第10話 第2回研修2日目 現地調査その3
山頂へ向かう本来の山道を外れ、天明さんの指摘する謎の建物へ向かう一行。
先頭をクランベリーさんが勤め、その後を私と天明さんが着いて行く。
うーん、この道、どうも正規の山道ではないようだ。
今まで登ってきた山頂に至る道は、それなりに幅があり、3人は無理だが2人くらいなら並んで
歩けていた。
今は、一人通るのがやっとの道、しかも結構歩きづらい。
人通りも余りないのだろう、道は獣道並みにでこぼこしていて足をとられる。
おまけに、デカい岩が、道のそこかしこで顔を出し、いちいちそれを乗り越えないと進めないのだ。
「ふう、こんなところに人が住んでいるだと、
どうやって街へ行くんだ?
車はおろか、歩いていくのも大変だぞ」
険しい道の有様にそんな愚痴が零れる。
だが、同行者の女性二人が、息も乱さず歩いているので、
そうそう弱音を吐くことはできない。
特に先頭を歩くクランベリーさんは、クマなどの野生動物への警戒を続けているようだ。
山の中で、ばったり野生動物と遭遇、クマはもちろんイノシシだってかなりの危険を伴う。
不意打ちへの警戒を続けるのは、かなりの気力を持っていかれるだろう。
そして、私の少し後ろを歩く天明さん。
歩きにくい道のりを軽々とした足取りで歩いている。
私など道の状態を確認しながら、一歩一歩進んでいる状態なので周囲を気にする余裕はない。
ちょっと油断すると転びそうになるのだ。
しかし、天明さんは周囲を広く観察しているようだ。
時々、天明さんがちゃんと着いてきているのか、私も振り返って確かめているのだが
全く心配いらないようだ。
深い山の中に入り込んでいるが、
背の高い木々が、太陽の光を遮っているのが原因か、下草はあまり生えていない。
悪戦苦闘しながら、進む一行、
まあ私だけなのかもしれないが、
ちょっとした浅い川を越えたところで、土塀付きの古民家が見えてきた。
こんな場所を開拓したのだろうか、ちょっとした広さの畑も見える。
近づいていくと、私より確実に年上だろう女性と出会った。
畑仕事の最中だったのだろう、鍬を両手で抱えている。
「うーんにゃ、なんだあ。
こんなぁ山奥に、おきゃくかあ~」
間延びした女性、まあお婆さんだな、これは。
「こんにちはぁ、すみませんー
ここに住んでいる方ですかぁ」
と負けずにおっとりした声で返事する天明さん。
私とクランベリーさんもそれぞれ挨拶する。
それに対し
「おーう、また、いっぱいいるなあ
そうやけえ、おらが、この家のものだあ
なにか、ようけえ」
と返すお婆さん。
うーむ、ここは天明さんに任せよう。
何を聞くべきか?
ちゃんと把握しているのは彼女しかいないしな。
クランベリーさんも愛想よく笑顔を浮かべながらも
会話の主体を天明さんに合わせているようだ。
「おばあさん、お一人で住んでいるんですかぁ」
「そうだあ」
そんな、ありきたりの会話の後、本題を切り出す天明さん。
「わたしたち、この辺りのクマの調査に来ているんですけど
おばあさんは、こんな山の中で大丈夫なんですかぁ」
すると、おばあさんは
「そうだなあ、前は、そんなことはなかったんだけぇど
最近は、夜中に、変な犬っころがでてなあ、
お山が、なんか騒がしぃんだあ」
と返してきた。
「犬っころって、 野犬か?」
会話を聞いていた私は、訛りのあるお婆さんの言葉を反芻しながら、
内容の理解に努める。
天明さんが続けて、お婆さんに質問する。
「その犬っころというのは、
この近くにも出ているんですか。」
「いやあ、ここじゃでてねえがあ
山の上にある、おやしろさまのところによくでてるぞお。
おらも、いっぺんあったぞお
おら、ときどき、おやしろさまに、花をささげにいってたんだどお
そんとき、まれにあってなあ
ありゃあ、こええやつだあ」
続けて
「くまの奴やらも、あれえがでてから
この辺からいなくなったあ
夜になると、すげえ声がするんだあ」
と教えてくれるお婆さん。
どうにも、おかしいな。
私を襲った巨大クマは、かなりのものだった。
群れかもしれんが、
あのクマレベルが野犬程度に縄張りを追い出されることなんてあるのか?
