第20話 加具茂寺の戦い その1
百鬼夜行、
そんな言葉を呟いた天明さん。
確か、深夜に多数の妖怪が列を成して、
賑やかに行進する様子を表した言葉だったか?
確かに、目の前を進むモノたちは、何らかの妖のように見える。
しかし、先程、私達の前を列の中央に位置する牛車が通り抜けたのだが、
その後ろに続くモノたちは、
とてもお祭り騒ぎをしている雰囲気ではない。
物々しい恰好をした幽玄の兵たち、
そして、時折大きな鎧武者が、そこに紛れている。
牛車の周りを固めた護衛兵とは違い、その装いはまちまちだ。
その体躯も、武装も、そして明らかに人ではない姿も、
混じり合っている。
しかし、一応に言えることは、皆が皆、戦に赴くような装いを
纏っているということだ。
先頭にいた大きな鬼や、天狗、巨人たちに加え、
目の前を行進する異形の兵たち。
その数、100は下らないだろう。
まさに、百鬼夜行だが、
その雰囲気や色は、そんな不可思議なものではない。
古来から連綿と人の歴史に刻まれ続けている戦争の匂い。
今まさにこの軍勢は、どこかに攻め入ろうとしているようだ。
「七福さん、この行列が向かっている場所ですが、
この先にある通りの終点に、小さなお寺があるようです。
かなり古いお寺で、
規模は小さいですが、無人ではないようです。」
「どうしましょう?
今は、クランベリーさんもいません。
ここは引くべきところです。」
と、静かに提案してくる天明さん。
例えクランベリーさんが、この場にいたとしても、
さすがに、こんな化け物連中を相手に出来ない。
しかし、そんな常識的判断を、
何故、今、私に向けてくるのか?
ここは、気取られないよう、静かにこの場を離れるべきなのだ。
他に選択肢などないはずだ。
しかし、彼女は何かを期待して待っている。
短い付き合いだが、彼女は人を見捨てない。
おっとりしていて、少し抜けているような彼女だが、
自分より人のことを優先する性格であることは、
研修等で行動を共にしたことで思い知っている。
くそ、今回は何もできんぞ!
精一杯考えた結果。
だが、その寺とやらに、先回りして警告することくらいは
できなくもない。
と妥協案を思いつく。
私は、自分の甘っちょろい性格に悪態をつきながら、
「はあ、その寺に避難するよう伝えに行くか。
このままだと、人死にが、出るかもだしな。」
と、答える。
緊急時なので、いつもの敬語なんて使ってられない。
「そうですね、
危ないですから、注意して進まなきゃですね。」
こんな事態なのに、少し嬉しそうな天明さん。
くっ、最近はこんなことばかりだな!
とりあえず、先回りせねば。
思考を切り替えた私は、
行進する妖どもから離れ、一本隣の通りへとやってきた。
何にしても、行列の最前列には、あの鬼たちがいる。
早く目的地に、先回りしなければ。
天明さんが示した位置は、ここから10km以上ある。
何故か、天明さんの持つスマホは起動している。
電灯すら点いていない今の状況で、疑問は絶えない。
辺りを注意深く見回すと、路駐してある自転車が数台。
確認すると、鍵は掛かっていない。
不法投棄か、盗難されたものか?
そんなことは、今関係ない。
「この自転車を使わせてもらおう。
車はロックされているし、そもそも動かないだろう。」
と、近寄ってきた天明さんに提案する。
通りを疾走する二台の自転車。
今風のスポーツタイプではない、所謂ママチャリだ。
しかし、妖の行列の進行速度は遅い。
そもそも、何らかの争いなら、
後ろに続く兵姿のモノたちを、置き去りにはできないはず。
纏まって、行進する妖たちを抜き去り、
私たちは、進路を再び妖が行進する通りに戻す。
くっ、毎回のように体力勝負だな!
今回くらいは、何もないと思っていたのに。
息が切れてきた私だったが、足で走るよりは大分マシだ。
車が走っていても、おかしくないのだが、
全く、そんな気配はない。
これだけ走っても、人っ子一人いない京都市内。
この通りだけかもしれんが、不気味だ。
目的地は、もう目の前だ。
正直、あの繁華街にも、人はいなかったのだ。
今向かっている寺とやらにも、人なんていないのでは?
そんな疑問が、湧いてくる。
はあ、はあ、つ、疲れたっ
もう日付は越えているが、早く宿で休みたい!
その願いを果たすには、寺の様子を伺い、
人がいたら避難させる。
まだまだ、重労働は待っている。
そんな思いを抱えて、寺の近くまで来た私だったが、
おかしな人影を見つけた。
若い男性のようだ。
おかしいな、今まで誰もいなかったのだが、
こいつは何者だ。
男性は、寺からおよそ百メートル手前、裏に入る路地に身を隠し
寺の様子を覗っている。
怪しい、怪しすぎる!
なんで、妖どもが押し寄せようとしている場所で、
そして、こんな深夜に路地で身を隠しているのか?
私が警官なら、不審人物として署に連行するところだ。
は、面倒くさいが、こいつの正体を見極めねば。
この胡散臭い男に、声を掛ける私。
「おい!
