第30話 縁、京で待つ人
東京から戻って数日。
私は、朝の日課としてジョギングを始めた。
切っ掛けは、東京から帰ってきた翌日、
クランベリーさんとした些細な会話だった。
例のヘッドバンドのアップデートにより、
色々なことが、出来るようになった私。
ヘッドバンド自体は、今も天明さんが保管しているが、
妄想だけはできる。
私は、漫画の主人公になったみたいに、
ヘッドバンドの機能を使った色々な試行錯誤をしていた。
天明さんは、あれからまだ一度も来ていないので、
実践はできていないが、解除されたという機能の説明から
夢は膨らむ。
うん、私は年甲斐もなく浮かれていたのだ。
今、私には、金剛という戦力もある。
できることは、格段に多くなったと思う。
もう守られてばかりではない。
そう、私も男だ。
正直、身近な女性二人が、危険を冒して、
私の身を守ってくれている。
今まで、私はそんな時でも逃げ回ったり、
隠れたりするしかなかった。
おっさんでも、
いや、おっさんだからこそ、年若い女性が、
戦っているのに、何もできない状況に歯痒さを感じていた。
しかし、今度からは、私にも出来る事があるかもしれない。
もう、足手まといではないのだ。
ちょっと気が大きくなった私は、
クランベリーさんに、そんなニュアンスの事を告げてしまった。
うむ、若くはないが、若気の至りである。
その言葉を聞いたクランベリーさんは、
「うむ、やはり七福殿も日本男児だったのだな!
その覚悟、素晴らしいぞ。」
「しかし、そうだな、
金剛殿を使うにも、ヘッドギアの機能を使うにも、
持久力は大切だろう。」
「戦いにおいて、如何に相手より有利な条件を整えられるか?
そのためには、地形や仲間の位置関係を把握しながら、
状況に対処する必要がある。
戦闘時は、絶え間なく移動することになるだろう。」
「七福殿、やはり、ここは身体を鍛えてみるべきでは、
ないだろうか?
男子三日合わざれば刮目して見よ!
と言う言葉が、日本にあるそうだな。
私も付き合おう、明日からでも筋トレを始めないか!」
力の籠ったクランベリーさんの言葉を聞いて、
浮かれていた私の熱は、すっかり冷めた。
あと、男子云々は日本ではなく、中国の有名なことわざだ。
突っ込みを入れたいが、やる気満々のクランベリーさんは
止まらない。
「ええと、いきなりハードなトレーニングは、
身体を壊す原因になるので、最初はもっとソフトに、、」
と、誤魔化そうとする私。
「ううむ、そうだな。
ならば、明日の朝から少し近場を走ってみないか?」
それくらいなら、ちょうどいいだろう?
と言うクランベリーさんの言葉に、不安を抱えながらも
同意するしかない私だった。
翌朝早くから、ジョギングは始まった。
クランベリーさんの軽く走るは、
アスリートが使う言葉と同じようなものだった。
朝っぱらから10kmなんて走れるか!
おっさんな私は、精一杯走って5kmでダウンした。
クランベリーさんには、もういい歳なので、
いきなりの運動にはついていけないと言い訳した。
「ふむ、七福殿はデスクワークが長かったそうだな。
いきなりのハイペースな運動は良くなかったか。
私の配慮が足らなかった。」
”しかし、今後の為にもジョギングは続けた方がいいぞ”
と最後に念を押してきた。
こうして、私の日課に、早朝3kmのジョギングが加わった。
疲れた、、
そして、今日の10時を回ったころ、天明さんがやってきた。
相も変わらず、ドアをどんどんしているので、すぐ分かる。
私の部屋に集合した天明さんとクランベリーさん。
ヘッドバンドを渡され、久しぶりに例の会議が開かれる。
万華鏡のように、光が乱舞し変化する自室。
アンティークな大きな机と重々しい椅子を前に、
戦々恐々な私。
今まで、いくつかの議題を超えてきた。
しかし、それは研修での話。
それでも、いくつもの危険が纏わりつく話だった。
今度はなんだ。
緊張で胃が痛い。
白天明さんが、今回の議事進行を始める。
「今回は、少し前に会った京都市の事件について、
非常対応が必要と判断し、今回この会議の議題と
させていただきます。」
京都?
あの妖怪大決戦な事件か?
あんなのどうしろと。
例のドラゴンは、倒されたみたいだが、
あのクラスの怪獣が、また出るかもしれんぞ!
