第84話 人と獣の戦い
小人との戦いで疲弊した私は、
一旦文書保管庫へと退避することにした。
列焼英さんに渡された笛を吹くと、
目の前に新たな道が現れる。
不思議だがその道を進むと、
僅かな時間で文書保管庫の入口である石碑が見えてきた。
はあ、帰ってこれた。
安堵の息を付きながら石碑に触れた私は一瞬後、
見慣れた研究員が文献を広げる保管庫に到着した。
ここを出て1時間もしない内に、
帰ってきた私を見つけた列焼英さんが声を掛けてくる。
「ふむ、難敵に会ったみたいだな。」
そんな言葉に、
「いえ、普通に小人の集団に負けるところでした。」
戦いの内容を説明しながら情けなくなった私。
自分でも溜息しか出ない結果だった。
ここの外の領域では、まだまだ私は通用しない感じだった。
「小人か?
それは難儀だったな。」
予想に反して、列焼英さんはそのことを笑わなかった。
「なるほど、そなたは勘違いしているようだな。
あの道は、普通の人間なら進むことも敵わぬ。
相応の力が無ければ、活動すらできぬのだ。」
「そこに集団であるとかないとかは関係ないのだ。
つまり、その小人は最低限、
魔犬程度の力を個人で持っていると言うことだ。
そうでなくば、活動すらできぬ。」
「それが十数体、連携して襲ってきたのだ。
勝てたのはそなたがなかなかの実力を持っている証拠だ。」
「大きな力を持つ獣はもちろん脅威だが、
時としてそういう脅威をも狩るのが人の進化体なのだ。
武器を持ち連携し、その戦術で相手に実力を発揮させないで、
その命を刈り取っていく。
もちろん、個々の実力も相応にあるから、簡単には勝てない。」
「それに用意なく勝ったのだ。
誇ることはあっても、卑下することはないぞ。」
それを聞いた私は、少し安堵した。
なるほど、あの小人、昔と言っても2か月くらい前だが、
あの時のヘルハウンド並の強さなのか。
そんなのが12体もいたのだから、苦戦するのは当たり前か。
見た目で判断できないと言われていたが、
あそこを通るのは、そういう存在ばかりだと言うことだ。
「それと少しは身が軽くなっただろう。
そういう存在は現世で悪さする可能性があるからな。
よりこの地に貢献したと言うことだ。
この領域での活動なら有利をとれるはずだ。」
そんな列焼英さんの言葉を聞いた私は、
確かに先程までの疲れが抜けていることに気づく。
しかし、良く考えれば現代人で日本人の私が剣を振り回して、
斬り合いするのは少し殺伐としすぎているかも。
そんな考えを読んだように、
「ふん、あの道での戦闘は気にすることはない。
根本的に異郷に渡れる者だけが通れるのだ。
そなたが倒した小人達も自分の領域に差し戻されただけだ。
基本もう死を超越したからこそ道を通れるのだからな。」
「それに領域を守るため、誰かが戦わなくてはならない。
人同士は共存関係だが、獣の脅威には対抗しなければならないのだ。
人は調和を重んじるが、獣は力を重んじる。
互いに相容れぬのだ。
力を示さなければ、人が滅ぶ。
力あるモノの大多数が獣たちなのだ。」
どうやら、想像以上に世界の外は人に厳しいらしい。
戦争とかはないが、獣による天災が発生する感じみたいだ。
早くも諦めが入っていた私は、もう少し挑戦することにした。
再び異郷の道にやってきた私。
今回も気配を探りながら慎重に歩みを進める。
何だか気配の感知する範囲が少し広くなったように感じる。
なるほど、私が倒した小人は相応の実力者だったらしい。
要するに今の私は格下だったが勝利したため、
より多くの成長を遂げた状態らしい。
大きな経験値を得てレベルアップした。
往年のTVゲームにありがちな現象だ。
まあ列焼英さん曰く、この地に貢献し認められたため、
より大きな力を振るえるようになったということだ。
さて、しばらく進むと今度は少し大きな気配を感知した。
複数いるわけではないので、これは獣か何かだろう。
しかし、小人達を感知した時は割と小さい気配だった。
ただ、列焼英さんによれば、小鬼などは隠密行動を得意とし、
その気配を巧みに隠すそうだ。
それも戦術であり、獣ならぬ人ならではの戦法である。
とりあえず様子を見てみよう。
気配に近づく私だったが、その目の前に現れたのは、
デカい双頭の魔犬だった。
少し開けた場所に寝そべる魔犬が一頭。
その大きさ5メートル超、
最近慣れてきたが、これはちょっと大物すぎる。
気配がその巨躯に見合わず小さいのは寝ているからだろう。
くっ、撤退だ!
後ずさりする私の後ろで、何かがじゃれついてきた。
うん?
後ろを見ると前の魔犬よりサイズの小さい子犬がいた。
はあああ___
ちょっと待て、
もしかして、この子犬って前にいるデカい魔犬の子供か?
仕切りにじゃれつく子犬。
良く見れば頭が二つある。
うん、親と同じか!
