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9/12

怪力

朝はまだ冷えていた。


俺たちは、言葉もなく戦場へ向かう。

踏みしめる土が、乾いた音を返す。


中心地に出ると、すでに荒らされていた。

倒れた者の間を、何度も人が通った跡がある。


残っているのは、取りこぼしだけだ。


俺たちは高台に戻り、視線を巡らせる。

倒れている影を拾い、目星をつける。


近づき、装備を外す。

無言の作業が続く。


分かれれば早い。

だが、危険が増す。


だから、離れない。

効率は悪くても、同じ歩幅で動く。


日が傾くころ、手は止まった。


あらかた、回収は終わる。


荷は、昨日よりも重い。

人数が増えた分だけ、確かに増えていた。


長が、荷車の前に立ち荷車をひく。


軋む音とともに、荷車が動く。

山のような荷を積みながらも、足取りは変わらない。


れんと猿が、上に乗る。

それでも、長の顔色は動かなかった。


夕暮れの道を、

重たい影が、ゆっくりと寺へ戻っていく。


……

夕暮れの道。

荷車の軋む音だけが、静かに続いていた。


その中で、長がふいに口を開く。


「永徳さん。オラはどうしたら強くなれる」


唐突だった。


「強くなれるって……そんな怪力だ。長は十分強いと、あっしは思いやすよ」


茂が肩越しに言う。


俺は歩みを緩めず、長の背を見た。

大きな体、揺るがない足取り。


だが――


「いや。長は強いが、弱いな」


言葉は、静かに落ちた。


長の足が、わずかに止まる。


「どうしたら良い」


低く、重ねる。


その瞬間――


「喝!」


俺は声を張った。


空気が震える。

近くの山鳥たちが一斉に飛び立ち、羽音が広がる。


皆が目を見開く。


「師匠、びっくりするじゃねぇか」


猿が顔をしかめる。


俺は歩みを止めず、前を見たまま続ける。


「昔な。俺の修行していた寺に、野盗が入ったことがある」


夕日が、背中を照らす。


「住職は爺でな。野盗も、舐めていたんだろう」


風が、ひとつ吹く。


「槍を突きつけられても、その爺は――ただ一声、“喝”と発した」


静けさが戻る。


視線が、集まる。


「その一言で、野盗は腰を抜かして逃げていった」


夕闇が、道を飲み込みはじめていた。


「強い、弱いというのは――そんなもんだ」


俺は淡々と言う。


一歩、間を置く。


「ほれ。言ってみろ」


空気が止まる。

全員の視線が、長に集まった。


長は、喉を鳴らす。


「……喝」


かすれるような、小さな声。


俺は首を振る。


「小さいな」


足を止めず、続ける。


「いいか。大きな音は、邪を祓う」


風が、頬をかすめる。


「俺がいいと言うまで、やれ。皆もだ。俺もやる」


次の瞬間――


「喝!」


俺の声が、山に響く。


少し遅れて、


「かっ……喝!」


長の声。


「喝!」

「喝!」


猿と茂が続き、

れんも小さく重ねる。


ばらばらだった声が、

次第に揃っていく。


夕闇の道に、声が反響する。

木々が揺れ、鳥が飛び立つ。


「喝!」

「喝!」


繰り返し、繰り返し。


息が荒くなり、喉が焼けても、止まらない。


寺の屋根が見えるころには、

その声は、ひとつの塊になっていた。


夜に向かって、

喝の響きだけが、長く残っていった。


……

夜。

廃寺の中に、静かな火の明かりが揺れている。


俺たちは水で身体を清め、

冷えた肌に夜気を残したまま、鍋を囲んだ。


湯気の立つ粥を口に運ぶ。

温もりが、ゆっくりと腹に落ちていく。


誰も多くは語らない。

ただ、食べる。


やがて箸が止まり、

茂が顔を上げた。


「前回は村の者に、供養を頼まれやしたが……今回も、ありますかね」


火が、ぱちりと鳴る。


長は、その言葉に首を傾げる。


「前回はな、村人が寺に来て、供養をしてくれと頼んできたんだ」


俺は淡々と答える。


長の表情が、ゆっくり曇る。


「……この辺りは、村がないから」


その一言で、空気が変わる。


「えっ、村がねぇのかよ」


猿が思わず声を上げる。


長は視線を落とす。

火の明かりが、その顔に影を落とす。


「実をいうと……あったんだ。だが、もういねぇ。今回の戦で、全員……」


言葉が途切れる。


沈黙。


俺は静かに問う。


「供養は、されているのか?」


長は、ゆっくりと首を振った。


火の音だけが、

夜の中に残った。


……

夜は、長かった。


火が落ち、闇が満ちても、

俺は目を閉じずにいた。


報酬はない。

村も、すでに消えている。


残るのは、死だけだ。


それでも――。


やがて朝が来る。

淡い光が、堂の中を満たす。


皆が起き、いつものように動き出す。

水を汲み、火を起こし、鍋をかける。


湯気が立ち、粥の匂いが広がる。


囲んで、食べる。

言葉は少ない。


食べ終えたとき、俺は口を開いた。


「今回の件なんだが――」


その言葉を、茂が遮る。


「昨晩、長に村の場所を聞きやした。まずは村のほうから供養を始めて、そこから戦場でいいんじゃありませんか?」


迷いはなかった。


「穴掘りと、亡骸運びはオラがやるだ」


長が、拳を握る。


「私は装備品とか、使えそうなものを集めて回る」


れんが続く。


「おいらも、お宝がねえか探す」


猿が笑う。


そのやり取りを、俺は黙って聞いていた。


胸の奥にあった重さが、わずかにほどける。


取り越し苦労だったか。


小さく息を吐く。


「では――行こう」


立ち上がる。


皆も続く。


朝の光の中、

俺たちは廃寺を後にした。


……

村は、静まり返っていた。


足を踏み入れた瞬間、

鼻を刺すのは、濃い死臭。


戸は開き放たれ、

風に揺れる音だけが、かすかに響く。


中には――


倒れたままの人影。

男も、女も、子どもも、老人も。


逃げる間もなく、終わったのだと分かる。


俺は、その場で手を合わせた。

ゆっくりと、声を落とす。


読経が流れはじめる。


れんも、猿も、茂も、長も、

それに重ねるように声を出す。


閑散とした村に、

風と、経の響きだけが満ちていく。


やがて、声を止める。


「……運び出すぞ」


低く告げる。


まずは、それぞれの家の前へ。

一体ずつ、外へと運び出す。


土の上に、並べる。


重い。

だが、誰も何も言わない。


それが終わると、荷車を引く。

村の端、開けた場所へと運ぶ。


軋む音が、繰り返される。


その間――


れんと猿は、別に動いていた。

家々を巡り、使えそうなものを探していく。


倒れた生活の残骸の中を、

静かに拾い上げていく。


風だけが、村を抜けていった。


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