表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

破門

「まったく、僧侶ってのは、かったるくて仕方がない」


永徳は、帯を締めながら吐き捨てた。


「酒を飲んで、女を抱いたくらいで破門だなんてな。ふざけるにもほどがある」


その声は、軽い。

だが、どこか空虚だった。


「おいおい。ただ女を抱いた、じゃないだろ」


背後から、順徳が近づく。


「相手は一国の家老の娘だ。首がつながってるだけ、儲けもんだろう」


肩に置かれた手が、わずかに重い。


永徳は、振り返る。

目を細めて、兄弟子を見る。


「……まぁ、そんなわけで」


短く息を吐く。


「お前とも、今生の別れだ。せいぜい仏門に励んでくれ」


順徳は、黙って握り飯を差し出す。


「お前は、これからどうする?」


永徳はそれを受け取り、軽く持ち上げる。


「そうだな。せっかく修行したんだ。修行した分は、稼がせてもらう」


笑う。


「じゃあな」


笠をかぶる。

外の光が、白く差し込む。


永徳は、そのまま寺を出た。


「あぁ……くれぐれも無茶はするなよ」


順徳の声が、背中に落ちる。

振り返りはしない。


足音が、遠ざかる。


やがて、静寂だけが残った。


しばらくして――


住職が現れる。


「永徳は、行ったか?」


低い声。


「はい」


順徳は、目を伏せたまま答える。


「……そうか」


住職の目に、わずかな影が差す。


何も言わず、奥へと歩いていく。


障子が閉まる音だけが、

静かに響いた。


……

しかし――


どうする。


寺の門を出たあと、

行き先は、まだなかった。


俺は歩きながら考える。


十三の頃。

盗みを働き、袋叩きにあっていたところを、住職に拾われた。


それから十五年。

寺だけが、世界だった。


できることは限られている。

作務と、経をあげること。


それだけだ。


……食っていけるのか。


答えは出ないまま、足は町へ向かう。


戦の世とはいえ、町は生きている。

屋台が並び、煙が上がり、人の声が混じる。


その中で――


橋のたもと。

違和感があった。


数人の男が、誰かを囲んでいる。


ぼろ布のような服。

乱れた髪。


物乞いか。


俺は、足を止めない。


――関わるな。


笠を深くかぶり、そのまま通り過ぎようとする。


「やめてください……」


か細い声が、背に刺さる。


女。


いや、まだ幼い。


「おいおい、こいつ女だぜ」


下卑た笑い。


「高く売り飛ばせるんじゃないか」


俺は、息を吐く。


ふぅ、と。


――仕方がない。


足が、自然に向きを変える。


男たちの脇を抜け、少女の前に立つ。


「あぁ、こんな所にいたか。探したぞ」


軽く言う。


少女は、目を見開いたまま固まる。


「なんだ、坊主。てめぇは何者だ」


髭面の男が睨む。


「あぁ、すまんな」


俺は肩をすくめる。


「俺は永徳という僧だ。疫病の始末をしておる」


わずかに間を置く。


「この子の親はな、疫病で亡くなってな。村は壊滅だ。こいつだけが、生き残りだ」


空気が、変わる。



「こいつは俺らが先に見つけたんだ」


大柄の男が、一歩踏み出す。

影が、俺にかかる。


「そうか」


俺は、少女の前から動かない。


「しかし困ったな。この子をどうする?面倒を見てくれるのか?」


視線だけを男に向ける。


「今は元気そうに見えるが――ほら、この髪」


指先で、少女の乱れた髪を軽く持ち上げる。


「これは疫病の兆候だ。しかも、感染力が強い」


俺は手ぬぐいを口に巻いた。


空気が、わずかに引く。


「俺らは、そいつを売り飛ばすんだ」


髭面の男が吐き捨てる。


「構わんよ。ただな――疫病の村の子だと、俺は言った」


俺の声は静かだ。


「それを知って売れば、どうなる?女郎屋とやり合うのか?」


沈黙。


男たちの視線が揺れる。


「……行くぞ」


大柄の男が背を向ける。


「ちょっと待て」


俺が呼び止める。


男が振り返る。


「なんだ。まだ用か」


俺は、籠に手を入れる。


取り出したのは、乾いた草。


「お前ら、この子と話しただろう。もしかすると、感染してるかもしれん」


淡々と告げる。


「これは薬だ。家に帰って、煎じて飲め」


一歩、差し出す。


「坊主……お前、いい奴だな」


大柄の男が手を伸ばす。


「一人、六文だ」


その手が止まる。


「……金を取るのか?」


髭面の男が睨む。


「お前こそ、坊主から貴重な薬草を奪うのか?」


俺は返す。


一瞬の間。


周囲から、小さな笑いが漏れる。


「坊さん、俺にもくれよ。さっき横を通ったんだ」


野次が飛ぶ。


「待て。これは俺らが買う」


大柄の男が、懐から銭を出す。


「俺らが先だ」


銭の音が、乾いて響いた。


……


「この薬はな。飲むと体の悪いものを出してくれる。その代わり、腹をくだす。家で飲め。でないと――糞まみれでえらいことになるぞ」


俺は、わざと声を張った。


笑いが起きる。

空気がゆるむ。


銭が、次々と差し出される。

籠の中の薬草は、あっという間に消えた。


騒ぎが引いたあと――


少女だけが、そこに残る。


じっと、永徳を見ている。


「お坊さん……助けてくれたの?」


かすれた声。


「あぁ」


短く答える。


「じゃあ……ついていっていい?」


俺はしゃがみ込む。

少女の前髪を指で上げる。


「構わないが、その身なりは困る。流行り病の子だと言っちまったからな」


少しだけ笑う。


「髪を剃って、俺と同じ格好をしてもらうぞ」


「うん」


少女は、ためらいなく頷いた。


……


俺は、得た銭で食料と小さな作務衣を買う。


そして、町外れの廃寺へ向かった。


夕暮れ。

崩れかけた屋根の下に、風が通る。


「ねぇねぇ、お坊さん。なんで助けてくれたの?」


少女が、隣を歩きながら言う。


「女子だったからだ」


俺は、頭を軽く撫でる。


「お坊さんは女好きなの?」


悪気のない顔。


「そうだな。女好きだ。それで寺を追い出された」


俺は笑う。


「私のお父さんも、お母さんも……戦で亡くなったの」


少女の声が落ちる。


俺は、特に足を止めない。


珍しくもない話だった。


「俺の名は永徳だ」


前を見たまま言う。


「私は、れん」


二人の名前が、夕暮れに溶ける。


「俺はお前を養う気はない。お前も働け。働けば、飯は食わせてやる」


俺は振り返る。


「うん」


れんは、はっきりと答えた。


その声は、さっきよりも少しだけ明るかった。



もし「続きを読んでみたい」と思っていただけたら、

ブックマークしていただけるととても励みになります。


本作はすべて完結済みで、安心して最後まで読めます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