破門
「まったく、僧侶ってのは、かったるくて仕方がない」
永徳は、帯を締めながら吐き捨てた。
「酒を飲んで、女を抱いたくらいで破門だなんてな。ふざけるにもほどがある」
その声は、軽い。
だが、どこか空虚だった。
「おいおい。ただ女を抱いた、じゃないだろ」
背後から、順徳が近づく。
「相手は一国の家老の娘だ。首がつながってるだけ、儲けもんだろう」
肩に置かれた手が、わずかに重い。
永徳は、振り返る。
目を細めて、兄弟子を見る。
「……まぁ、そんなわけで」
短く息を吐く。
「お前とも、今生の別れだ。せいぜい仏門に励んでくれ」
順徳は、黙って握り飯を差し出す。
「お前は、これからどうする?」
永徳はそれを受け取り、軽く持ち上げる。
「そうだな。せっかく修行したんだ。修行した分は、稼がせてもらう」
笑う。
「じゃあな」
笠をかぶる。
外の光が、白く差し込む。
永徳は、そのまま寺を出た。
「あぁ……くれぐれも無茶はするなよ」
順徳の声が、背中に落ちる。
振り返りはしない。
足音が、遠ざかる。
やがて、静寂だけが残った。
しばらくして――
住職が現れる。
「永徳は、行ったか?」
低い声。
「はい」
順徳は、目を伏せたまま答える。
「……そうか」
住職の目に、わずかな影が差す。
何も言わず、奥へと歩いていく。
障子が閉まる音だけが、
静かに響いた。
……
しかし――
どうする。
寺の門を出たあと、
行き先は、まだなかった。
俺は歩きながら考える。
十三の頃。
盗みを働き、袋叩きにあっていたところを、住職に拾われた。
それから十五年。
寺だけが、世界だった。
できることは限られている。
作務と、経をあげること。
それだけだ。
……食っていけるのか。
答えは出ないまま、足は町へ向かう。
戦の世とはいえ、町は生きている。
屋台が並び、煙が上がり、人の声が混じる。
その中で――
橋のたもと。
違和感があった。
数人の男が、誰かを囲んでいる。
ぼろ布のような服。
乱れた髪。
物乞いか。
俺は、足を止めない。
――関わるな。
笠を深くかぶり、そのまま通り過ぎようとする。
「やめてください……」
か細い声が、背に刺さる。
女。
いや、まだ幼い。
「おいおい、こいつ女だぜ」
下卑た笑い。
「高く売り飛ばせるんじゃないか」
俺は、息を吐く。
ふぅ、と。
――仕方がない。
足が、自然に向きを変える。
男たちの脇を抜け、少女の前に立つ。
「あぁ、こんな所にいたか。探したぞ」
軽く言う。
少女は、目を見開いたまま固まる。
「なんだ、坊主。てめぇは何者だ」
髭面の男が睨む。
「あぁ、すまんな」
俺は肩をすくめる。
「俺は永徳という僧だ。疫病の始末をしておる」
わずかに間を置く。
「この子の親はな、疫病で亡くなってな。村は壊滅だ。こいつだけが、生き残りだ」
空気が、変わる。
「こいつは俺らが先に見つけたんだ」
大柄の男が、一歩踏み出す。
影が、俺にかかる。
「そうか」
俺は、少女の前から動かない。
「しかし困ったな。この子をどうする?面倒を見てくれるのか?」
視線だけを男に向ける。
「今は元気そうに見えるが――ほら、この髪」
指先で、少女の乱れた髪を軽く持ち上げる。
「これは疫病の兆候だ。しかも、感染力が強い」
俺は手ぬぐいを口に巻いた。
空気が、わずかに引く。
「俺らは、そいつを売り飛ばすんだ」
髭面の男が吐き捨てる。
「構わんよ。ただな――疫病の村の子だと、俺は言った」
俺の声は静かだ。
「それを知って売れば、どうなる?女郎屋とやり合うのか?」
沈黙。
男たちの視線が揺れる。
「……行くぞ」
大柄の男が背を向ける。
「ちょっと待て」
俺が呼び止める。
男が振り返る。
「なんだ。まだ用か」
俺は、籠に手を入れる。
取り出したのは、乾いた草。
「お前ら、この子と話しただろう。もしかすると、感染してるかもしれん」
淡々と告げる。
「これは薬だ。家に帰って、煎じて飲め」
一歩、差し出す。
「坊主……お前、いい奴だな」
大柄の男が手を伸ばす。
「一人、六文だ」
その手が止まる。
「……金を取るのか?」
髭面の男が睨む。
「お前こそ、坊主から貴重な薬草を奪うのか?」
俺は返す。
一瞬の間。
周囲から、小さな笑いが漏れる。
「坊さん、俺にもくれよ。さっき横を通ったんだ」
野次が飛ぶ。
「待て。これは俺らが買う」
大柄の男が、懐から銭を出す。
「俺らが先だ」
銭の音が、乾いて響いた。
……
「この薬はな。飲むと体の悪いものを出してくれる。その代わり、腹をくだす。家で飲め。でないと――糞まみれでえらいことになるぞ」
俺は、わざと声を張った。
笑いが起きる。
空気がゆるむ。
銭が、次々と差し出される。
籠の中の薬草は、あっという間に消えた。
騒ぎが引いたあと――
少女だけが、そこに残る。
じっと、永徳を見ている。
「お坊さん……助けてくれたの?」
かすれた声。
「あぁ」
短く答える。
「じゃあ……ついていっていい?」
俺はしゃがみ込む。
少女の前髪を指で上げる。
「構わないが、その身なりは困る。流行り病の子だと言っちまったからな」
少しだけ笑う。
「髪を剃って、俺と同じ格好をしてもらうぞ」
「うん」
少女は、ためらいなく頷いた。
……
俺は、得た銭で食料と小さな作務衣を買う。
そして、町外れの廃寺へ向かった。
夕暮れ。
崩れかけた屋根の下に、風が通る。
「ねぇねぇ、お坊さん。なんで助けてくれたの?」
少女が、隣を歩きながら言う。
「女子だったからだ」
俺は、頭を軽く撫でる。
「お坊さんは女好きなの?」
悪気のない顔。
「そうだな。女好きだ。それで寺を追い出された」
俺は笑う。
「私のお父さんも、お母さんも……戦で亡くなったの」
少女の声が落ちる。
俺は、特に足を止めない。
珍しくもない話だった。
「俺の名は永徳だ」
前を見たまま言う。
「私は、れん」
二人の名前が、夕暮れに溶ける。
「俺はお前を養う気はない。お前も働け。働けば、飯は食わせてやる」
俺は振り返る。
「うん」
れんは、はっきりと答えた。
その声は、さっきよりも少しだけ明るかった。
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