第1話 降ってわいた借金と総理の椅子
驚愕のあまり虫の息になった私に、
再び、スーツ姿の女性、天明かぐらは声をかけてくる。
「何か行き違いがあったようですが、
総理の役目を降りるのであれば
今回の取引でお支払いした契約金と
今月分のお給料の返還を求めることになります。」
はあぁぁぁ、金など貰っとらんし、
そもそも私は今無職なのだが。
「俺は知らん!
そんな戯言、誰も認めんぞ。
大体、国会議員ですらない俺が、なんで総理なんだ!
詐欺だなっ 詐欺だろ!」
喚く私に困ったような顔を向けてくる天明さん。
「そうですね、確かに今は分かりにくいかもしれません。
ただ、これは当社のスポンサーからの依頼でもあるのです。
貴方を本物の総理大臣に据えることは、わたし達でも不可能です。
ここで言う総理とは、今いる本物の政治家の方に代わり、
極々一般の方を国のトップに据えた場合を想定しております。」
「これは当社による社会実験の一環です。
今現在、日本社会は多くの困難を抱えております。
これに対し本物の政治家の方たちも憂慮されていることでしょう。
ただ、もしここに、社会でのしがらみのない、
一般の方をトップに据えた場合、状況が変わるのか?
今の政治体制では、本当のところ色々なしがらみにより、
実行できていない部分もあると思われます。」
「そこでこの実験です。
わたし達は、そのしがらみを取り払った場合、
人はそれらの困難に対しどんな対応をするのかを見たいのです。
わたし達が見たいのは発言ではありません。
どのようにそれを解決するのか?
その実際の行動を検証したいのです。」
「ネット上では、今の困難に対し色々な発言が見られます。
そして、その多くは批判であったり社会への要望であったりします。
人々は、自分がそれに対応する立場ならどうするのか?
選挙などのしがらみがない場合、
人はその内なる良心に従い行動するのか?」
「もちろん、これは実験ですので、
社会的責任等は追及されませんし、
倫理上の問題があると判断される場合はこちらで記録するだけに
留めることになります。
ただ、わたし達はその働きについて、一定の評価を加えます。
このプロジェクトには多額の資金が投じられています。
その理由は今の人間に対する総合評価、
つまり高度な文明を持ったと言われる人類の成績表を作成するためです。」
「そして、七福様、貴方はそのサンプルケースに選ばれました。
あなたには既に一生生活に困ることのないであろう金銭をお支払いしております。
今は分からないかもしれませんが、
我が社にとってこれはとても重要な意味のあるプロジェクトなのです。」
と言って、何やらいくつかの書類をこちらに突き出してきた。
ーーーーー契約文書 署名通知 参加者への通達 プロジェクトNo12026
我が社の社会調査プロジェクトにご参加いただき
大変有難うございます。
本プロジェクトは
「人が社会的制限を取り払った場合、どんな行動をするのか?」を
1年という期間を経て、観察するものです。
人は社会を形成する生物ですが、仮にある程度の制約を取り払った場合
(厳密には可能な限り、法の制約を取り払った場合ですが)
人の行動は変化するのか?
人の善性などに変化は生じるのかを私達は見たいのです。
そこで参加者には国家元首の地位に立ってもらい、
人と他の生物に行動の違いが現れるのか?
国家が他生物における縄張りの延長ではないのか?
人が社会的地位の上昇により、
存在そのものの核が揺らぐことはありえるのか?などを
検証したいと思っております。
本プロジェクトには我が社の最新テクノロジーが使われていますので、
正規参加者には守秘義務を設けております。
違反した場合は・・・・・・・・・・・・
(株)ガイア神話連盟 日本支部
当研究プロジェクトに参加いただける場合は
相応の契約金を事前にお支払いいたします。
また1年を通して、
月払いの報酬とプロジェクトの進展による特別報酬をご用意しております。
最後の確認をいたします。
ご同意いただけますか?
ーーーーーーーーーーー
読み進んだ私の前に、
七福源治丸のサインと今時古いハンコが押されている同意書があった。
これがこの女性がいう契約書なのだろうか?
