第32話 稲水乃姫
宙空に浮かぶ一人の女性。
おかしい、ヘッドバンドはしていないのに、
ここまではっきり見えるなんて。
十二単を装い、高貴なオーラを醸しだすその佇まい。
あの襲撃で見せた苛烈さは息を潜め、
今は穏やかな表情を見せている。
「うん?答えぬのかえ。
そなたらにも、何かしら思うことあって、
この地に来たのであろう?」
”言うてみよ” と女性は、私達に語り掛ける。
有無を言わさず、力を行使するタイプではないようだ。
天明さんとクランベリーさんは、口を開かない。
仕方ないと、私が答えることにした。
「申し訳ない、貴女が、あの寺を襲撃していた女性で、
間違いないですか?」
「そうじゃな、妾が、そなたの言う寺を襲った首謀者じゃ。」
と答えてくる女性。
「なぜ、寺を襲うのですか?
あの寺に奉納されている宝物と何か関係が?」
続けて、質問する私。
「ふむ、寺の者に何も聞いていないのかえ?」
と、問い返してくる。
宝物とここを治めていた一族の関係以外は何も、
と答えた私に、
「あの右藤殿は、何も伝えなかったと」
「ふむ、まあいいじゃろう。
妾が、そなたらの疑問に答えよう。」
「妾の名は 稲水乃という。」
「あの寺にある我が家の宝物、
雨命の勾玉の由来は知っておるかえ?」
ええ、一応伝承は知っています。と答える私。
「そうじゃな、それなら妾が嫁いだ由縁も分かるじゃろう。
元々、京の都は、当時ひどい状態でな。
長く続く干ばつで、飢えて死ぬ者が、後を絶たなんだ。」
「そんな折、我が家の言い伝えを聞いた一人の官僚が、
妾との縁談を持ち込んだ。
そうじゃな、妾も政の幾らかは知っておる。」
「我が家も、その昔、干ばつにより、多くの死者を出した。
その苦しみは、よう分かる。」
「我が父も、婚姻自体に反対はせなんだ。
また、妾の婚姻に、家宝の勾玉も添えた。
代わりに、我が家には、朝廷から官位と褒章が入った。
妾は、雨乞いの儀式を行う神祇伯のもとに嫁いだ。」
「京の都は、その後、雨が降るようになり、
干ばつの被害も無くなった。」
「その後、数年は平和だったのう。
子も出来、家は安泰。
国元も、潤いを増し、幸せじゃった。」
遠いところを見るような女性の仕草に、
穏やかな笑みが浮かぶ。
「じゃがなあ、人の世は移ろう。
ある時、国元を襲う豪族が出てのう。
妾の父は、その襲撃で亡くなってしもうた。」
「また、その豪族は幾つかの家と結託し、
国元を荒らし廻った。
人とは、なんと恐ろしいものじゃ。」
「妾の夫であった宋芯殿が、朝廷から軍を出してもらい、
賊の討伐に向かった。
豪族たちを追い散らすことはできたのじゃが、
宋芯殿は、慣れない戦で深手を負ってのう。」
「そのまま、帰らぬ人となった。」
悲しいのか、懐かしいのか、
その顔には、深い感情が入り混じっていた。
「そなたらが知りたい事は、その後じゃな。」
「妾の国元は、荒らされ、
一時、かの龍神殿との約束を守ることが出来なくなった。」
「それに加え、この社殿なども賊の被害にあってのう。
人の世のことなれど、龍神殿はお怒りになった。」
「その年は、酷い干ばつが、国元を襲った。」
「これを治めるには、どうしても雨命の勾玉が必要だったのじゃが、
宋芯殿無き今とばかりに、
神祇伯の座を狙い、我が家から宝物を接収せよと言う声が大きくなった。
京の民も、隣の地で起きている被害を恐れ、
京から雨命の勾玉を持ち去られてはならぬと騒ぎ出した。
今から考えれば、全て政略だったのかもしれぬ。」
うーん、これは、とても悪霊とか言えない感じになってきたな。
そう思うのは、私だけだろうか?
女性の話はまだ続き、
「妾も、必死に嘆願したが、
結局、当時の政敵だった神祇官の家門から逆賊の汚名を着せられた。
雨命の勾玉は、朝廷により接収され、
妾達、つまり、宋芯殿の家門は取り潰された。
妾達は、一旦国元へと帰ろうとしたが、その矢先に賊の襲撃に合い、
この世から去ることになったのじゃ。」
「さて、妾の話は、まだ続くのじゃが、
そなたらが、生きるこの世で、再び妾は目を覚ました。
そうじゃな、龍神殿の声が、妾を目覚めさせたのじゃ。」
「これは、右藤殿にもよく言ったのじゃが、
龍神殿が、今再び目覚めておる。
昔のことは昔のことじゃ。
どうすることもできぬ。」
「しかしな、これは今起きようとしている災いじゃ。
止めるためには、この社殿に再び、
かの宝物を捧げなくてはならぬ。
妾は、もう人の苦しむところは見たくはない。」
そう言って、目を瞑る女性。
うーむ、降って湧いたようなどちら側にも
正しさがある感じな話。
この女性が正しいなら、何か大きな災いが起きてしまう。
しかし、女性自体、ドラゴンのようなものを従えている。
少し考えさせてほしい。と言って、私は一旦引き下がることにした。
天明さんも、クランベリーさんも同意してくれた。
車に戻り、天明さんの職場へと帰る私達。
どうすればいいんだ!




