第44話 大蛇の封印
「 私の名は、建速須佐之姫命 」
そんな言葉が、私の口から零れ出た。
聞き覚えのないその名を、口に出した瞬間、
それが今の私を指していると腑に落ちる。
こちらを睨み、周到に私の隙を狙う大蛇。
その姿を見ても、今の私にそれまでの恐怖は感じない。
ふと大蛇の傍で血を流して倒れる男性の姿に気を取られた。
朝、鏡を見れば会うことのできるその姿。
今は大量の血を流し、倒れ伏すその身体。
その傷は、明らかに限度を超えていた。
それが、元々の私だったことを今は冷静に分析できた。
動揺はある。
しかし、何処かこの光景に諦めを感じている自分がいる。
今まで、目の前の大蛇のような存在と何回も遭遇した。
そもそも、最初のクマとの遭遇だって、
クランベリーさんがいなければ、今と同じ結果となっただろう。
京都の時は、天明さんが化生や竜を退けるため、奮戦した。
そうだ、プロジェクトの完遂のためとはいえ、
同僚二人が我が身を顧みず、私を守ってくれたから、
今まで生きてこれた。
彼女たちがいなければ、
そう同僚二人がいないところで、化け物と遭遇すれば、
私はあっさりとこの結果へと流される。
私はあまりに無力だった。
私は死んだかもしれないが、幸運にもまだ生きている。
大いなる矛盾かもしれないが、
私は今だ生きているのだ。
”さあ、行こう!
今の私は、これまでとは違う。
もう守られるだけじゃない。
やっと私も彼女たちと肩が並べられるのだ!”
私は気迫の籠った眼差しで、
威嚇してくる大蛇を睨みつけた。
「我が半身よ、さあ戦いの狼煙は上がった!
来よ、天乃稲姫の太刀!」
私の左手に、稲妻を帯びた長い直刀が現れる。
まだ鞘に納められたソレからは、確かな力を感じる。
鞘には、見事な細工が施されその紋様は、
秋に実る稲穂を表わしている。
シャ__シァ______
私を睨む大蛇が威嚇を込めて、
その大きな口を開く。
そして、とぐろを巻き、
頭を持ち上げていた大蛇は首を後ろに曲げ、
瞬間、私へと跳躍した。
引き絞られ、力を込められた噛みつき。
間合いに入るまで、待ち構え、
入った獲物を一撃で仕留める蛇種の必殺の一撃だ。
大蛇のそれも、例に漏れず、
その瞬発力から繰り出される噛みつきは、
必殺の威力があるのだろう。
しかし、私はそれに対して、左手の剣を両手に持ち換え、
鞘に納めたまま力の限り叩きつけた。
1メートルはあるだろう大蛇の頭と剣のぶつかり合い。
しかし、その勝負は互角に終わった。
大蛇の頭は、後ろへと吹き飛び、
私もその衝撃で後方へと飛ばされた。
空中で軽くその身を捻り、着地する私。
大蛇も、剣の刃を受けたわけではない。
ただ、予想より激しい衝撃に少々混乱しているみたいだ。
すっと軽い足取りで、大蛇へと距離を詰める私。
今まで生まれてこの方、戦闘経験などない私。
一般人であり、会社勤めだった私にそんなものがあるわけない。
更に言えば、現代で剣を使った近接戦闘など、
どんな軍隊でも想定してないだろう。
今、刀剣といえばナイフ等の比較的扱いやすいものだ。
もう刃渡りの長い刀剣の時代は終わっている。
そんな現状で、私は慣れた動きで戦闘行動がとれている。
なんというか、相手の動きに対し考える前に
身体が動くのだ。
混乱する大蛇に素早く静かに近寄り、
構えた太刀を大蛇の首に向かって、一閃。
いまいち徹りが悪い。
鞘から刀身を抜いてはいないが、感覚的にはこれで十分なはずだ。
何が?と言われてもどう答えていいのかは分からないが。
痛みで、混乱から立ち直ったのか、
大蛇が再び動き出す。
跳びつきを辞め、するするとこちらに迫る。
大きな図体をしているが、その動きはしなやかだ。
私を囲むように、身体をくねらせる大蛇。
ズゥルルルゥ___
一瞬で頭を私の背後に巡らせ、その長い身体で私に絡みつこうとする。
その動きに対し、地を蹴って跳躍した私だったが、
大蛇も予測していたのか、
空中の私に向かって再び噛みつこつとしてくる。
「 風鈴二閃 」
私は落ち着いて、両手で持っていた剣を再び左手だけで持ち、
放した右手で、空を薙ぐ。
チ_リィィ__ン
その動きに合わせ、
大蛇の顔や首を、二筋の風の斬撃が襲いかかる。
キ__シャ____
声なき呻きをあげる大蛇。
む、首は切れなかったが、右目をやった。
痛みに怯む大蛇、
私は着地後、右方向へと動き、刀身を抜き放った。
音を立てず、素早く大蛇との間合いを詰める。
身体が大きく、そう簡単に倒れそうもない大蛇。
そして、ヘッドバンドの情報から、
正体を隠している可能性が高い。
ならば、本領を発揮する前に、
今、潰す!
刀身は稲光を纏い、力が収束していく。
身体を沈み込ませ、大蛇に向け力を解き放つ。
「 奥義 天閃万花 」
昨日までの私では、再現不能の軽い身のこなしと、
人のものとは思えない剛撃。
千を超える閃光の斬撃が、大蛇を解体した。
大蛇が跡形もなく消え去ると、
周りの闇に満ちた空間は、崩れていく。
少しの眩暈と共に、
私はかの少女に出会ったビル建設現場へと帰ってきた。
手に持つ剣を鞘に戻し、元の場所へと送還する私は、
やっと安堵することが出来た。
「終わった、、。」
そんな言葉が、口から洩れた。
相変わらず、それは男性のものとは思えぬ高い声だった。
正直もうなんとなく分かってきてはいるが、
確かめなくてはいけない。
まずは、私の身体を探そう。
辺りを見回すが、なかなか見つからない。
そんなに広くはないし、あれだけの血だまりだ。
目立つことこの上ないだろう。
しばらく探すと、例のヘッドバンドと私の鞄が見つかった。
私の身体と金剛の錫杖と巻物はなかった。
代わりに破壊された何かの木像が見つかった。
時間はもう夕方だろうか?
陽が落ちようとしている。
「もう帰ろう、」
残されたものを手に、建設現場を後にする私。
その去り際、建設途中のビルに搬入途中であろう窓ガラスを見つけた。
そのガラスは、沈みかけの陽を受け、鏡のように光を反射していた。
思わず覗き込む私が見たものは、
このビルに入り、同じ現象に巻き込まれた少女の姿だった。