というか、アレで失敗したのだから、
今度は、念を入れてもっと凄いのになるかも。
そんな私の不安をよそに白天明さんは話を続ける。
「あれから、あの指揮官であろう貴族女性、
並びに、加具茂寺について調査しました。」
「わたしの今所属する研究所には、
膨大な歴史的資料が保管され、電子データ化も進んでいます。」
「まず、加具茂寺に収蔵されている宝物に関して、
調べました。
一覧は、データベースにありましたので調べるのは簡単でした。
その中から、あの女性に関わる品を探しました。」
「女性の服装は、平安時代のものと推定。
身分も、当時の貴族籍にある女性と思われます。」
「加具茂寺は、古くは奈良時代にまで遡る歴史あるお寺です。
今、京都と呼ばれている地域に起こる干ばつを、
鎮める役割があったそうです。」
ふーん、京都は、日本有数の古都だし、
歴史ある神社仏閣は、多々存在するのは知っていた。
私の学生時代は、修学旅行先として一番に挙がる場所だった。
今でも、それは変わらないのかもしれないが、
あの比較的小さなお寺が、
平安京として知られるようになる前からあるとは。
他の有名な仏閣と同じくらいの歴史があるんだな。
あまり、観光客とかいなさそうだったが。
立地はいいが、競争率は高そうだ、
よくやっていけるな。
かなり失礼かもな思考を巡らせていた私をよそに、
白天明さんの解説は続く。
「加具茂寺と貴族籍の女性を繋ぐ何かを探しました。
加具茂寺は平安時代に入り、他の寺社の影響力が拡大したため
そこまで、重要視されなくなっていました。」
「奉納される宝物の出入りも、そう多くありませんでした。
その中に、当時の朝廷から預けられた物品があります。
民衆からの奉納品はありますが、
当時の最高権力機関からの奉納品。
影響力の低い当時の加具茂寺に、何故そんなものが?
そんな疑問からこの物品を追跡調査しました。」
「その物品は、雨命の勾玉と呼ばれる、曰く付きの宝物です。
記録には、今の滋賀県にあたる場所で
栄えた豪族の姫が、婚姻の際に持参してものと
書いてありました。」
「婚姻相手は、朝廷で神祇官の要職にある貴族でして、
一般の地方豪族の娘が、婚姻する相手としては破格です。
当時の家格でいうなら、所領でなら姫に相当しますが、
領地以外では、特に京の都では、そこまで身分は高くありません。」
「ただ、記録では当時の平安京は、
記録的な干ばつに喘いており、
この婚姻には何か秘密がありそうです。」
「というのも、雨命の勾玉の伝承では、
昔、土地を治めていた一族が、長く続く干ばつの際、
雨乞いの儀式を行ったところ、天より龍神があらわれ、
毎年、捧げものをすれば、
雨を降らそうと託宣を下ろしたそうです。」
「この一族は、それを受け入れ、新たに社殿を立て、
一年の終わりに、細やかながら祭りを行い、
その年に一番豊作だった作物を捧げたそうです。」
「まあ、この一族というのが、
神祇官と婚姻した姫の一族でして。
雨命の勾玉は、龍神との約束の証だったそうです。」
「干ばつに喘ぐ平安京に、雨を降らせると言われる逸話付きの
宝物を持って嫁いだ姫君。
記録では、婚姻して平安京へ姫が移り住んだ年。
長く続いた干ばつが、治まったそうです。」
白天明さんは、ここで一旦話を切る。
「なんというか、日本はとても素敵な伝承が残っているのだな。
私の国では、人間と神々の壮絶な戦いなどが描かれる場合も多い。
神は人間から恐れられ、
時に授けられる加護は、例外なく何かの試練だ。
国が違うと、ここまで関係性が変わるのだな。」
何やら、不思議そうに、そして日本ゆえだな!と
変な納得の仕方をしているクランベリーさん。
「うーん、要するに天明さんが言いたいのは、
その姫が、あの妖怪軍団の親玉だということか?」
「それにしては、何で神主?みたいな職の嫁ぎ先から、
宝物の所在が、あの寺に移ったんだ?」
「その効果を信じるなら、その神祇官とやらの出世街道は、
安泰だし、その後の子々孫々まで権勢は続くだろうに。」
そもそも、それが目的な気もするが、
それでも当時は、政略結婚は当たり前だろう。
皆、納得して事に当たったはず。
その嫁いだ姫の一族も、夫となった神祇官とやらも、
そして、姫自身もこの結果に不満はなかったはず。
しかし、あの妖怪軍団を束ねていた女性は、盗まれたとか、
言っていた。
誰が、盗んだのか?
どうして、あの古い寺にその宝物が保管されているのか?
当時、権謀術数溢れる時代だったろうから、
色々あるんだろう。
だが、なぜ今になって
あんな妖怪軍団を連れてあの女性は、あの寺を襲うんだ?
良く分からん、何か今になって変わったことがあるのか?
「そこで、総理にご提案があります。
あの女性が現れるのは、決まって月のない夜だそうです。
つまり、次の新月まで、まだ時間があります。
ですので、今の内に現地を調査し、
この事件の真実を明らかにすることで、
事態の収束を図ることを具申いたします。」
「七福総理、ご英断をお願いいたします。」
白天明さんは、そう言って官僚みたいな一礼をした。
これ、決まってたんじゃないのか?
そもそも、例の女性だって、
あの時初めて襲ってきたわけじゃないだろ、、
なんで、あのタイミングで職場訪問が入ったんだ?
疑問が尽きない私だったが、
白天明さんは、今から何を言っても意志を貫くだろう。
というか、少年漫画の主人公みたいな性格なんだから、
白天明さんを、主人公にして解決すればいいんじゃ、、
そう思ったら、何気なくあの鳴神氏の顔が頭に浮かんだ。
一般人だからこそ、意味がある!
私は、再び京都の地へと向かうことになった。




