第48話 妖精?
「行先は、妖精郷だ。」
そういうアテナさんは、私からタオルを取り上げた。
そして、何やら私の手を取り、自室へと連れて行く。
1時間後。
私は、アテナさんの運転する車で山間部を走っている。
顔を少し朱色に染めた私は、助手席で体を丸めている。
同僚2人とは、何回か仕事で出かけたが、
今回は過去最高に居心地が悪かった。
天明さんがいないのは僥倖だった。
何があったのか?
今の私の姿を想像するといい。
あの後、アテナさんが、
白いワンピースと淡いピンクのカーディガンを持ってきた。
さすがに靴はスニーカーなのだが、何か男物とはデザインが違う。
つまり、そういうことだ。
察して欲しい。
「なんで、これなんですか?」と何回かアテナさんに尋ねたが、
その度に笑って答えをはぐらかされた。
”ふふっ、行けば分かるから” と。
朝の雰囲気ならこれから何かの戦闘訓練になるはずだった。
しかし、今の恰好から、そんなことがあるとは思えない。
事実、身体能力が上がっているので、動こうと思えば、
出来ないことはないだろう。
しかし、慣れない恰好だし、恥ずかしいしで、
どうしても上手く動けそうにない。
一応、リクルートスーツも、下はスカートだし、
その恰好で、日常の買い物に出かけるようになっていた。
しかし、あのスーツはしっかり仕事用だ。
女性として着飾るというのとは、ちょっと違う。
どちらかと言えば、礼儀や礼節の問題なのだ。
はあ、もうどうしようもないか。
車2台がすれ違うのもやっとな山道を、
アテナさんの車は進んでいく。
うん?
何か、この道は変ではないか?
カーナビに従って進んではいるが、
端が崖になっている山道で、何故分かれ道があるのだろうか?
恥ずかしがっていた私を横目に見ていたアテナさんは、
「七果も、景色を楽しんだら?
この辺りはとても自然豊かでしょう?」
そう声を掛けてきた。
カーナビに気を取られていた私だったが、
彼女の言葉を聞いて、車の周りを改めて眺める。
季節は春を終え、そろそろ梅雨に差し掛かっていた。
思えば今年は、桜を見るとかなかったな。
酒はあまり飲めないが、
桜の咲くあの夜の光景は例え難いものがある。
まあ、今年は無理だったが、
来年は今の同僚と行くこともあるかもだ。
関係ないことかもだが、この度、彼女達の会社に、
正式に就職した。
うん、もうこれ以上なく関係者になったみたいだ。
他の一般社員の方々と同じ職場になることはなさそうだが、
彼女たちの会社は、所謂そういう互助会的なものがあるそうだ。
困った時の助け合い。
誰と誰とは、想像にお任せするしかない。
守秘義務があるので。
それにしても、綺麗なところだ。
地元近くにこんなところがあるなら、観光客が殺到しそうだが。
木々は色鮮やかな新緑に染まり、横を見れば切り立った崖から、
絶景が見える。
うん?なんで分かれ道を山側に進んだのに、また崖になってるんだ?
???
「さて、そろそろ着くぞ。」
アテナさんが、車を山側へと進める。
木々の中を再び進むと、ちょっとした駐車場が見えてきた。
なんだ、やっぱり観光地か?
そう思う私をよそに、駐車スペースへ車を止めたアテナさん。
私とアテナさんは、車を出て展望スペースへと歩く。
「ううあわああ!」
そこには、まさに絶景が広がっていた。
「ふふふ、初めてですかな。お嬢さん」
元の私より年上であろう老夫婦?に声を掛けられた。
お婆さんは楽しそうにほほ笑んでいる。
「あはは、いえ、住んでいるのはこの近くなんですが、
ここは初めてきました。
とても綺麗ですね。」
と何とかボロが出ないように、答える私。
ううむ、身体が若返って性別まで反転したからか、
妙に感受性が高くなっている感じがする。
今ので思い出したが、さっきの花見の想い出だが、
私は花見の席をそんなに楽しみにしていただろうか?
どうやっても、お酒の飲めない私にとって、
そこまで感慨深い行事ではなかったはずだ。
桜が嫌いとかではないが、酒を勧められて断るのに、
四苦八苦した記憶しかない。
だが、それも今となってはいい思い出なのかな。
そう思えるようになった、そういう事なのか?
一人感慨にふけっていた私の耳に、
アテナさんの声が入ってきた。
「こんにちは、ご老人。
今日はいい日和ですね。」
そう老夫婦に話しかけている。
「ふふ、ははあ、ははは。
あの嬢ちゃんが、後輩を連れてくるとはな!
ぶふぅふはあははは、」
と、それまで穏やかそうだったお爺さんが笑い出す。
「そうねえ、これも時の流れというのかしらねぇ。」
お婆さんも、笑いをこらえているようだ。
ええっとアテナさんの知り合いだったのか?
「止めてくれ、私の話はするな!
絶対だぞ!」
慌てるアテナさんはそう言うが、
「いやあ、これを笑わないで何時笑う。
あの嬢ちゃんの姿をこの子に見せてやりたい。」
とお爺さんが言えば、
「まあまあ、お姉さんとして、
しっかりしてきたのよねぇ。
そういうお年頃なのよねぇ。
ええ、ええ、そうよねぇ。」
と、返すお婆さん。
「くっ、その姿で年上ぶらないでほしい。
あなた方も十分若い姿があるじゃないか!」
と反論するアテナさん。
珍しくぶすっと膨れ顔な彼女は、老夫婦の紹介をしてくれた。
「七果、こっちのご老人の恰好をした夫婦が、
この辺り一帯を仕切っている妖精王だ。」
はあ、妖精ですか?
不思議そうにしている私に、
「ようこそ、お嬢さん。
私たちの妖精郷へ。」
そんな張りのある声がして、
老夫婦の姿が、若々しい姿へと変わった。
年は20代後半か?
それまでの姿が、嘘のようだ。
目を疑ったが、その姿が変わることはもうない。
「それで嬢ちゃん。
また挑戦するのかな?」
とお爺さんだった男性が問う。
「また挑戦するのかしら?」
お婆さんだった若い女性も言葉を重ねる。
「はあ、いや、今日は、
七果に気の使い方を教えてもらいたいのだ。」
と疲れたように答えるアテナさん。
「なんだ、もう諦めたのかな?」
「諦めたのかしら?」
と再び焚きつける男女の妖精。
妖精と言うが、姿は人間と全く変わらない。
「不思議そうだね、お嬢さん。
私達の姿が気になるのかい?」
と男性が私に話しかけてくる。
「そうね、お嬢さんくらいの時は、
妖精は、蝶のような羽がある小さな子という感じの
イメージがあるわよね?」
と妖精?の女性は答える。
私の心を読んだような質問だ。
「ふふふ、今は多様性の時代なのだ!」
「ふふふ、今は多様性の時代なのよ!」
と、見事に重なるその神秘的な声。
その言葉と共に、周りの景色が一変する。
周囲を見回せば、
さっきの絶景とは別の綺麗な花畑が広がっていた。
アテナさんと妖精の夫婦は消えている。
所々に、蝶のような光る何かが集まっている。
「さあ、この場にいる妖精を一人でも捕まえてみて!」
と妖精の女性の告げる声が何処からともなく聞こえてきた。




