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食事

廃寺の中は、冷えていた。


風が抜けるたび、梁がかすかに軋む。


俺は、鍋を火にかける。

粗く刻んだ野菜を入れ、水を足す。


やがて、湯気が立つ。


粥の匂いが、静かに広がった。


れんは、器を両手で持ち、ふうふうと息を吹きかける。

小さく口をつける。


「……あったかいもの、ひさしぶり」


ぽつりと、こぼす。


俺は、黙ってそれを見る。


そして、視線を落とす。


「れん。俺はな、ずっと坊主をやっていた」


火を見つめたまま言う。


「だからな……何で食っていけばいいか、わからんのだ」


恥じる様子もなく。


れんは、匙を止める。


「私のお父さんは農家で……戦に行って亡くなった。母さんは、身体を悪くして……」


声が、少し沈む。


「お前は橋のところで物乞いしてただろう」


俺は言葉を重ねる。


「町ではどんな仕事があった?屋台とか、いろいろあるだろう」


れんは、少し考える。


「干し魚、野菜売り、布……あと、薬も売ってた」


記憶をたどるように。


「それと……」


間が落ちる。


「汚れた鎧とか、刀とか、槍を抱えた人たちがいた」


俺の目が、細くなる。


「……それ、戦場で漁ってるのか?」


低く問う。


「わかんない。でも、町の人は、その人たちが来ると……みんな避けてた」


れんは、小さく頷く。


沈黙。


火の音だけが、揺れる。


「どんな恰好してた?」


俺は聞く。


「野武士みたいな感じ。汚れてて、腰に刀ぶら下げてた」


れんの言葉が、空気に残る。


俺は、ゆっくりと息を吐いた。


――なるほどな。


その一言が、胸の奥で形になっていた。


剃刀の音が、静かに響く。


俺は、れんの背後に立ち、

一房ずつ、髪を落としていく。


床に、黒い束が積もる。


れんは何も言わない。

ただ、じっと前を見ている。


その横顔に、かすかな光が揺れた。


涙かどうかは、確かめなかった。


女子おなごには、辛いだろう」


俺は、声を落とす。


れんは、わずかに首を振る。


「……うん。でも、お腹が空くほうが、もっと辛い」


小さな拳を、ぎゅっと握りしめる。


その言葉が、深く刺さる。


俺は、息を止める。


――二度と、言うまい。


そう、胸の奥で決めた。


湯を沸かす。

布を浸し、れんの身体を拭く。


肌に触れるたび、指が止まる。


傷。

あざ。

消えない跡。


その一つ一つが、これまでの時間を語っていた。


俺は、目を伏せる。


この時代が、少しだけ――憎くなった。


……


朝の光が、廃寺の床をなぞる。


俺は荷をまとめ、れんを連れて外へ出た。

冷えた空気が、頬に触れる。


町はすでに動いていた。

軒先に並ぶ古道具、錆びた鉄の匂い。


「あそこにあるよ」


れんが指をさす。


そのとき――


「畜生、子供だって舐めるなよ!」


声が弾ける。


古道具屋の戸口から、大柄の男が少年の首根っこを掴み、外へ放り出す。

地面に叩きつけられた体が、鈍く跳ねた。


(ちゃりん)


小銭が転がる。


「ほらよ。あんなもんが相場だ。おとといきやがれ」


男は吐き捨て、店の中へ消えた。


「……畜生」


少年は腰を押さえ、歯を食いしばる。


俺と目が合う。


俺は歩み寄る。


「どうした」


低く問う。


「刀を売りに行ったんだ……。そしたら、たいした価値はねぇって、二十文だとよ。そんな値で売るかって言ったら――このざまだ」


涙が滲む。


俺は、少年の手元を一瞥する。


空だ。


「……ほう」


短く息を吐く。


「俺が取り返してやろうか?」


少年が顔を上げる。


「坊さん、できるのか?」


「わからん」


俺は肩をすくめる。


「だが、やりようはある」


一歩近づき、声を落とす。


「俺はな、お前に刀を奪われたことにする。それでいいな」


少年の目が揺れる。


「……それで戻るなら、やる」


「よし」


俺は手を差し出す。


「耳を引っ張るぞ。芝居だ。それと、その二十文、よこせ」



暖簾が揺れ、店の空気が変わる。


油と錆の匂い。

薄暗い棚に、古びた品が並んでいる。


「いらっしゃい」


奥から、あの大柄の男――店主が顔を出す。


俺は、少年の耳を掴んだまま踏み込む。


「おい、小僧。ここに売ったんだな。どこにある?」


声を低く、押し出す。


「いたい、いたいよ……あそこだよ、あそこ」


少年が指さす。


俺は、その方向へ迷いなく歩く。


棚の端。

一本の刀。


古びてはいるが、芯は死んでいない。


店主の視線が、細くなる。

様子を測っている。


その前で、俺は足を止めた。


そして――


「かんじーざいぼーさつ……」


唐突に、声を張り上げる。


店内に響く、異様な調子。


「ぎょうじんはんにゃーはーらーみーたーじー……」


店主の顔色が変わる。


「ちょ、ちょっと……なんですか、それは。縁起でもない」


止めに入ろうとする。


俺は振り返り、怒鳴る。


「たわけ!」


空気が、ぴたりと止まる。


「これに何がついているか、見えぬのか?」


一歩、踏み出す。


店主は、思わず尻もちをつく。


「な、何なのですか……?これは私が買ったものだ。良い品です……」


汗が、額を伝う。


「たわけ!」


俺の声が、さらに低くなる。


「この小僧から、無理に買い取ったものだろう」


静かに、突きつける。


店の奥で、風鈴がわずかに鳴った。


店主は、視線を逸らした。


「……相場ですよ」


吐き捨てるような声。


俺は、わずかに笑う。


「まぁいい」


刀へ手を伸ばす。


「これはな。この小僧が俺から盗んだものだ。返してもらうぞ」


鞘に触れた瞬間――


店主の目が光る。


「お客さん、舐めてもらっちゃ困る」


一歩、踏み出す。


「これは俺が買ったもんだ。料金を払ってもらわねぇと」


空気が張りつめる。


俺は、少年を振り返る。


「おい、小僧。こいつから払われた銭を返せ」


少年は、すぐに銭を差し出す。


掌から、冷たい音。


店主はそれを見て、口の端を上げる。


「……足りませんね。私の儲けがない」


にやり、と。


俺は、わずかに首を傾ける。


「あい、わかった」


間を置く。


「じゃあ、その銭、返せ」


静かな声。


「この刀はな……あまりにも陰が強すぎる」


店内の空気が、冷える。


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