ここで何をしている!」
少し詰問調な言葉に、
「What!」
ちょっと驚いた様子の男性は、欧米系の外国人のようだ。
「オオ、ナンデスカ。
ウウン、チョットマッテクダサイネ!」
と片言に答えた後、少し咳払いをする
そして、
「何だ、あんたら。
ここは危ないから、早く帰るんだな。」
と、流暢な日本語で私たちに話しかけてくる。
うん、怪しすぎる。
そもそも、ここは安全な日本。
あんな妖どもがいるとは思っていなかったが、
それは、この男性も同じはずだ。
この寺が危ないと知っていて、なぜここで身を隠している?
天明さんと顔を見合わせる私。
「あんた、ここが危ないって
分かっているみたいだな。
何故だ?」
と、何か知っていそうな男性に、質問する。
「ふーむ、どうやら、あんたらも訳アリのようだな。
しかし、今は帰った方がいい。
ここはもうすぐ戦場になる。
あんたら、日本人は慣れていないだろう。」
と、逆に諭してくる男性。
「そういうわけにも、いきません、
お寺には、人が住んでいます。
今すぐ避難を呼びかけないと!」
と、天明さんが真っ向から反対意見を投げかける。
「うん?あんたら、知らないのか?
寺の安全なら、完璧だぜ。
まあ、今回はどうか分からないが、」
「おい、あんたら、こっちに来い!
そのままだと巻き込まれるぞ。」
身を隠せ と私達を路地裏へと引き込む男性。
その直後、寺に向かって行進してくる一団の
先頭が見えてきた。
そして、しばらく時が経ち、
行列の最後尾までが、寺の前に到達。
私達は少し離れた建物の2階から様子を見ている。
セキュリティはどうなっているかって?
この不審者な外国人が、鍵を開けてしまった。
防犯カメラとか、警報とか心配いらないそうだ。
そもそも、今は電気自体、止まっているらしい。
ただ、アナログな鍵は、開ける必要があるのだが。
騒がしいパレードのようだった妖たちの行進は、
終わりを告げ、後部にいた幽鬼みたいな兵たちが
寺の正門に向けて整列する。
鬼気迫る様子の百を超える一団。
居並ぶ幽鬼たちの後ろに、護衛が固める牛車がある。
その牛車から、平安貴族の装いをした豪奢な和服の女性が現れた。
「聞こえるかえ、右藤殿。
此度こそは、我が家の家宝、返してもらうぞ。」
不思議と辺りに通る女性の声が、
寺の向こうにいるであろう人物に、語り掛ける。
声の主は、牛車から現れた髪を結った若い女性だろう。
その声に反応したのか、寺の門が大きく開かれた。
「ふむ、悪しき妖ども、まだ懲りぬとはな。
そして、今だ呪わしき運命に囚われし姫どの。
そろそろ、成仏なされては如何かな。」
出てきたのは、この寺の住職であろう立派な僧衣の男性。
「異なことを、我が家宝を盗んだのはそなたらじゃ。
そのような運命を押し付けたそなたらを、
註するのは、妾の使命ではないかえ。」
返す女性は、優雅に手を寺の方に向ける。
鬼に、天狗、巨躯を誇る巨人に、太刀を構えた鎧武者が率いる
幽玄の軍団。
鬼火が、空を埋めんと舞い踊る。
右藤と呼ばれた僧侶が言葉を発する。
「話は無用か。
金剛どの、お出でませ!」
その言葉に答えたのか、
5メートル近い大きさの金色の巨人が2体、顕現する。
巨人の皮膚は、金属のような光沢で、
周りを照らす不思議な光をよく反射する。
さらに寺の門からは、僧侶姿の人影が十数人現れる。
「仏門の力、まだお知りになりたいか?」
続ける右藤の声が、戦いの合図となった。
ぶつかり合う金剛と呼ばれた巨人と大鬼。
幽鬼な兵たちを束ね、鎧武者たちが門へ向かって
一斉に襲い掛かろうとする。
向かってくる幽鬼たちを見据え、
門の前に並ぶ寺の僧侶たちが、念仏を唱え始める。
辺りに奇妙な重圧がのしかかり、幽玄なる軍団の動きが鈍る。
顕現した金剛と呼ばれる巨人のもう一体を、
相手にしていた異形の巨人は強烈な一撃を喰らい、
通りの反対側へと吹き飛ばされた。
大天狗が、念仏を唱える僧侶たちを何かの術で攻撃しようとする。
だが、その攻撃は、忽然と現れた武装した僧侶たちによって、
阻まれた。
少し姿が透けた武装する僧侶。
手に薙刀を持ち、その恰好から昔いた僧兵のようだ。
幽鬼とは違い、澄んだ金色の光に包まれる僧兵たち。
その数、5、60人。
現れた僧兵たちは、幽鬼の兵たちを切り伏せ、
鎧武者たちと大立ち回りを演じている。
もはや、数の有利は覆されつつある。
そのとき、軍団を率いる女性が、優雅にほほ笑む。
「ふふふっ、そのような人の造りし理など、
そう何回も通じるとは思わぬことじゃ、右藤どの。」
その声が合図だったのか、
寺の前の通りに、異様な気配が現れた。
オオオオオオオ_________
その気配は、寺の入口である正門に向かって、
強烈な圧力を発しながら、突撃した。
ゴオォォ___ンンン___
物凄い音が響き、門は砕け散った。




