止められない側
朝。
起きた瞬間に分かる。
昨日とは違う。
静かじゃない。
⸻
スマホ。
振動じゃない。
鳴ってる。
ずっと。
⸻
画面を開く。
⸻
通知の数が、もう意味を持ってない。
⸻
DM。
コメント。
メンション。
全部同じ方向。
⸻
「やばい」
「また出てる」
「炎上してる」
「ハルの女って誰だよ」
「調子乗ってるだろ」
⸻
(あー)
⸻
頭が少しだけ冷える。
⸻
来たか。
⸻
スクロール。
⸻
記事。
動画。
まとめ。
⸻
“世界的アーティスト・ハル、謎の女性と継続的接触か”
⸻
“同一人物か?”
⸻
(いや同一人物って何)
⸻
勝手に形が作られていく。
⸻
知らない自分が、知らない場所で増えてる。
⸻
通知。
また。
⸻
ハル。
⸻
「見んな」
⸻
短い。
⸻
(遅い)
⸻
もう見てる。
⸻
「見た」
⸻
既読。
すぐ。
⸻
「外出んな」
⸻
またそれ。
⸻
今度は少しだけ強い。
⸻
命令に近い。
⸻
でも紗月は、すぐには従わない。
⸻
「なんで」
⸻
既読。
⸻
少し間。
⸻
「面倒になる」
⸻
(面倒)
⸻
それだけ。
⸻
理由じゃない。
⸻
ただの結果。
⸻
スマホを置く。
⸻
ベッドに座る。
⸻
窓の外。
⸻
普通の朝。
⸻
なのに、外の世界だけ違う。
⸻
自分だけ、少し浮いてる感じ。
⸻
(私、何したんだっけ)
⸻
ただ歩いて。
ただ会って。
ただ隣にいた。
⸻
それだけ。
⸻
なのに。
⸻
世界のほうが勝手に意味をつけてくる。
⸻
昼。
⸻
出る。
⸻
理由はない。
⸻
でも止まらない。
⸻
駅。
⸻
人がいる。
⸻
視線がある。
⸻
昨日より明確。
⸻
「……あの人じゃない?」
「ハルの」
⸻
全部聞こえるわけじゃない。
⸻
でも分かる。
⸻
空気がそう言ってる。
⸻
(あー、もういいや)
⸻
逆に落ち着く。
⸻
カフェに入る。
⸻
ドアが閉まる。
⸻
少しだけ静か。
⸻
でも完全じゃない。
⸻
中でも見られてる。
⸻
座る。
⸻
スマホ。
⸻
また鳴る。
⸻
ハル。
⸻
「どこ」
⸻
「外」
⸻
「だから出んなって」
⸻
少しだけイラついてる。
⸻
珍しい。
⸻
紗月は少しだけ笑う。
⸻
「もう遅くない?」
⸻
既読。
⸻
少し長い。
⸻
「今から行く」
⸻
(は?)
⸻
即座に返そうとして止まる。
⸻
来る。
この流れ。
⸻
いつもより早い。
⸻
理由がある。
⸻
数分後。
⸻
店の空気が変わる。
⸻
扉。
⸻
開く。
⸻
一瞬で分かる。
⸻
ハル。
⸻
いつも通り。
帽子。
マスク。
⸻
でも今日は違う。
⸻
“見られてる前提”の歩き方。
⸻
真っすぐ来る。
⸻
ざわつく。
⸻
「え」
「本物じゃん」
⸻
視線が一気に集中する。
⸻
ハルは止まらない。
⸻
紗月の前に立つ。
⸻
「出るなって言ったろ」
⸻
低い声。
⸻
でも怒ってるというより、抑えてる。
⸻
紗月は少しだけ肩をすくめる。
⸻
「出たけど」
⸻
ハルは一瞬だけ黙る。
⸻
そして、短く息を吐く。
⸻
「……そういうとこな」
⸻
それだけ。
⸻
でもその一言に、少しだけ重さがある。
⸻
店の外。
⸻
人が増えてる。
⸻
スマホ。
⸻
完全に撮られてる。
⸻
ハルが視線を動かす。
⸻
一瞬。
⸻
空気が変わる。
⸻
(やば)
⸻
さっきまでとは違う“圧”。
⸻
人が一歩引く。
⸻
誰も近づかない。
⸻
でも逃げもしない。
⸻
ただ、見てる。
⸻
紗月はそれを見て思う。
⸻
(これが“中心”か)
⸻
隣にいるだけで、
世界の流れが変わる。
⸻
「帰るぞ」
ハル。
⸻
紗月は少しだけ笑う。
⸻
「うん」
⸻
外。
⸻
歩く。
⸻
さっきより静か。
⸻
いや、静かじゃない。
⸻
“押さえ込まれてる”。
⸻
人が避ける。
⸻
でも、見てる。
⸻
完全には消えない視線。
⸻
「なぁ」
紗月。
⸻
「なに」
⸻
「これ、毎回?」
⸻
ハルは少しだけ横を見る。
⸻
「最近はな」
⸻
それだけ。
⸻
(最近)
⸻
つまり、昔は違った。
⸻
少しだけ、その意味が残る。
⸻
駅。
⸻
別れ際。
⸻
少し止まる。
⸻
いつもより長い。
⸻
ハルが何か言いかける。
⸻
でもやめる。
⸻
紗月も気づく。
⸻
(まただ)
⸻
言わないやつ。
⸻
でも今日は、少しだけ違う。
⸻
ハルが先に言う。
⸻
「巻き込んでるな」
⸻
紗月は一瞬だけ考える。
⸻
でもすぐに答える。
⸻
「別に」
⸻
少し間。
⸻
「もう巻き込まれてるし」
⸻
ハルが見る。
⸻
ほんの一瞬。
⸻
そして小さく笑う。
⸻
「……だな」
⸻
それだけ。
⸻
離れる。
⸻
でも今日は、背中が遠くならない。
⸻
家。
⸻
ドアを閉める。
⸻
静か。
⸻
スマホ。
⸻
まだ鳴ってる。
⸻
でももう怖くない。
⸻
むしろ少しだけ、慣れてきてる。
⸻
ベッドに座る。
⸻
白いTシャツを見る。
⸻
もうただの服じゃない。
⸻
“意味のあるもの”。
⸻
スマホが鳴る。
⸻
ハル。
⸻
「悪かった」
⸻
紗月は少しだけ止まる。
⸻
そして打つ。
⸻
「別に」
⸻
少しして。
⸻
「巻き込まれてるのは最初から」
⸻
既読。
⸻
長い間。
⸻
それから。
⸻
「……そうか」
⸻
それだけ。
⸻
画面を閉じる。
⸻
静か。
⸻
でも今日は違う。
⸻
関係が“見つかった日”。
⸻
隠せなくなった日。
⸻
それでも、
終わらなかった日。




