選ばれる側じゃない
昼のあのあと、
何かが大きく変わったわけじゃなかった。
むしろ——
何も変わらなかった。
それが一番、引っかかった。
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通知は増えてた。
フォロワーも増えてた。
昼の動画。
切り抜き。
コメント。
全部、勝手に進んでいく。
でも自分の生活は、
昨日と同じだった。
ベッド。
スマホ。
白いTシャツ。
それだけ。
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夜。
スマホが鳴る。
ハル。
「帰った」
短い。
いつも通り。
「帰った」
送る。
すぐ既読。
「そっか」
それだけ。
会話は終わる。
でも、
切れない。
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(昼のこと)
頭のどこかに残ってる。
カフェ。
視線。
スマホ。
撮られてた気配。
でもハルは、
何も言わなかった。
自分も、
止めなかった。
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普通じゃないのに、
普通みたいに終わった。
それが変だった。
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しばらくして、
また通知。
ハル。
「さっきのやつ」
「見た」
(昼のこと)
分かる。
「うん」
送る。
少し間。
「どうでもよくね」
軽い。
いつも通りの言い方。
でも——
その軽さが少し違う。
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“気にしてない”んじゃなくて
“最初から対象にしてない”感じ。
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紗月は画面を見る。
(そういう人だっけ)
少しだけ思う。
でも答えは出ない。
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「まぁね」
それだけ返す。
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また沈黙。
でも今日は、
前みたいに怖くない沈黙だった。
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(変わってないのに)
そう思う。
(いや)
違う。
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変わってないのは自分だけじゃない。
ハルも、
多分変わってない。
でも——
“見え方”だけが変わった。
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あの日、
一緒にカフェに座って。
同じもの食べて。
同じ空気にいて。
でも外は騒いでて。
撮られてて。
意味が勝手に生まれてて。
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それでもハルは、
いつも通りだった。
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(この人)
思う。
(ずっとこうなんだ)
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何が起きても、
中心みたいな場所にいて、
でもそれを“特別”として扱ってない。
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スマホが鳴る。
ハル。
「また昼みたいなのはやめるか」
短い。
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少し止まる。
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やめる。
それは簡単。
でも——
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「別にいいけど」
送る。
一拍。
続ける。
「もう起きたし」
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既読。
少し間。
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「だな」
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それだけ。
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画面を閉じる。
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ベッドに倒れる。
天井。
静か。
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(変なの)
小さく思う。
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バズって。
見られて。
騒がれて。
意味が増えて。
普通じゃなくなって。
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なのに、
生活は続く。
この人と。
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“選ばれた”とかじゃない。
“近づいた”とかでもない。
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ただ——
そこにいるだけ。
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でもそれが一番、
説明できなかった。
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白いTシャツを見る。
あの日のやつ。
まだある。
まだ着る。
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(これでいいのかも)
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そう思うのに、
どこかで分かってる。
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これはまだ、
途中だ。
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“選ばれる側じゃない”
それはもう過ぎた。
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次はたぶん、
それ以外の話になる。




