬竜王の言葉に促されるように、雪那は静かに頷き、炎竜王の側へ跪いた。


焼け爛れた身体へ、そっと手を伸ばす。ふわり、と、風もない王座の間で、銀髪が浮かび上がる。


その手から、まるで月光が水へ溶けるみたいに、透ける銀が淡く輝く。


——リィン……


鈴の音にも似た、澄んだ音色が空間へ響いた。雪那の足元に、巨大な治癒術式が展開される。幾重にも重なる円環と、複雑な幾何学模様。


白銀の光が、水面の波紋のように静かに広がっていく。荒れた王座の間から、熱と音が消えていく。それを側で見守っていた夏の術師たちが揃って目を見開いた。


「……これが、治癒術式……?」


違う。自分たちの知る術とは、根本から何かが違っていた。もっと原始的で。もっと純粋で。まるで、“祈り”そのもの。


雪那が集中を深めるように目を伏せる。長い睫毛の影が頬へ落ちた。


傷口を覆うように、白銀の光が溢れる。冷たくも優しい月光。術式から零れた光粒が、雪みたいに空中を漂う。


その景色は、あまりにも神聖だった。誰一人、声も出せない。


炎竜王の裂けた皮膚が、みるみる塞がっていく。焼け焦げた肉が再生し、黒ずんでいた血管へ色が戻る。砕けていた骨が繋がり、つるりと滑らかな肌に戻っていく。


「……ありえない……」


夏の国の術師の一人が呆然と呟いた。自分たちなら十人がかりでも数日は必要な損傷。


それを、たった一人で。


彼らは気付く。冬竜王が、何故この少女を連れてきたのか。


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