「この同意書に見覚えはありませんか?
あと、正式な契約書もありますが。
わたしが今回訪問した理由は、
この後のプロジェクトに対する最終確認をするためです。」
更に目の前に差し出される正式契約書と思われる数枚の書類。
色々な注意事項なども書かれており、
契約の受領サインが私の名でされている。
こんな書類にサインした覚えはないぞ、、
それにこの契約書のサインは私の筆跡ではない。
うん?
これは会社の決済書類で使っていたハンコじゃないか?
零細だったから、電子決済の導入が遅れていた。
そして、もう一つの個人情報が入った書類には
名義 七福源治丸
〇×#▽銀行 〇〇支店 口座番号〇〇×▽〇◇☆ーーーーー
という報酬受け取り口座が、自分とは違う筆跡で書かれていたーー
なんでこんなものが、
前職の給与受け取り口座じゃないか?
しかし、私の筆跡ではないのは確かだ。
私は怒りに震えながら、持っていた書類を天明と名乗る女性に突き出す。
「これはなんだ、
明らかに偽造だろ!」
「俺はこんなものにサインした覚えもないし、
契約金など受け取ってない!」
すると、「そうですかぁ?」と書類を見直し、何処かに連絡する天明。
しばらくして
「ええと、契約書を持っていった担当者によると、
あなたの会社の社長だと名乗る方が、
自社で積極的に業務として遂行するように
しますとおっしゃっていたようで。
その時点で七福源治丸さんに対し副業を認め、
フリーランス契約の同意を自社で確認するとしています。
その際において自社が我が社と七福さんとの仲介をすること、
あくまで、七福さんの会社業務は一時休業とし、
業務終了時は職場復帰を約束するということでした。
念の為、当社担当が確認しておりますが、
七福さんを会社に在籍させたまま業務を遂行されるのは、
プロジェクトにおけるしがらみになると言う
指摘に対する措置だそうです。、
ただし、本来の会社業務を離れるため、
仲介料の幾ばくかを会社の方で徴収する可能性を示唆されていました。
その代わり、仲介に際して当社から支払われる報酬の税務処理等を、
担当する旨を約束されたそうです。
詳しくはそこの書類に記載されています。
いきなりのフリーランス契約なので、
経理事務等の負担を考慮されたそうです。
また本人の負担を軽くし、
その上で必ず説得すると言うお話だったので
七福さんの契約をお任せしたようです。
我が社のほうには、今提出した契約書等の書類が届いており、
既に参加に対しての一時契約金をお支払いしております。
何か所属されている会社からご連絡がありませんでしたか?」
いや、まさか!
思い当たらないぞ、、
うん?たしか㊙の取引で何か書類を提示されたような?
破談になったはずだが、その後何もないしなぁ
ちょっと待てよ、会社対応の取引でなく私個人への書類だったら・・・
フリーランス??
「ちょっと待て!
職場復帰も何も、うちの会社はもう倒産したんだぞ。
おまけにフリーランス契約だって?」
「一体契約金っていくらなんだ!」
天明さんはちょっと慌てて、再びスマホに目を向け
「事前契約で3億円ですね。
1年間でこれだけの金額を稼げるとはそうそうないですよ!
おすすめですよ」
とニコニコ笑いながら、さも、おめでたいことのように言った。
私はわなわなと震えながら、
「宝くじ1等直撃か!」と叫び、
「俺はこんな話は受けていないぞ!