連れて行ったら、襲われるだろうな!
そして、危害を加えるなどもってのほかだ。
覚悟を決めて、前に出ていく私。
まだ親の魔犬は眠っている。
私はじゃれついてくる子犬の相手をすることにした。
何と言うか、可愛いな。
親と見比べると、将来こうなるとは思えない感じだ。
頭を交互に撫で、寝転ぶ子犬のお腹をさする私。
その口から可愛らしい炎がぼぅっと出たりする。
はあ、こんな大きな魔犬の傍だが、
何かほっとする場所だった。
さっき襲われた時は嫌な汗をかかされたが、
今回は子犬の相手をしながら少しの安堵を覚える。
ーーーーー
うん?
あれ、どうしたんだっけ。
目を開く私の横に、大きな双頭の魔犬が立っていた。
置き上がろうとする私の胸の上に例の子犬が寝そべっている。
「ふむ、人間。
そのままでいよ。」
と言葉を紡ぐ魔犬。
「それにしても、我の領域で寝ているとはな。
ああ、我が子の相手をしてもらったようだな。
感謝するぞ。」
その言葉に私はまだ口をぱくぱくするだけだった。
しばらくすると、子犬が身を覚まし、
親であろう魔犬のほうに駆け出す。
ちょっと鼻先を親に押し付けると、
その周囲を一生懸命駆け巡る。
「ふう、この子はまだまだ幼いのでな。
なかなか安住の地へ進めぬ。
どうしたものか。」
魔犬はそう語りながら、我が子を優しく見つめる。
ううむ、その巨躯と実力が醸し出す迫力、
相当な力の持ち主だろうが、何か雰囲気は柔らかい。
人語を話す獣というのも私には珍しい。
「貴方は何処へ向かっているのですか?」
と問いかける私に、
「ふうむ、我はここより遠き地である故郷を目指して居る。
この子も生まれたのでな。
少し安全な地へ住処を移したいのだ。」
親の魔犬はそう答える。
外見に似合わず、穏便な様子だ。
そうこうしていると、親の周りを駆けまわっていた子犬が、
また私の元へと走ってきた。
仕切りに何かをくんくん嗅ぎまわっている。
うーん、リクルートスーツのポケットから飴玉と板チョコを取り出した。
遭難したらコレと研究員の人に渡されたものだったが、
子犬は興味を惹かれたらしい。
「これ、食べ物ですけど、あげてもいいですか?」
聞いた私に目を向け、少し匂いを嗅ぐ仕草をする魔犬。
「ふうむ、随分甘い匂いじゃな。
我も少し貰おうかな?」
そう言うので、チョコを割って欠片を差し出す。
「ううむ、人間も変わったのだな。
長らく、人間と言えば酒の類だったのじゃが。」
その様子を見たのか、子犬が私の手元へ向けてジャンプし始める。
「その子にあげてやってくれるか。」
親の許可を得たので、チョコをあげることにした。
初めはぺろぺろ舐めていたが、すぐにパクリと嚙み始める子犬。
「して、人の世はどうじゃ?
ここと比べてどんな感じじゃろう?」
と聞いてきたので、最近の事件と先程の小人の件を話した。
「ふむ、それはまた様変わりしたものじゃな。
我もこの地には来たことがあるが、
そうか、そんなことになっておるか。」
「ううむ、我は少しそなたに着いて行こうと思う。」
うん?えええっ。
「聞いたところ、ここよりは安全なようじゃしな。
この先へ進むにも子の成長を待つ必要がある。
その変な使い共を討つ手伝いもしてやろう。」
「ただし、その美味い食事を所望するがの。
我が子も気に入ったようじゃし。」
はあ、確かにモンスターな仲間を見つけようとしてはいた。
しかし、子連れのこんな大きな魔犬を仲間にすることになるとは。
ちなみにこの魔犬は女性みたいだ。
笛を吹いて帰り道を案内する私の傍を巨大な魔犬と子犬が付いてくる。
文書保管庫にその巨躯は入らないので、
その身を2メートルくらいに縮めてもらう。
列焼英さんが、その双頭の魔犬の雄姿を見てびっくりしていた。
どうも彼は面識があるらしい。
彼女と会った事はないらしいが、彼女の種族を知ってはいた。
その言によれば、彼女の種族はオルトロスと呼ばれているらしい。
この辺りにはもはやいない伝説クラスの存在で、
その昔、この地へも来訪したことがあるらしい。
列焼英さんの出身地では、数ある魔獣を蹴散らし、
竜の類と覇権を争っていたらしい。
その強烈な炎の息吹の前ではヒュドラクラスが灰と消えると言う。
それは誇張なんじゃと肝心の魔犬のほうを見ると、
「我の本来の姿は、そこらの竜より大きいぞ」と答えてきた。
どうも、10メートルクラスの魔犬であり、
ガルムをも超える伝説級のモンスターが彼女の本来の姿のようだ。
それって食費的にどうなの?
そんな素朴な疑問が私の脳裏を駆け巡った。




