第15話 人、それぞれの日々
早朝、私は、自宅であるアパートを出て、走り出した。
昨日、お隣さんであるクランベリーさんと色々な話をしたのだが、
その席で、酔った彼女に、身体を鍛えることを勧められたのだ。
曰く、
「七福殿、如何に歳を取ったとはいえ、
最低限の運動はしたほうがいいぞ!」
「このご時世、男女の違いを指摘しにくいが、
男子たるもの、女性に体力で負けるなどあってはならん!」
「我が父も、今だ現役、いつもベンチプレス100kgを100回、
スクワッドに水泳など、
毎日2時間くらいの運動を欠かしていない。」
「世は変われど、身体が資本なのは変わらん!といつも言っている」
「七福殿も、日本男児であろう!
どうだ、私と一緒に鍛えてみないか!」
と、語るクランベリーさん。
かなり酔ってるな。
絡む彼女を、しきりに宥め透かし、
酔った彼女を隣の部屋へと送り届けたのは、
深夜0時を回った頃だった。
はあ、これは少し努力してみるべきか?
最近の不可思議な事件との遭遇、
彼女らに、この先も関わるなら、
もう少し身体を鍛えるべきかもしれない。
そんなこんなで、翌日早くにジョギングを始めた私だったが、
2、3km走ったところで足が止まった。
はあ、はあ、はあ、もはや虫の息な私。
すっかり、息が上がっている。
少し休もう、早々に諦めつつある私は、
ちょうど、近くにあった公園のベンチに向かう。
目を閉じて、息を整えようとするも、
もはや、体力の限界。
自宅に帰ろうか、、、
と、早々にトレーニングを諦めた私は顔を上げ、
公園を見渡す。
地方都市としては、それなりに広い公園。
桜が植わっていれば、観光名所になっただろうが、
何をケチったのか、植えてあるのは常緑樹である。
これも、凡庸な地方ならではの先見性の無さか。
うん?
なんか、ちょっと縮尺の合わないのが、歩いて来るな。
犬を連れたサングラスの男性が、こちらへと歩いてきている。
注目すべきは、その大きさ。
犬は、セントバーナードだろうか?
体格の良い大きな犬は凄い勢いで
、リードを持つ飼い主の男性を引っ張っている。
元気だな、これでは飼い主は大変だろうと
男性に目を向けると、
体格のいいゴツイ大男が、目に入った。
うん?何か見覚えがあるぞ、、、
仕切りに、飼い主を引っ張る犬のリードを軽々と持ち、
ゆっくりと歩いている。
目を見開いて、男性を凝視する私。
身長は180を超えていそうだ、
男性にしては、長いと思われる肩まで伸ばした髪
顔は、サングラスで目元が隠れているものの、
堀の深い西洋人顔だ。
服装も黒づくめで、
ある意味、威圧感のある鍛えられた体躯の持ち主。
夜、この大男と暗がりで出くわしたら、
腰を抜かして逃げ出すだろう。
そして、この男性について、思い出したことがある。
この大男は、ちょっと前のコンビニの事件で、
不可思議な現象を起こした張本人だ。
近づいてくる犬と男性に、少し怯んだ私だったが、
「よう、おはようさん。
あんた、この辺で、爺さんを見なかったか?」
前を通り過ぎると思っていた大男が、
こちらに顔を向け、私に質問を投げかけてきた。
低く重い声だが、不思議な威厳を感じさせる。
「おはようございます。」と少し震えた声を出す私だったが、
大男は、
「あんた、この辺の人か?
この公園で、待っていると言ってたんだが、ここは広いのか?」
と再び聞き返してくる。
ふむ、大男に関わるのは遠慮したいが、
このまま答えないのもまずいかもしれない。
「いえ、それほど広くはないです。
待ち合わせですか?