騙した社長に差し戻す。
契約はなしだ!」
と続ける。
ちょっと困った顔を浮かべる天明さんは、
「ちょっと法務部へ連絡します。」と言って
スマホで連絡を取り始める。
またしばらくの間があく。
その間、私の頭の中で会社の同僚や上司の顔がぐるぐる回る。
スマホでのやり取りを終えた天明さんが再び口を開く。
「今回の件ですが
我が社の見解としては、七福様はフリーランスとして
我が社のプロジェクトに参加したことになっています。
契約的には、
七福様の前職である〇〇社を仲介者としたものであり、
○○社でのやり取りでは この時点で
フリーランスへの雇用形態の変更に本人の同意は取っているとのこと。
書類等も我が社の人事部が確認しています。
仲介契約書のほうもありますが、
こちらのサインに見覚えはありませんか?」
改めて書類を確認すると、なるほど私直筆のサインがある。
しかもこの書類の文言には、
”大金の授受のため、仲介者として1年の契約満了までの間、
一時金を当社預かりとし、契約完了をもって支払い処理を行う旨、
などと書かれている。”
こう書かれていると、私がこの件に同意しているみたいだ。
つまり、1年の間は問題にできないってか!
まさかと思うが、会社での業務中にこの書類を混ぜておいたのか!
しかし、書類はきちんと確認してきたはずだ。
サインだけとって、書類を変更したとか、、、
「また我が社としても、
今回のプロジェクトは失敗できないものであり、
より万全を期して、確実と思われる仲介者を通したそうです。」
「今回のプロジェクト参加には、
なんらかの悪意が関与しているようですが、
当社としては、
個人事業主である七福様に契約の履行をお願いしたいと考えています。」
「法的な対応としましては、
我が社は善意の第三者としての認識であり、
契約の不履行に対しては、
事前にお渡しした契約金と今月の給与手当分の返還を求めます。」
冷静に話す顔は穏やかだが、
目には氷のような冷めた色が浮かぶスーツ姿の天明さん。
「そんな金はない!
くそ、今から社長に直談判だ!」
そして、月日が少し進み、
「いない、いないぞ!
どうなってる、会社が廃業したけど
社長はおろか、あの狸課長、同僚まで誰もいない・・・」
「どうなってるんだ!
会社が存在した痕跡がない、公的記録はあるのに、
全員引っ越している。
行き先は、個人情報の保護が理由で答えてもらえない。
ばかな、、」
心の中に混乱の嵐が荒れ狂い、顔は真っ青な私に
「どうなっているのか、分かりませんが
我が社のプロジェクトに参加いただけるのでしょうか?
そろそろお答えいただかないと
プロジェクトの開始期限が迫っていますので」
相変わらず惚けているのかクールなのか分からない天明さん。
騙された、、
というか、どうなってるんだ!
私の記憶がおかしいのか???
3億だとっ
払えるか!
というか、私のせいじゃないぞ!
連日、焦燥に駆られ動揺の大乱に
見舞われていた私にも、限界が来ていた。
自分のせいではない借金だが、法律では支払い義務があるらしい、、
こいつら、グルじゃないのか!
しかし、契約書は揃っており、
該当日にフリーランスの手続きすら終わっている、、
存在の痕跡がない会社の手続きなんて有効なのか?
ここまでの大金が動いている。
訴訟を起こして、何とか対応できないか??
とはいえ、相手は大会社らしい。
訴えようにもこちらは無職、貯金もない、、
弁護士費用など払えない。
くそ、選択の余地がない。
一時的にでもここは妥協するしかないか、、
いつか、真相を暴いてやる!
「貴社のプロジェクトに参加させていただきます。」
そう苦々しい声で答えた私に
「研究プロジェクト
”人の可能性を探求、あなたを総理にしてみました!”への
ご参加有難うございます。」
「本ご回答をもって、
プロジェクトを開始いたします。
なお、当プロジェクトにおいて、
私がメインでサポートをさせていただきます。
名を天明かぐらと申します。」
「改めて1年間よろしくお願いいたします。」
風雲急を告げる地球の情勢。
そこに新たな光が舞い降りる。
人の可能性を見つける旅路が密かに始まったのであった。
黒い蝙蝠の翼を持つ何か
「色々と工作したようだが、
それでも人間というものは、変わらんよ。」
光を放つ白い翼持つ誰か
「そうでしょうか?
今は暗く感じても、光を忘れない、
そういう特質を、人は持っていると思いますよ。」
” 慌てるな、答え合わせは、始まったばかりである。 ”




