第9話 第2回研修2日目 現地調査その2
クマの襲撃を前に、私を庇ったクランベリーさん。
淡い光に包まれた彼女は、3メートル近い巨大なクマの両腕を、クロスに組んだ両手で受け止めていた。
巨大なクマは、クランベリーさんに覆い被さるように体重を掛ける。
僅かに、彼女の体勢が地面側に沈み込む。
ぐおおおぉぉぉぉぉ_____
間髪入れず、巨大クマが大きく吠え、獲物を食い千切るべく大きな口を開く。
彼女の頭部を狙っての襲撃だ。
襲い来るクマ、彼女の光輝く金髪が、迫る大きな牙を照らし出す。
刹那の時、クランベリーさんは、華奢な身体のどこにそんな力が眠っていたのか、
クロスした両手で、圧し掛かるクマの両腕を弾き飛ばす!
その勢いでクマの大きな口は少し遠ざかる、
しかし、クマにとって、その抵抗は何の痛痒もなく、そのまま彼女に嚙りつこうとする。
「グガッゴン__」
肉を叩き、骨を砕くような鈍い音が、辺りに響く。
クマの両腕を振り払ったクランベリーさんは、そのまま飛び上がり、
接近するクマの顎に、痛烈な膝蹴りを見舞っていた。
その後、軽やかに着地した彼女は、
さらに、最小限の動きで、拳を握り、腕を引き絞る。
同時に繊細な足さばきで、クマとの距離をすっと静かに詰める。
一連の動きは洗練されていて、無駄がない。
「ハッッッ!!」 鋭く気迫のこもった声が、辺りに響き、
彼女は、体勢がグラついたクマの鼻先に、拳を打ち付ける!
ズンっ!!!
工事現場以外では、聞くことがないだろう重い打撃音。
拳を受けた巨大なクマは、上体をふら付かせながらも、立ち上がろうとして、
ーーーー前のめりに倒れ伏した。
「ふう、」
息を整える彼女。
不思議な光は既に消えている。
彼女は、後ろで呆然とする私のところへ向かってくる。
驚愕の光景を前にし、彼女への根源的恐怖を感じた私だったが、
「七福殿、 無事か!
怪我はないか!」
と、勢いよく問いかける彼女を見て、我に返った。
「いや、クランベリーさんのほうこそ、大丈夫なんですか!
こんな大きなクマに
私を庇って、腕とか殴られましたよね!」
今頃、狼狽えて彼女の心配をし始める私。
正直、今起こったことに着いて行けていない自分を自覚している。
何が起こったのか?
はっきり言えば、クマへの恐怖とそれを打ち破るクランベリーさんへの畏怖が
私の心を委縮させる。
しかし、そんな感情に対して
馬鹿らしい、、、と思った。
そう、心にそんな言葉が、浮かんだのだ。
どんなに力を持っていても、
それが、本当に何気ないことだったとしても、困っている人に手を差し出さないやつはいる。
少なくとも、誰かを助けるためにクマの前に飛び出すようなお人好しに、恐怖を感じるなど
余りに滑稽である。
不思議な力だった。
しかし、それだけだ。
これまでの天明さんを含め、彼女たちとは短い付き合いしかない。
所属している企業も謎だ。
だが、取引相手としてのヤバさは感じるが、
殊更な悪意は感じない。
そして ” 命の恩人に、常識外れだからビビるなど、カッコ悪い ” と感じた。
不意に、心が軽くなった、
そうしたら、素直に彼女を心配する感情が最優先に浮かんだ。
クランベリーさんは無事なのだろうか?
クマに目を向けると、やはりデカい。
爪とかで切り裂かれていたり、打撲による骨折とか普通にあり得る。
調査は中止して、早く病院に行かねば。
「いや、特に私の心配はいらないぞ。
ふう、七福殿も無事のようだな。
クマの出没する山中で、貴殿を一人にしたのは軽率だった。
正式に謝罪する。」
私の狼狽えぶりとは、違って冷静に答えてくる彼女。
クマ相手に、身を張って私を庇ってくれたのに、
謝罪までしてくる。
普通、護衛ってここまでするのだろうか?
確かに国の重要人物の警護に当たるSPが、
犯人の銃弾に対して身を盾にする場面は、よく映画のワンシーンとしてはある。
しかし、私はただの一般人だし、そもそもクランベリーさんは警備部門の主任だったはず。
一般的な会社の警備員がここまでするわけがない。
腕など振り上げて、無事をアピールする彼女を見て安堵するも
何か忘れているような??
