雲の上だった人
きっかけは、
テレビだった。
なんとなく、
つけたままにしてた。
流れてる音。
画面は見てない。
でも——
名前で、反応する。
「——ハル」
手が止まる。
顔を上げる。
画面。
ステージ。
光。
人。
音。
全部が大きい。
(……別物)
知ってるはずなのに、
知らないみたいだった。
歓声。
波みたいに押し寄せる。
名前が、
何度も呼ばれる。
「HARU!!」
空気が揺れる。
いや、
揺れてるんじゃない。
動かされてる。
中心が、
そこにある。
人が集まってるんじゃない。
集められてる。
(これが、あの人)
スマホ。
開く。
トーク画面。
「今テレビ」
送る。
既読。
すぐ。
「出てる」
軽い。
いつも通り。
でも、
全然違う。
画面を見る。
同じ人。
でも、
届かない。
さっきまでの距離じゃない。
並んで歩いた距離じゃない。
圧がある。
触れられない距離。
「すごいね」
送る。
少し間。
「普通」
返ってくる。
(普通って何)
思わず笑う。
画面の中。
光。
歓声。
全部、
現実離れしてる。
なのに、
スマホの中は軽い。
ズレてる。
でも——
そのズレが、
妙にリアル。
ライブが進む。
曲。
ダンス。
視線。
全部が揃ってる。
無駄がない。
迷いもない。
ただ、
引っ張られる。
見てるだけなのに、
息が合う。
最初に見た動画と、
同じ感覚。
でも、
規模が違う。
圧が違う。
「……やば」
小さく呟く。
自分でも、
分かる。
これは、
同じ場所に立ってる人じゃない。
同じ目線で話していい人じゃない。
“たまたま繋がってるだけ”の存在。
ライブが終わる。
拍手。
歓声。
余韻。
画面が切り替わる。
静かになる。
部屋。
現実。
さっきまでの音が、
嘘みたいに消える。
スマホ。
通知。
ハル。
「終わった」
軽い。
そのまま。
「おつかれ」
送る。
少しして、
「腹減った」
(それか)
思わず笑う。
でも、
さっき見たものが、
頭から離れない。
あの光。
あの中心。
あの距離。
スマホを見る。
画面の中の文字。
近い。
すぐ届く。
でも——
本人は遠い。
どうしても、
重なる。
画面の中のハルと、
この軽いやり取りが。
「今どこ」
送る。
既読。
少しして、
「海外」
短い。
それだけ。
(そりゃそうか)
少しだけ、
現実に戻る。
遠い。
距離じゃなくて、
位置が違う。
いる場所が違う。
スマホを置く。
テレビを見る。
もう、
別の番組になってる。
何も残ってない。
でも、
頭の中には残ってる。
はっきりと。
(雲の上だな)
小さく思う。
前から分かってたはずなのに、
ちゃんと理解してなかった。
あの人は、
簡単に会える人じゃない。
隣に立っていい人じゃない。
たまたま、
今だけ。
繋がってるだけ。
それだけの関係。
ベッドに倒れる。
天井を見る。
静か。
少しだけ、
遠い。
少しだけ、
寂しい。
でも——
それを認めたくない自分もいる。
(まぁいいか)
小さく思う。
今はまだ、
繋がってる。
それでいい。
それ以上を考えると、
少し怖い。
スマホが鳴る。
「寝る」
ハル。
短い。
それだけ。
「おやすみ」
送る。
既読。
すぐ。
「おう」
それで終わる。
画面を閉じる。
静か。
でも、
前と同じじゃない。
はっきり分かったから。
この距離は、
埋まらない。
近づいてる気がしても、
本当は、
全然違う場所にいる。
それでも——
切る理由にはならない。
まだ、
届いてるから。
少しだけ目を閉じる。
思い出す。
光。
歓声。
中心。
そして——
「腹減った」
そのズレ。
少しだけ笑う。
(やっぱり、変な人)
でも、
それがいい。
雲の上にいるのに、手は届く距離にある人だった。




