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敗残兵

足軽は、何も言わずに粥をかき込んでいた。


ただ、ひたすらに。

生きるために、口へ運ぶ。


その姿を横目に、猿がそっと囁く。


「……敗残兵だよ。かくまうと、とばっちりが来る」


れんも、俺の袖を強く握る。

小さく震えている。


俺は、それでも目を逸らさない。


「俺は見ての通り坊主だ」


静かに言う。


「お主、前は何をしておった?」


足軽は、椀を止める。


「……大工をやってました。自慢じゃねぇですが、腕はいいって言われてました」


少しだけ、誇るように。


俺は、空になった椀を取り上げる。

もう一度、粥をよそう。


湯気が立つ。


「なんで、そんななりしてる?」


差し出す。


足軽は、嬉しそうに受け取る。

軽く頭を下げる。


「いやぁ……博打で借金をこさえちまって。逃げるために足軽になったんですが……」


苦笑い。


「怖くてね。逃げてきました」


その言葉に、俺は小さく息を吐く。


「今度は、別のものに追われてるってわけか」


足軽は、照れたように笑う。


「へぇ……」


沈黙が落ちる。


火の音だけが、静かに響く。


俺は、少しだけ考え――口を開く。


「お前さん。仏門に入る気はねぇか?」


足軽が顔を上げる。


「……お坊様の下で、と?」


俺は、頷く。


短く。


足軽は、椀を置き、姿勢を正す。


そして――


「よろしくお願い申し上げます」


深く、頭を下げた。


火の揺らぎが、顔を照らす。


俺は、静かに言い放つ。


「一つ言っておく」


声に、軽さはない。


「坊主といっても、キレイな仕事じゃねぇ」


足軽は、顔を上げずに聞いている。


戦場いくさば処理屋(そうじや)だ。亡くなった者から、使える物を頂く。それで食って、供養する」


言葉が、重く落ちる。


「血にも穢れる。臭いもする。お世辞にも、良い仕事とは言えねぇ」


火が、ぱちりと弾ける。


「人に後ろ指をさされることもあるだろう」


一拍。


「それでも――やるか?」


沈黙。


足軽は、さらに深く頭を下げた。


額が、床に触れるほどに。


「……やらせてください」


声は、震えていない。


ただ、まっすぐだった。


……


廃寺の中。

火が小さく揺れている。


「俺は永徳。こっちは、れんと猿だ」


俺は短く名乗る。


「あっしは、茂吉です」


男は頭を下げる。


「それで旦那……借金取りや残党狩りに見つかるかもしれねぇ。何か手はありませんか?」


不安が、声に滲む。


俺は、しばし黙る。


視線は、本堂の奥――

阿弥陀如来へ向く。


そのまま、ぽつりと口を開く。


「茂吉。お前は、博打で借金を作ったと言ったな」


横目で見る。


「へへ……お恥ずかしい話で。でも、あいつらきっとイカサマですよ」


頭をかきながら、苦笑する。


俺は、ゆっくりと首を振る。


「まぁ、何にしろだ」


一歩、近づく。


「お前に“吉”の一文字はいらない。これからは“茂”と名乗れ」


茂吉は、眉を寄せる。


「しかし旦那……吉の字があったから、まだ捕まらずに済んだ。そうは言えませんか?」


縋るような目。


俺は、まっすぐ見返す。


「いや、違うな」


低く、はっきりと。


「吉の字に――お前は吉を吸われたんだ」


言葉が、静かに落ちた。


「ほう……なるほど」


茂は、ゆっくり頷く。


「それで合点がいく。あっし、生まれてこの方……運が良かったためしがない」


乾いた笑い。


俺は、すかさず言葉を重ねる。


「それで、あれだろ。茂吉だから、吉――つまり幸運が“茂る”と思って、博打に手を出した」


茂は、苦笑して頭をかく。


「旦那にはかないませんね。その通りでさぁ」


一息置き、顔を上げる。


「じゃあ今宵この時から……あっしは“茂”として、生まれ変わりやす」


その声には、少しだけ芯があった。


「よし」


俺は、懐から剃刀を取り出す。


「じゃあ、あとは剃髪だな」


……


刃が、静かに動く。


黒髪が、はらはらと落ちる。


茂は、何も言わない。

ただ、じっと座っている。


やがて――


頭はすっかり剃り上がった。


俺は、自分の作務衣を差し出す。


「行水をしてから、これを着ろ」


茂は、戸惑いながら受け取る。


「その恰好じゃ、すぐに見つかる。追っ手に捕まるだけだ」


淡々と告げる。


「明日、装備を売って銭に替えろ。それで自分の作務衣を買え」


茂は、深く頭を下げた。


「……ありがてぇ」


火の明かりの中、

新しい名を得た男が、静かに息を吐いた。


……

朝の光が、廃寺の床を白く照らす。


俺たちは町へ出て、装備品を売った。

昨日聞いた相場が、頭に残っている。


値をふっかけられても、引かない。

見極めて、渡す。


商人の顔がわずかに歪む。

だが、もう出し抜かれはしない。


銭に替え、茂の作務衣と大工道具、そして食料を買い、

再び廃寺へ戻った。


……


火を起こし、荷を下ろす。


「それで、これからどうする?」


俺が口を開く。


猿は肩をすくめる。


「おいらはな……一つ拾ったら、一月は働かねぇ」


気楽な声。


「遊んで暮らすのも、いいもんだよ」


言葉を重ねる。


れんは、何も言わない。


ただ、じっと俺を見ている。


その視線に気づき、俺は言う。


「なんだ、れん?言いたいことがあるなら言え」


れんは、少しだけ口を開く。


「……永徳は……」


言葉が、止まる。


堂の奥。

差し込む光が、阿弥陀如来を浮かび上がらせる。


その前で、れんはようやく言った。


「供養したいんじゃないの?」


沈黙が、堂の中に落ちる。


風の音だけが、かすかに通り抜ける。


猿が、じっと俺を見る。

その手は、ぎゅっと握りしめられていた。


しばらくして――


「あのさ……」


ぽつりと、こぼす。


「亡骸を葬ったら……おいらも、極楽にいけるかな」


声は小さい。

だが、逃げてはいなかった。


俺は、すぐには答えない。


阿弥陀如来に、目を向ける。

そして、ゆっくりと口を開く。


「さぁな」


短い言葉。


猿の肩が、わずかに落ちる。


「だが少なくとも――葬った連中の魂は、迷わずにあの世へ行ける」


俺の声は、静かに落ちた。


火の音が、小さく応える。


「あっしは、お手伝いします」


茂が、顔を上げる。


「逃げてきた身ですが……あの中には、仲間がたくさんいた」


その言葉に、重みがあった。


「私も手伝う」


れんが、そっと裾を引く。

目は、もう逸らしていない。


猿は、少しだけ鼻で笑う。


「おいらもやるぜ。片付けてる間に、お宝が見つかるかもしれねぇしな」


軽口。

だが、そこに逃げはなかった。


俺は、三人を見渡す。


それぞれの理由。

それぞれの覚悟。


「……そうか」


短く頷く。


「なら、やるぞ」


俺は短く言った。



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