嘘も方便
「これは持ち主が次々と、この世を去った。いわくつきの品だ」
俺の指が、鞘をなぞる。
「俺が封印して、災いを抑えていた。だが――お主が持つなら、構わん」
視線を、店主に固定する。
「ただし、封印は解く」
一歩、近づく。
「俺の霊力を使うゆえな」
沈黙。
俺は、息を吸う。
「かんじーざいぼーさつ……」
低く、響く声。
「ぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじー……」
読経が、店の奥へと沈んでいく。
店主の顔から、色が引いた。
しばらくして――
店主の顔色が、はっきりと変わっていた。
青い。
汗が、こめかみを伝う。
「……おい、店主よ」
俺は、ゆっくりと口を開く。
「この刀は、誰にも売るな。持ち主は不幸になる」
静かに言い切る。
そして、そのまま背を向ける。
少年とともに、店を出た。
……
足音が、後ろから追ってくる。
「待ってくれ!」
振り返ると、店主が刀を抱えて駆けてきていた。
「これ、持っていけ。俺はいらん……さっきの銭もやる」
刀を差し出す手が、震えている。
少年が飛びつこうとする。
だが――
「たわけ」
俺が、手で制した。
「さきほど封印を解いただろう。再封印が必要だ」
低く言う。
「ここから百里ほど先に、封印を生業にする修験者がいる。腕は確かだ。だが、銭は取る」
俺は歩き出す。
「そいつに頼め」
その背に、声がすがる。
「もうしわけございませぬ!」
店主が頭を下げる。
「銭は払います。どうか……封印していただけませんか」
俺は、足を止める。
ゆっくりと振り返る。
店主を、じっと見る。
値踏みするように。
「……わかった」
短く言う。
「ただし、安くはない。お主、金もなさそうだしな」
少しだけ間を置く。
「特別に、一両で封印してやる」
視線を外さない。
「嫌なら、三両払って修験者に頼め」
店主は、即座に頷いた。
「ありがたい……。その条件とは?」
俺は、少年を一瞥する。
「この小僧は盗人だが、悪い奴じゃない」
声が、少しだけ緩む。
「だからな。本当の相場を教えてやれ」
そして、自分の胸を軽く叩く。
「俺も聞きたい」
一瞬の沈黙。
「……それでよければ」
店主は、深く頷いた。
……
店の奥に戻る。
古びた机の上。
刀は、布に包まれて置かれる。
三人と一人。
静かに向き合う。
一刻ほど――
店主は、値の付け方を語った。
鉄の質。
刃の状態。
来歴。
そして――
騙しの手口まで。
……
俺は少年に刀を渡すと、
なにかいいたげにしている。
「どうした?」
俺は尋ねた。
「あの。おいらを仲間にしてくれねぇか?」
少年は遠慮がちに言った。
「仲間……、なぜだ。
なぜ俺がお前を仲間にしなくてはいけない」
「そんな……、
怒んないでよ。
あんた。ただの坊さんじゃないでしょ」
少年は、れんをじっと見る。
この少年……、
観察眼は髙いようだな。
「なぜそう思う?」
少年はじっと俺を見つめる。
「あんたは本物の坊さんだけど訳あり……」
少年は腕を組み、れんの頭に視線を向ける。
「この子は、最近拾ったって感じでしょ」
するどいな。
「なぜそう思う?」
再び問う
「へへへ。商売道具だからな。仲間にしか教えない」
少年は言った。
「お前に何ができる」
俺は問う。
少年に問う台詞ではないのは、わかってる。
しかし戦国の世。
余計な荷物は抱えられぬ。
「おいらの父ちゃんは軽業師だった。
子供のころから軽業を仕込まれた。
だから軽業はできる。
あとこの刀みたいなのが、ごろごろ落ちてるところはわかる」
俺は少年の身なりをみる。
まるで値踏みでもするかのように。
「なぜ、
私達の仲間になりたいの?」
れんが口を開いた。
「それわな。この坊さんが金になるからだ」
少年は言った。
金になるだと?
どういう意味だ。
「それはどういう事?」
れんは尋ねる。
「おいらの仕事場は戦場だ」
少年は胸を張る。
れんの表情が曇る。
お構いなしに、少年は続ける。
「ごろつきや落ち武者、なんかがうろちょろしている。
みんなお宝狙いさ」
少年は、目つきを変える。
「餓鬼や修羅のような形相、
血眼で刀や槍、防具なんかを探している」
れんの表情がさらに曇る。
「でもそんな世界でも、
坊さんは別格だ」
少年は俺の法衣の裾を引っ張る。
「坊さんがいれば、供養に来ていると思われる。
少なくとも、近くにいれば襲われることはない」
少年の言っている事は、半分は正しい。
しかし……。
「小僧。
坊さんがいれば、襲われにくいのは確かだ。
しかし絶対ではない」
俺は言った。
「でも。坊さんなら、供養には興味があるだろ」
少年は見透かしたように言う。
「それに金も好きだ」
さらに畳みかける。
あぁ、
とんでもない少年を助けたものだ。
縁
その言葉をひさしぶりに思い出した。
「お前とあったのも、仏縁だろう。ワシについてくるか?」
俺はその言葉に救われた。
お師匠様……。
「お前とあったのも、仏縁だろう。俺についてくるか?」
俺は恥ずかしげもなく、言った。
「もちろん。良い働きをするぜ。坊さん」
少年は言った。
……
「俺は永徳。こっちはれんだ」
れんは、軽く会釈をする。
「おいらは猿」
猿は握手を求める。
俺とれんは、手を差しだした。
「仲間になるのなら、れんのように剃髪を行うぞ。
服も作務衣にかえてもらう」
「それぐらい。お安い御用だ」
俺らは食料と、猿の作務衣を買い廃寺に戻った。
食事の支度をし、猿の剃髪を行う。
「戦場の商いは、いつからやってる」
俺は尋ねる。
「三年前に両親が戦に巻き込まれて亡くなって、それからだ」
猿は言葉少なめに答えた。
れんの表情が曇ったように感じた。
「では、
三人とも親を戦で奪われた仲間だな」
俺は少なく答えた。
れんと猿の表情には、少し穏やかさが戻った。
地獄にいても、
同じ地獄にいる仲間がいると感じるのは、
心強いものだ。
「地獄にも仏様はいるのか」
猿は心配そうにいった。
「地獄には地蔵菩薩がおられる」
俺は答えた。
「そうか……」
その言葉に二人とも安心したかに見えた。
自分の行いに、
罪悪感があるのだろう。
なぜだか、
そんな気がした。




