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名前のない関係  作者:
20/28

言わなかった方の理由

夜。


いつもより少しだけ遅い時間。


スマホが鳴る。


ハル。



「今から出れるか」



短い。


でも、前とは少し違う。


命令でもないし、軽さもない。


ただの確認。



紗月は画面を見る。



(またか)



でも、すぐに「無理」とは打たなかった。



少しだけ迷う。



ハルの“別にいいのか”が、頭のどこかに残っている。



「どこ」


送る。



既読。


すぐ。



場所が送られてくる。



見たことのない駅。


少しだけ遠い。



(遠いな)



でも、行けない距離じゃない。



「行く」


送る。



既読。



「おう」



それだけ。



外。


夜。



電車。



窓の外は暗い。



いつもと同じ景色なのに、少しだけ違う。



(なんで呼ばれたんだろ)



理由は聞かない。


もう慣れてる。



ハルの「別に」は、だいたい“別にじゃない”。



駅。



降りる。



空気が少し違う。



静か。


というより、薄い。



人が少ない。



その中で、すぐ分かる。



ハル。



いつも通りの帽子。


マスク。



でも今日は、少しだけ立ち方が違う。



「おう」



「うん」



隣に立つ。



歩き出す。



言葉はない。



でも今日は、いつもより沈黙が長い。



カフェでもない。



店でもない。



ただ歩く。



住宅街。



明かりが少ない道。



「ここ」


ハルが止まる。



小さな公園。



誰もいない。



ベンチ。



座る。



紗月は少しだけ周りを見る。



(珍しい)



ハルが、こういう場所を選ぶの。



「なんでここ」



ハルはすぐには答えない。



少しだけ、間。



「たまに来る」



それだけ。



いつも通りの軽さ。



でも今日は、そのあとが続かない。



沈黙。



風の音。



遠くの車。



それだけ。



紗月は横を見る。



ハルは前を見ている。



でも、どこも見ていない感じがした。



「さっきの」


紗月。



ハルが少しだけ反応する。



「どれ」



「なんで呼んだの」



一瞬止まる。



ハルは、少しだけ笑う。



でもその笑いは軽くない。



「別に」



またそれ。



でも今日は、紗月は引かない。



「別にじゃない時の顔してる」



少し沈黙。



ハルは空を見る。



それから、ぽつり。



「昔さ」



紗月は動かない。



「うん」



「ここ、よく来てた」



風。



少し強くなる。



「一人で?」



「最初はな」



少し間。



「途中から、来なくなった」



「なんで」



ハルは少しだけ笑う。



でも、今度はちゃんと笑えてない。



「必要なくなったから」



紗月は少しだけ息を止める。



(必要ない)



その言葉が、少しだけ重い。



「今は?」



聞いてしまう。



ハルはすぐには答えない。



長い沈黙。



それから、少しだけ視線を落とす。



「今は……」



そこで止まる。



言いかけて、やめる。



いつもの癖。



でも今日は違う。



やめた“理由”が残っている。



「やっぱいい」



軽く戻す。



でも紗月は分かる。



(今のは、軽くない)



帰り道。



歩く。



駅までの道。



さっきより静か。



「なぁ」


ハル。



「なに」



「今日のは忘れろ」



即答。



でも、その即答は守りみたいだった。



紗月は少しだけ笑う。



「忘れないけど」



ハルは横を見る。



「そういうとこな」



それだけ言って、前を見る。



駅。



別れ際。



少しだけ止まる。



いつもより長い間。



何か言いかける。



でも、やめる。



紗月も、何も言わない。



言ったら終わる気がした。



「じゃ」



ハル。



「うん」



離れる。



歩き出す。



でも今日は、背中が遠くならない。



むしろ残る。



家。



ドアを閉める。



静か。



スマホを見る。



何も来てない。



(珍しい)



ベッドに座る。



天井を見る。



さっきの場所が、頭に残っている。



あの公園。



あの間。



あの“言いかけてやめた顔”。



(あれ、なんだったんだろ)



分からない。



でも一つだけ分かる。



ハルは、何かを“言わないまま持ってる”。



軽い人じゃない。



ただ軽くしてるだけ。



そのことに、初めてちゃんと触れた気がした。



スマホが鳴る。



ハル。



「今日はありがと」



短い。



紗月は少しだけ止まる。



(礼言うんだ)



「うん」



送る。



少しして。



「また」



それだけ。



既読。



「おう」



それで終わる。



画面を閉じる。



静か。



でも今日は、その静けさが少し違う。



軽い人だと思ってた。



でも違った。



軽くしてただけ。



その理由の一部に、初めて触れた夜だった。

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