第43話 選ばれし者、選ばなかった人生
少女は、集落の奥にある立派な屋敷に入っていく。
屋敷の扉などは、さっきの巨人に壊されたのだろう、
そこかしこに、残骸になった折れた木材が散らばっていた。
私は、屋敷の様子を覗うが、
もうあのような幽鬼はいないようだった。
あの少女は、少し辺りを見回した後、
廊下と思われる通路に足を向ける。
慌てて私も少女の後を着いて行く。
何の躊躇いもなく、何処かへと向かう少女。
どう見ても、この状況について何か知っているはずだ。
屋敷といっても、それほど大きくない。
この建物自体が、古代のものであろう様式だ。
少女とともに、
屋敷の最奥と思われる少し広い部屋に辿り着いた私。
「あった!
はあ、これで姉さまと仲直りできる。」
少し大きな声でそんな事を呟く少女。
彼女が目を向ける先には、祭壇のようなものがあり、
その中央に、祭り上げられているのは鏡のようだ。
銅鏡というのか、現在の鏡と比べ、
顔を写したりするのには向いていないだろう品だ。
まあ、今のような加工技術がない時代のものだろう。
この屋敷同様にこの品もかなり昔の遺物のようだ。
少女は、祭壇に歩み寄り、
真ん中に祭られた鏡を手に取る。
随分大切そうに抱えているが、そんなに大事なものなのか?
今時の子って、こういうものに関心があるのだろうか。
「さて、おじさん。
帰るよ。」
そう言って部屋を出ようとする少女だったが、
祭壇を離れて数メートル、それは起こった。
ギ__ギギ____
激しい眩暈が私を襲い、祭壇を中心に空間が軋む。
しかし、それも一瞬の事、
立ち直った私は、何が起こったのか?
辺りを見回す。
数メートル先に例の少女が鏡を持って立っている。
心なしか、その顔には緊張が浮かんでいる。
周囲を見れば、あの祭壇を中心に真っ暗な空間が広がっている。
上も下も、右も左も暗い闇が覆っており、その先は見通せない。
バキィィィ______
そんな中、この空間の中央であろう祭壇が砕け散り、
巨大な何かが、その中から出現した。
シャァァ__シャ___
それは、通常ではありえないほどの大きさを持つ、
大蛇だった。
”エマージェンシーコール”
”外的領域からの訪問者を認識”
”訪問者の所属を確認”
”所属:アンノウン”
”個体識別に失敗”
”当該個体から隠蔽術式を検知”
”当該個体の脅威度、測定不能”
”オンラインモード接続”
”当該個体の識別、再判定”
”個体名「オロチ」”
”個体を偽装している確率あり”
”当該個体からの敵対意思を検知”
”現在、使用者の運命に介入する存在を確認”
”運命改変の分岐点発生中”
”管理者への緊急連絡を試行中”
”護衛者への緊急招集を試行中”
”当該地域の隔離と妨害術式が発動中”
”緊急事態要綱の施策全てに失敗”
”現使用者に即時撤退を勧告”
いくつものメッセージが、ヘッドバンドから流れ込む。
何が起きているんだ。
「おじさん、早くこっちへ!」
少女の声に、我に返る私。
逃げなければ!
しかし、この大きな蛇?は何かを探している模様。
首を上げ、辺りを少し見回す仕草をすると、
すぐに私と少女を見つけ出す。
私を一見した蛇は、次に少女の方を見る。
そして、動き出した。
私のほうではなく、少女の方へ。
これは、まずい事になった。
いい歳した大人が、少女を置き去りにして、
逃げられない。
はあ___
体中に流れていた冷や汗が引いていく。
私は再び金剛を呼び、蛇を攻撃させた。
少女に襲い掛かろうとする大蛇に対し、
金剛は、有らん限りの力を振り絞り、体当たりを敢行した。
少女の方を狙っていた蛇は、その攻撃を真面に受け、
金剛ともつれ合いながら、横倒しになる。
見た限り、大きさ以外は蛇そのものだったが、
その大きさが問題だった。
優に10メートルを超えるだろうその細長い巨体。
細長い?蛇だからそう見えるが、
胴体周りの太さは、金剛の腕の倍以上だ。
もう戦況の確認などしていられない。
少女を逃がして、私も脱出しなければ!
