第3話 七福総理の初出勤
あれから、数日が流れた。
現在は例のシステムとやらを最適化中だそうだ。
その間、私は実家の両親の元を訪れていた。
そもそもから退職したということで、家業を継がないかとか連絡を受けたのだ。
まったく実家は遠いのに、なぜ離れた場所に住む私の動向が伝わっているのか?
まあしかし、久しぶりに身体を休めたい、というか精神の安定を求めて里帰りしたのだ。
私のストレスは限界を超えていた。
両親には、安定した企業に転職したと言ってある。
3億の借金があるなどと言ったら、卒倒することだろうしな。
まあ、ある意味、例のプロジェクトでは月給らしきものがあるらしい。
そもそも契約料が億越えの案件だ。
月給だってとんでもない額なはず。
もう前職の横領案件みたいなことは、発生しない。
もはや跡形もなく前の会社の痕跡はなくなったので。
本当に何だったのか?
分からん!
再び、例のリクルートスーツの天明さんが自宅を訪問したのは、実家から帰ってきた2日後だった。
「こんにちは、お世話になります、七福さん。
お加減はどうですか?
あっ胃薬や頭痛薬を今回はご用意しましたよ!」
倒れた私の看病を一時的にしてくれたのは天明さんその人だった。
まあ1日で復活したのだが。
以来、なぜか彼女は打ち解けたように、フレンドリーに声をかけてくる。
「はい、体調の方は良くなりました。
その節は大変有難うございました。
まだ慣れないですが、頑張りますのでどうかご指南のほどよろしくお願いいたします。
あと持ってきて頂いた手前、恐縮ですが、そのお薬を使わないで出来る仕事であってほしいですね。」
まだまだ警戒を解いてはいけないと私は極めて冷静に対処した。
必要以上に距離を詰められてはならない。
この仕事はきな臭い、そう私の直観は警告を発している。
「そうですか。
体調が優れないときは言ってくださいね?
私も待遇改善を上と掛け合いますので、何でも言ってください。」
初日に会った時にはクールな雰囲気も少しはあったのだが、
今はかなり元気な子になってしまっている。
明るい笑顔で声をかけてくる天明さん。
こっちが素なのか?
まあ若いということで、こちらに侮られないようにしていたのかもしれない。
「さて、本日より七福さんには、本プロジェクト遂行にあたり研修を受けていただきます。」
笑顔を引っ込め、真面目な顔で告げてきた彼女は例のヘッドバンドを差し出してくる。
このヘッドバンド、私は随分ネットで検索した。
こんな技術が本当にあるのか?とか色々な分野の研究とか探したが、こんな機能はない!
一応拡張現実という技術が似ていた。
が、このヘッドバンドの機能は全く次元の異なるものだ。
ネット小説のVR技術によく似たものだが、こいつの正体は訳が分からないものだった。
そして、小説の技術はあくまで、架空のものだ。
現実にこんなことが出来るとは、どこの国家機関なんだ!
問い詰めたいが、ここでこの話を振るのはまずい。
一応守秘義務があるし、3億の借金話が蒸し返されるのはまずい。
あくまで前の会社の社長を捕まえでもしない限り、今はこらえるのだ。
指示通り、ヘッドバンドを装着すると、
馴染みあるアパートの一室が、重厚な机や調度品に囲まれた部屋に早変わり。
今のところ、このアンティークな机と椅子、そして国旗と天明さんのいる場所くらいが
移動できる範囲らしい。
何気にこの机が大きい。
そして、重々しいこの椅子、これが総理の椅子というやつか!
胃が痛い。
髪が長く白いスーツで凛とした天明さんが、今日行う研修とやらの説明を始めた。
「今回は研修ということで、まずは比較的簡単なミッションをご用意いたしました。
内容は、日本各地で起こっている公共施設などの倒木問題についての対応です。
ご質問はありますか?」
聡明そうなお顔で、何かそこら辺の役場に相談にきた感じのお話を始めた天明さん。
「阿保か!
日本中で問題になっているやつじゃないか!
全国版のトップニュースになってるぞ、それは。
素人には向いてない!
全然無理だ、専門家を当たれや!」
声を荒げて、雄叫びを挙げた私は、間違っているだろうか?
しかし、凛々しい天明さんはこれに反論する。
「そうですね、そのお気持ちはもっともです。
確かに、一国の国家元首が、対応するようなことではないと思います。
しかし、国として、国民が困っていることに目を向けないのは、間違っていると思うのです。
この事案は、複数の都道府県に渡っており、国として何らかの方針を打ち出すべきと考えます。」
「どうか、総理には、このような事案にも目を向けていただきたく思います。」
真面目な顔をして、色々な食い違いを見せる天明さんと私。
それから数日、天明さんを説得するのは無理だった。
普段のリクルートスーツな天明さんは、随分フレンドリーに対応してくれるようになったが、
白スーツなカッコいい風の天明さんは、頑固で真面目すぎる感じであった。
折れない、曲がらない、硬すぎるという、その心情に鉄骨が一本入った筋金入りの正義の味方なのだ。
結果、この数日、ネット検索を続けている私がいる。
幸いかどうか、私の住んでいる地域に倒木被害はない。
つまり、実際に現場を見てくることは、容易ではないということだ。
現地調査には、移動費用が必要だが、私は今、お金がない。
前の会社は、契約金だけでなく今月分の手当も持って消えた。
さらに、私は樹木医ではないので、現地に行ったところで何も分からない。
そこでプランを立てた。
そう、ここは何とかして、白い天明さんを納得させなくてはいけない。
今日、研修の結果を伝えるため、自室へと呼び出しておいた。
もうすぐ着くことだろう。
女性を部屋へ呼ぶ!!
