開放
三刻が過ぎるころ、亡骸は一か所に集められていた。
開けた地面に、影が重なる。
風が吹くたび、衣がかすかに揺れる。
俺と茂と長は、並んで穴を掘る。
土は固く、
何度も鍬を打ち込むたびに、乾いた音が響く。
日が高くなる。
額に汗がにじみ、土に落ちる。
その中で、長がぽつりと口を開いた。
「この村……オラの知り合いがいたんだ」
手は止めないまま、言う。
「ご遺体は見つかったか?」
俺は短く尋ねる。
長は答えず、
顎で一つの場所を示した。
並べられた亡骸の中に、ひとつ。
「……そうか」
それ以上は言わない。
しばらくして、長が続ける。
「オラ……こいつに、虐められてたんだ」
鍬の音が、止まる。
「……そうか」
言葉が、そこで途切れる。
かつて憎んだ相手が、
こうして動かなくなっている。
どんな気持ちなのか――
考えても、形にならない。
「どんな気分なんですか?」
茂が、静かに問う。
長は手を止め、
その亡骸を見つめたまま答える。
「前は……憎らしかった。でもな……」
一拍。
「今は、なんも感じねぇんだ」
風が、土をさらう。
「怒りも、恨みも……出てこねぇ」
拳が、ゆっくりと握られる。
「オラ……心が無くなっちまったんじゃねぇか」
その顔には、戸惑いだけが残っていた。
……
土が、静かに落ちていく。
乾いた音が重なり、
亡骸の形が、ゆっくりと消えていく。
つい一週間前まで、
ここには生活があった。
声があり、火があり、
人の気配が満ちていた場所。
それが今、土へと還っていく。
輪廻は巡る。
それは、頭では分かっている。
それでも――
胸の奥に、影が残る。
傍らでは、荷馬車が軋んでいた。
血に染まり、赤黒くなった木の上に、
今度は別のものが積まれていく。
鍋。鎌。鍬。
擦り切れた古着。
誰かの暮らしの跡が、
無造作に重ねられていく。
「金目のものってわけじゃねぇけど、売ればちょっとは銭になる」
猿が、軽く言う。
俺は答えず、手を合わせた。
読経が、低く流れはじめる。
風がそれを運び、
村の跡をなぞるように広がっていく。
一刻――
声は途切れず、
ただ静かに、そこにあり続けた。
俺たちは、一度寺へ戻る。
荷を下ろし、また引き返す。
同じ道を、何度も往復する。
車輪が土を刻み、
足跡が重なっていく。
言葉はない。
ただ、運ぶ。
五度ほど繰り返すころには、
村に残っていたものは、ほとんど消えていた。
空の家々。
開いた戸口だけが、風に揺れる。
やがて――
手を止める。
ふと見上げると、
空はすでに色を落としていた。
辺りは、薄暗い。
昼と夜の境目に、
村は静かに沈んでいた。
……
夜。
堂の中に、火の明かりが静かに揺れていた。
身を清め、
湯気の立つ粥を囲む。
誰も口を開かない。
ただ、箸の音だけが続く。
重たい空気が、沈んでいた。
やがて――
「怒りも、恨みも……出てこなくなることはある」
俺が口を開く。
静寂の中、
その言葉だけが、堂に落ちる。
火が、ぱちりと弾ける。
「人の心はな……仏様に守られているんだ」
ゆっくりと言葉を置く。
「潰れないように。だから、辛くなりすぎたら……仏さまが、それ以上感じさせないようにする」
声は低く、揺れない。
れんと猿が、小さく頷く。
長は、しばらく俯いたままだった。
「……オラは、おかしくなったんじゃねぇべか」
ぽつりと、こぼす。
俺は首を振る。
「あぁ。長は、仏様に守られているんだよ」
その一言で、空気が少しだけ緩む。
長はゆっくり顔を上げ、
堂の奥へ視線を向ける。
大日如来。
その前で、手を合わせる。
火の明かりが、静かにその背を照らしていた。
……
夜は深く、火の明かりだけが揺れている。
「末世ですね。もう世も終わりなのですよ」
茂が口を開く。
その声は重く、沈んでいた。
「末世か……」
俺は仰向けに天井を見た。
「そんな言葉は、昔からある。先達たちは、いつの時代も末世だと言ってきた」
煤けた梁が、ぼんやりと浮かぶ。
「たしかに」
茂が苦く笑う。
火が、ぱちりと鳴る。
「でもな。人間なんてものは……」
俺はそのまま、ゆっくり後ろに倒れ込む。
「食って、寝て……そうやって、延々と生き続けていくんだ」
言葉は軽く、だが消えない。
「戦争は、いつ終わるのさ」
猿が横から口を挟む。
俺は目を閉じる。
「戦もな……戦う気力がなくなれば、自然と終わる」
静けさが戻る。
火の揺れだけが、
夜の中でかすかに続いていた。
……
朝。
廃寺の冷えた空気の中で、俺たちは静かに目を覚ます。
今日も、戦場へ向かう日だ。
どこか、気が重い。
それでも、手は止まらない。
粥をかき込み、
言葉も少なく、寺を出る。
外に出ると、風がやわらかい。
朝の空気は澄み、空は抜けるように青い。
まるで――
何も起きていないかのように。
その中で、茂が口を開く。
「今日の仕事が終わったら、酒でも一杯どうですか?」
俺は、わずかに笑みを浮かべる。
「坊主は、酒など飲まん」
淡々と返す。
「そいつは失礼いたしやした」
茂が肩をすくめる。
一拍。
「代わりに、般若湯を飲む」
俺は続ける。
れんが首をかしげる。
「般若湯ってなに?」
猿がすぐに笑う。
「おいら知ってる。坊主は酒のことを、そう呼ぶんだってさ」
長が、少し身を乗り出す。
「永徳さんは、般若湯は好きか?」
俺は、軽く息を吐いた。
「あぁ……般若湯と女子が原因で、破門されたくらいだからな」
その言葉に、間が生まれる。
次の瞬間――
笑いがこぼれる。
茂が声を上げ、
猿が腹を抱え、
れんもつられて笑う。
長も、ぎこちなく口元を緩めた。
乾いた空気の中に、
久しぶりの笑い声が広がる。
「これも般若湯の功徳だろう」
俺は歩きながら言う。
「では、供養を済ませて……般若湯を頂こう」
また、笑いが重なる。
そのまま、俺たちは戦場へと歩いていった。




