表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
名前のない関係  作者:
10/27

言いかけた言葉

あの日から、


ずっと同じ場所にいるのに、


どこか落ち着かなかった。



夜。


「今」


ハル。


短い通知。


いつも通り。


でも、


少しだけ指が止まる。


(まただ)


何が、とは言えない。


でも分かる。


この“いつも通り”が、


少しだけ違う。



「いる」


送る。


すぐ既読。


「行く」


それだけ。



外。


夜の空気。


慣れた道。


でも今日は、


足取りが少しだけ重い。


理由は分かってる。


分かってるから、


余計に意識しないふりをする。



いつもの場所。


ハルがいる。


目が合う。


「おう」


「うん」


それだけ。



隣に立つ。


距離は同じ。


何も変わってないはずなのに、


呼吸のタイミングだけが合わない。



「飯いく?」


ハル。


「ん、どこでも」


紗月。


いつもの会話。


いつもの流れ。



なのに、


どこかが引っかかる。


言葉の間。


視線の置き場。


沈黙の長さ。


全部が少しずつズレてる。



カフェ。


適当な店。


座る。


向かい。


近い。


でも遠い。



「なぁ」


ハル。


紗月は顔を上げる。


「なに」


一拍。


ハルはコップを見たまま、


少しだけ黙る。



「この前さ」


止まる。


(来る)


分かる。


何が来るか。



「……いや」


そこで一回切る。



紗月は息を止める。


(今のは)



ハルは笑う。


でも軽くない。


いつもの軽さじゃない。



「やっぱいいわ」


そう言って、


水を飲む。



(逃げた)


そう思ったのに、


胸の奥が少しだけ苦しい。



会話は続く。


でも戻らない。


いつもの“どうでもいい会話”に。



帰り道。


風が少し冷たい。


並んで歩く。



「さっきの」


紗月。


ハルは一瞬だけ見る。


「ん」



言葉を探す。


でも、


うまく形にならない。



「なんでもない」


結局そう言う。



ハルは少しだけ息を吐く。


「そ」



その一言で終わるはずだった。



でも終わらなかった。



駅。


人が増える。


いつもの別れの場所。



立ち止まる。


いつもなら、


ここで「じゃ」で終わる。



でも今日は違う。



ハルが先に言いかける。


「なぁ」



止まる。



「俺さ」



その先が来る前に、


空気が変わる。



紗月は分かる。


(これ、やばい)



言ってはいけない何かが、


もう口の中まで来てる。



でも止められない。



ハルも止まらない。


一瞬だけ目が合う。



「いや」


また止める。


でも今度は、


さっきみたいに軽くない。



逃げてない。


ただ、


踏み込むのを怖がってるだけ。



沈黙。


長い。


でも誰も動かない。



人が横を通る。


音だけが流れる。



その中で、


二人だけ止まってる。



紗月が先に口を開く。


「なに」



ハルは少し笑う。


でも、目は笑ってない。



「……いや、別に」



その瞬間。


はっきり分かる。



(今、言おうとした)



同時に、


紗月も気づく。



(私も、聞きたかった)



でも、


どっちも言えない。



言ったら、


終わる気がするから。



駅の音が遠くなる。



「じゃ」


ハル。


短い。


いつものやつ。



「うん」


紗月。



でも、


動けないまま一瞬だけ残る。



目が合う。



言いかけて、


やめる。



それだけで全部が崩れそうだった。



離れる。


歩き出す。



背中が遠くなるのに、


なぜかまだそこにいる気がする。



家。


ドアを閉める。



静か。



スマホを見る。



ハル。


「帰った?」



「帰った」



既読。


少しして。



「そっか」



それだけ。



紗月はスマホを見たまま動かない。



(さっき)



あの一瞬。



言いかけた言葉。



聞きたかった言葉。



どっちも同じだった気がする。



でも形にしたら、


戻れない。



だから止めた。



止めたのに。



胸の奥だけが、


ずっと動いている。



ベッドに倒れる。


天井を見る。



静か。


でも落ち着かない。



(このままでいい)



そう思うのに、


もう一つの声がある。



(このままじゃ、終われない)



スマホが鳴る。



「またな」


ハル。



短い。



紗月は少しだけ迷ってから、


返す。



「うん」



既読。



「だな」



画面を閉じる。



静か。



でももう、


前みたいな静けさじゃない。



言わなかった言葉が、


ずっとそこに残っている。



そしてそれはもう、


消えない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