うん?もう一人の同行者のことを思い出す私。
「あっ、そう言えば天明さんは?
どこにいるんですか。
ここは、かなり危険なのでは?」
と、聞くと
「ああっ、そう言えば
この先に、妙な分かれ道があるんだ。
何か、尾根の少し下に向かう道のようでな。
それで、七福殿を呼びに来たのだ。
監査官殿は、そこで今状況を整理している。」
と返してくる彼女。
こんなことがあっても、現地調査は止めないようだ。
クマの方は、倒れていて何とも言い難いが、
「凄い音してたからな」
と思い返す私。
とりあえず、現場はそのままにして、天明さんとの合流を目指す。
少し山道を登った先に、奇妙な別れ道があった。
その前に佇む女性は、思案に耽っているようだ。
「監査官殿、申し訳ない。
護衛の身で、七福殿を危険に晒してしまった。
七福殿にも謝罪したが、
後で、警備部門からも、謝罪と始末書を出させていただく。」
天明さんに、神妙に声を掛けるクランベリーさん。
「いや、大丈夫です。
クランベリーさんが、来てくれて本当に助かりました。
危険な場所なのに、ぼぅとしていた私が悪い」
彼女に失態はないと弁明する私。
実際、緊張感がなかったのは私の方だ。
危険地域なのは知っていたが、その意味を実感として持っていなかった。
私達の状況説明に、
「うわぁ、危なかったですねぇ。」
と驚愕しながらも天明さんが話を続ける。
「うーん、弱ったなぁ、確かに一般人の七福さんを連れて
安易に要警戒地域に来たのは、危機意識が欠如していました。
アテナさんに責任はありませんし、七福さんに怪我が無くて良かったです。
どちらかと言えば、こんな計画を考えたわたしの責任です。」
「今回の研修プランの責任者はわたしですので、あとで上司に報告して判断を仰ぎます。」
始末書じゃすまないよねぇ、と呟く天明さんだったが、
皆、無事だったことに、ほっとしているようだった。
「ただ、この先に何かあるようなので、
今回、そこだけは確認しておきたいのです。
もう少しだけ、この研修を続けることに同意いただけますか?」
普段の抜けた天明さんにしては、真面目な顔をして調査の続行を求めてきた。
「はあ、あんなことがないなら、
あと少しだけ協力しますが、クランベリーさん本当に危なかったんですよ。
できれば早く済ませて、病院に行ってもらいたいのですが。」
と私は言いながら、何に引っかかっているのか?
天明さんに尋ねる。
普段の彼女なら、こんな判断はしないはずだ。
このプロジェクトの遂行に、固い決意が見え隠れする白天明さんならともかく、
リクルートスーツな普段の彼女は、こう見えてこのメンバー1の心配性なのである。
明るいムードメーカーだからこそ、メンバーへの気遣いを忘れない。
危険なら一時的にでも、退去を一番に提案しそうであるのだが。
「珍しく強引ですね。
そんなに気になることがあるんですか?」
と状況の説明を求める。
「ううん、と、この先に何か建物があるんですよ。」
ほらっ、と、スマホの地図アプリを起動させた画面を見せてくる。
うーむ、なんでこの山奥で地図アプリが起動するのか?
あと、建物表示になんか人の名が書いてある、、
おかしいな、ここ、公共施設なんだろうか?
しかし、何が気になるんだ?
山の中だが、昔の建物くらいあるだろう。
落ち武者のように、隠れ住んでいた人も遠い昔にはいたはずだし
なにか祭られているのかもしれないし。
「いえ、人が住んでいるらしくて、
おかしくないですか?
このクマ被害の中、七福さんも普通に襲われていますし。」
”なにか、対策になることを知っているかも”
公共施設じゃないようだ。
うむ、やはり個人情報があの地図アプリに、、、
そう言う彼女に、それならと分かれ道を山頂方向とは逆の尾根を下りていく方に進む一行。
何かを覗う様に道中静かに観察する天明さんと周囲を警戒するクランベリーさん。
私は雰囲気の変わった二人に囲まれ、黙々と歩く。
今日は、昨日とは別の意味で大変だなあ と、
この時点では、もう荒事は終わったと思い込んでいる私がいた。