この辺りにいないなら、
ここの反対側にも、ベンチがありますよ。」
と、返した。
そうか、と言って、やたらと張り切る大きな犬を抑えこむ。
「なあ、あんた、ちょっと案内してくれ。
この犬、やたらと色々なところに行きたがるんだ。
もう俺にも、手に負えん。」
軽々とリードを持ちながら、そう言ってくる大男。
確かに、はしゃぎすぎな感じの犬の様子。
右や左に、ひっきりなしにリードを引っ張る。
「少し散歩を請け負ったんだが、ちょっと歩くとこれでな。
子供に飛びかかろうとするし、危ないぜ。」
まったく、なんでこんな元気なんだ、と愚痴を零す大男。
本当に困っているようだ。
「はあ、それじゃ、着いて来て下さい。」
と言って、公園の反対側に歩き出す私。
まあ、少しこの公園は、複雑ではある。
面積はそれほどではないが、広く見せる工夫がされており
反対側は植木により、見通せない。
公園内の通路も、わざと入り組ませることで、
飽きが来ない作りとなっている。
無言で歩く私と大男。
気まずいな、、
と感じるのも束の間、
公園の反対側にあるベンチが見えてくると
初老の男性が、座っているのが見えてくる。
「おおい!爺さん。」
声を張り上げる大男。
ふむ、初老と言ったが、70超えていそうだ。
「この犬、暴れ放題だ。
あんた、これは家族に早く返せ!
とても、あんたの手に負える犬じゃねえ。」
改めて、聞いたところ、
飼い犬の散歩に、振り回されていたお爺さんを見かけ、
放っておけず、この大男、
ふむ、何か悪い人ではない感じだから、この呼び方は失礼か?
この外国人風の男性が、代わりに散歩を引き受けたそうだ。
聞いて見ると、この大きな犬は、孫が飼っているそうで、
2、3日の旅行で、犬の世話を祖父に任せていったそうだ。
お爺さんの体格は、平均的な日本人のもので、
年を重ねて体力も衰えているだろう。
そんな中で、この好奇心旺盛な大きな飼い犬の世話、
私も脇から、「散歩は諦めたほうが、いいですよ!」
と強く主張した。
その後、面倒見がいいのか、
この外国人風の男性は、お爺さんの家まで、犬を連れていくそうだ。
「世話になったな、あんちゃん。
ほれ爺さん、どこに住んでいるんだ?」
じゃあな、とお爺さんに先導されて歩き去る男性。
私は、彼らと別れ、自宅へと戻る。
ジョギング?
もうせんわ!
よく考えたら、今運動しても、食事の量が増えるだけだ。
栄養も摂らずに、
運動しても体力はつかないことに気づいた私なのだった。
そして、その日の昼頃、天明さんが、再び訪ねてきた。
「七福さん、本社に行く前に、わたしの職場を見てみますか?」
”電車で30分くらい、その後は歩きますけど”
”それほど遠くないですよ。”
そんな誘いを受けた私だった。
ーーーーー
はあ、朝は大変だったな!
朝から、ハンバーガーを齧る大男。
そのスマホに、電話が、かかってきた。
「なんだ、朝っぱらから!」
スマホを手に取り、
「おい、なんだ、こんな朝から。」
すると
「先生、
何言ってるんですか!
今日は締め切りですよ。
ちゃんと書き終わってるんでしょうね!」
スマホから、通話相手の怒鳴り声が聞こえてくる。
「くそ、なんで俺が、
そんな作品を書かないとならんのだ!
いい加減にしろ!」
怒鳴り返す大男。
しかし、相手は、一歩も引かずに、更に追撃を掛けてきた!
「桜庭涼香先生!
そのお話は、もう何度もしたはずです。
先生の才能は、このジャンルでトップレベルなんですよ!
いい加減、自覚してください!」
「その呼び方は、辞めろってんだろうが!
俺の名は、サマエル・ハワードだ!
くそ、なんでこんなことに、、、」
アメリカ国籍のサマエル・ハワード氏
数年前に、所用で来日した。
趣味が長じて、素人ながら、
ミステリー小説を書いていた彼。(本人談)
今から2年前、出版社主催のコンテストに、
本格時代ミステリー小説を投稿。
独自の斬新なトリックなどはないものの
人の繊細な心の動きを、的確な表現で描写し、
審査員を魅了した。
曰く、”人の情動を精緻に描いており、
関係性の変化を独自な目線で捉え表現している”
と好評だった。
そして、ミステリー路線から
ヒューマンドラマ系へジャンルを転向した彼は、
その後、短編をいくつか出すことに。
この短編が、若い女性から評価された。
担当編集からの強い要望を受け、
ペンネームを変え、本格デビューに至る。
今、彼は、新進気鋭の恋愛小説家、桜庭涼香として、
女子中高生向けの恋愛小説を書いている。
その界隈では、現役女子高生な美少女作家と噂されているようだ。
なんなんだ!
これは!
今日も、担当編集とマッチョな大男の怒鳴り合いは続く。