我が人生にこんなことがあるとはな!!!
しかし、そんな感情はこの無慈悲な状況の前では、塵芥である。
変なことをすれば、借金3億が復活した上に刑務所行きだ。
まあそれが無くても、そんな気は微塵も浮かばないがな。
また、はっきり言って、何か機嫌を損ねても借金が復活する。
甘く見てはいけない。
そして、あれからフレンドリーなリクルートスーツな天明さんと出かけるということも
何回かあった。
うらやましい?
病院への通院だが、どこか羨ましいことがあるのかな?
倒れたので、一応病院で検査を受けたのだ。
私は無職だが、今は天明さんの企業がバックアップしてくれる。
現在、天明さんが会社を代表して健康保険の手続きを申請してくれている。
その間、万が一の場合に備えて、通院には天明さんが同行してくれているのだ。
会社としての責任と義務だそうだ。
その間、彼女の異様な怪力を何度か見せつけられた、、
彼女はとても雰囲気のいい女性だが、かなりヤバい感じもするのだ。
ピンポーン、チャイムが鳴る。
「こんにちはー、七福さん。
今日は研修の報告をしてくれるそうで。
まだまだ時間があるのに、真面目ですねぇ。」
リクルートスーツな天明さんは、かなり抜けていると思う。
「わざわざ、来ていただき有難うございます。
病院への付き添いも大変助かっております。
天明さんこそ、本日の予定、大丈夫だったのでしょうか?
お忙しいでしょうに。」
私は態度を崩さない。この天明さんも、白天明さんも、どちらが本物か検討もつかないのだ。
「それじゃ、ヘッドギアをお願いいたしますね。」
ーーーーー
ミッション報告
ふむ、今回の倒木案件だが、樹齢は50年から60年ほどだそうだな。
それ以上のものもあると聞く。
素人の判断では、なかなか分かりづらいものだそうだ。
原因の一つは、何等かの理由で根が減ったり、幹が腐ったりすることだそうだ。
まあ菌類が侵食とかもあると聞くが、やはり素人判断はできない。
そして、樹木医という専門家を雇うにもお金がかかる。
しかも、専門家自体の数がいない。
現在、技術的に何とかできそうなのは、音波診断であろう。
専門機器もあるそうだが、今回は通常の機器で行いたい。
予算が限られるので、本当に必要な木を見つける方法を省略するのだ。
木材は質量を音波(超音波)で測ることができる。
そう、中がしっかり詰まった樹木が倒れることはない。
腐るイコール本来の密度が下がっているということ。
これに対して、高速道路の腐食診断などで使われている音波診断が適当だと思う。
倒木傾向は主に力学的なもので計算可能とする。
AIを利用して縮尺と映像から樹木の体積を判断、標準的な樹木の密度を1として
超音波を当て計測する密度が低い部分が集中していれば、倒木の危険アリとなる。
音波診断は全体にではなく、幹部分と根の部分に集中する。
樹木自体の音波振動の伝わり方などを計測することで根の部分の反応から状態が分かるのではないか?
また倒木した樹木の折れ方をAIにかけて分析させる。
個人でもAIを使えば専門性の高いアプリが作れるので、十分に診断データが得られれば、職員を使った診断やドローンを活用した定期診断も可能かと思うのだ。
いかがだろうか?
ーーーーー
白い天明さんの意向で、総理らしい説明になっているとは思うが、我ながら苦しい!!
はて、白い天明さんの反応は?
「ええと、これは検証してみないと分かりませんね。
実際問題としては、この方法で検査人員の募集を一般に公募しても大丈夫かもしれません。
この方法が有効であればですが。
公共性が高いので、一般市民の身になってみれば倒木事故があってから、方法論のミスを指摘される
可能性もあるので要検証ですね。
しかし、それほど悪くはないかとは思います。
結局のところ、専門家は少なく、誰かが診断しなければならないというのは確かです。
危ないからと見境なく切り倒すのも、観光で潤している地域では不可能でしょう。
AIによる最初の診断のあと、セカンドオピニオンとして樹木医を呼ぶなりするというのも
物量をカバーするには、有効かもしれません。
本当は、日本という自然豊かな国なのだから、樹木などの専門家を多数育成するほうがベター
なのですが、それで全員が身を立てられるかという問題もあるので。」
「今回のところは、及第点ということで引き続き問題解決に尽力をお願いします。」
と締めくくり、笑顔を向けてくれた天明さん。
というか、こんな感じにこのプロジェクトは進むのだろうか?
正直、何故、どこかの教授に頼まないのだろうか?
このプロジェクト、一般人には荷が重いのでは?
そんな思いが顔に出ていたのか、
白いスーツで秘書官と筆頭政務官を兼任する凛々しくも美しい天明さんが、柔らかい表情を浮かべながら
「総理という国の代表を決めるのは、ごくごく一般的な市民です。
国家元首と一般市民の間には、それほどの違いはないのです。
総理とはいえ、あらゆることに専門家でいることはできません。
そう、総理とは一般市民の中から出てきた代表であり、
どんな答えにも、正解が出せるわけではありません。
ただ、誰よりも国のことを考える必要性がある職であるだけです。
判断の間違いは、あり得ますが、真摯に問題解決に取り組むことが問われるのです。」
「七福様も今回の件で色々と考えさせられたのではありませんか?
本来であれば、普通の一般市民とされる私達も真摯に考えなければならない案件なのですよ。
他人事ではないのです。」
「ただ、ゆっくりでもいいので、答えを探してください。
探してさえいれば、いつか正解だと思える何かに辿り着けますよ。」
” 焦る必要はありません ”
穏やかに語る天明さんを見て、私は少し彼女に対する違和感が無くなった気がした。