金剛と大蛇の戦いを、横目に少女の元へ駆け寄る。
「おい、逃げるぞ!!」
少女を連れて、その場を去ろうとする私だったが、
いったい何処に向かえばいいのか?
くそ、とにかくこの大蛇から離れなければ、
しかし、金剛は、離れても消えないだろうか?
くっ、今まで隣の室内に呼んだり、
寺の境内で呼び出したりはした。
しかし、どこまで離れてもいいのか、
検証したことがない。
私が、この場から離れて逃げた場合、
大蛇との戦闘中、金剛が消えてしまったら。
大蛇と金剛の方を思わず見る私、
金剛は、大蛇に巻き付かれていた。
力を振り絞り蛇の胴体を掴み締め上げる金剛だが、
あまりに違う体格差。
反対に胴に巻き付かれ、身動きが取れなくなっていた。
大蛇は、金剛の動きを封じ込めると、
再び、鎌首を持ち上げた。
そして、金剛の頭に齧りつく。
もはや、迷っている場合ではない。
少女の手を取り、
「逃げるぞ!!!」
もう時間がない!
少女の手を引いて、全速力で駆け出す。
大人の男性である私の全力疾走。
しかし、少女の方を見ると私より軽やかに。
走っている。
正直、私の方が、息が上がりそうだ。
その時、私達のすぐ後ろで、大きな音がする。
シャァ_アァァァ___
蛇はすぐ後ろまで迫っていた!
「へっ?」
そんな間抜けな声をあげる私。
大蛇はその巨体を宙に躍らせ、
私達のほうへと襲い掛かってくる。
咄嗟に、傍らを走る少女を突き飛ばした私。
次に受けた強烈な衝撃に息を詰まらせ、意識が暗転した。
”ふぅ、これはまいったなぁ。”
”姉さまが知ったら、仲直りじゃすまないよね”
”どうしよう、、”
なんだ、この声は、
”うん?
まだ意識自体はあるんだね。
これは助かったかも?”
”おじさんの身体は、もう壊れちゃった。
今のままだと、お母さまのところへ直行だけど、
まだこの世にいたいかな?”
なにを、、、
”いいから、答えて!
どんな形でも、まだ生きていたいかな?”
当たり前だ。
私はまだ死にたくない。
まだやることがあるんだ!!
”そう、ならこの仮初めの身体をあげるよ。
わたしの用は済んだしね。
おじさん、これからはもうちょっと鍛えなよ。”
”じゃあね”
暗い空間に漂っていた私の意識は、一気に覚醒へと向かった。
目を開けると、私は倒れているようだった。
頭を振ると、何かがもつれる感覚がして、
開いた目を何かさらさらとしたものが遮る。
頭が重く、何か体の重心が取りにくい。
はっ、あの蛇は!?
身を起こす私の目の前に、
血を流して倒れる男性が見えた。
あれは、、
よろよろと立ち上がる私は、いつもの目線より低い感じがする。
しかし、大蛇が目の前にいる。
蛇は、少し戸惑いながらこちらを威嚇していた。
”すべての定めを覆した者よ、”
”運命にその身を捧げるはずであった者よ、”
”汝の定めは今、解かれ消えた。”
”運命を超え、真理を打倒する者よ!”
”汝、その名を世界に示せ!”
頭に響く誰かの声、
不思議と静かで荘厳なその声に答えるように、
私の口から言葉が溢れた。
「 私の名は、建速須佐之姫命 」
元の私の声ではない、高く澄んだ声が、その場に響いた。
”これをもって、新たなる管理権限保持者を認定する”
”当該地区での活動を認める、建速須佐之姫命よ”
”いつの日か、会うこともあろう、我が娘が世話になった”
___世界宣告、最上位権限者、
伊邪那美尊の承認により当該事項を確定する___