天明さんやクランベリーさんも同じ疑問を抱いたのだろう。
「その、おやしろさまって何処にあるんですか?」
天明さんが再び質問する。
「そうだなあ、この畑の道ぞいを
ずっと奥のほうへ、いくだあ
そぉすれば、じいさんがつくった山道がみえてくるぞお」
「だが、やめえたほうがええ
だいぶ、あぶねえぞお」
そんなお婆さんの答えに
「ええと、お爺さんも居られるのですかぁ?
この道ってみんな、そのお爺さんが?」
と反応する天明さん。
「そぉだあ、ここは、おらのじいさま、
ああぁ、おらの旦那のことだあ。
この家とかぁは元々、旦那がたてたんだあ」
「もう、おてんとさまに、けえってしまったけどなあ」
懐かしそうに屈託なく笑うお婆さん。
思いがけなく、しんみりとしたエピソードを聞いてしまった。
その後も、色々付近のことを尋ねた天明さんは、
私達に社のある山頂へ行ったあと、下山することにする旨、伝えてくる。
まあ、クマは、最近この辺りには出ないそうだ。
特に山頂付近は今、話に合った野犬の縄張りらしい、
教えられた畑の脇にある道を辿る。
ここまで来て、引き返すわけがない。
腑に落ちないことは多いが、あの巨大なクマよりは犬のほうがまだマシだ。
思わず、脳裏にあの強烈なクマの姿が浮かぶ。
野犬程度に、本当に追い出されるのか?
あのクマが、、
しばらく進むと、やはり急な坂道があった。
しかし、今回はちゃんとした階段状になっていた。
なるほど、あのお婆さんでも、ちゃんと登っていけそうだ。
”俺には、まだキツイがな!”
階段を上ると、ちゃんとした山道に至った。
山頂行きの本道に合流したようだ。
進む一行だったが、なぜか周りが暗くなってきた。
おかしい、まだ正午を少し過ぎたころだ
山頂の社で、昼食を摂る予定だったのだから。
山頂付近だが、両脇は急勾配ではない。
相変わらず、木々が生い茂っているが、辺りを見通せないわけではない。
私は、何かピリピリした切迫感を、さっきから感じている。
同行する二人も、何かを警戒しているようだ。
不意に、クランベリーさんが囁く。
「まずいぞ、囲まれている。」
私と天明さんにだけ、聞こえるようにしているのだろう。
一行は後ろを見ずに、早足で社を目指す。
ヒリヒリする緊張感が、辺りを包み込んでいて、
思わず、駆け出しそうになる足を堪えながら先へと急ぐ。
走れば、襲われる。
なるべく気取られず、建物に入らなければ。
社までもう少し、
木々が開けた。
しかし、さっきより闇が深い!
何が起こっているんだ!
今日、2度目の死の匂いに、頭が混乱する私。
同行する2人の女性は、冷静に私の前と後ろに付いている。
社が見えた!
ーーーーー
石造りらしいが、小ぢんまりとした神社風の社、
しかし、その前には、動物園の狼より一回り大きな黒い獣が、立ちはだかっていた。
”エマージェンシーコール”
”外的領域からの訪問者を認識”
”訪問者の所属を確認”
”所属:アンノウン”
”個体識別に成功”
”当該個体の名称「ヘルハウンド」”
”個体からの敵意を認識”
”エネミーと判定”
前に立ちはだかる地獄の猟犬に、後ずさりする私、
しかし、後ろからも野犬の群れが現れ、私達一行を包囲しようとする。
”個体「ヘルハウンド」の眷属を確認”
”現状の総合的脅威度を判定”
”計測終了”
”脅威度F”
さっきから、例のヘッドバンドのものであろう音声が、頭の中に流れ続けているが
脅威度Fって、どっちから数えた場合なんだ???
重々しい咆哮をあげるヘルハウンド。
廻りを囲み、逃がさないよう私たちの退路を断つように動く野犬たち。
グオォォォォォ_______
あの巨大クマすら霞む迫力で、その獣は迫ってきた!!!




