合わない距離
最近、連絡は少しだけ増えた。
増えたというより、戻ってきた。
でも前とは違う。
どこか一拍、間がある。
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夜。
スマホ。
鳴る。
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ハル。
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「今なにしてる」
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「寝るとこ」
返す。
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既読。
少し間。
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「起きてろ」
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(なんで)
そう思うのに、少しだけ笑う。
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「なにそれ」
送る。
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すぐ返ってくる。
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「暇」
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それだけ。
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前なら、このまま「出てこい」だった。
でも今は違う。
言葉が少しだけ整っている。
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「無理」
送る。
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既読。
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「そっか」
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それで終わるはずなのに、終わらない。
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少しして。
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「昼なら?」
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また来る。
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(覚えてるんだ)
前より、“会う前提”が静かに残っている。
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「明日なら」
送る。
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既読。
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「じゃ明日」
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それだけ。
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翌日。
昼。
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駅。
少しだけ明るい時間。
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ハルはもうそこにいた。
前より早い。
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「おう」
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「早くない?」
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「たまたま」
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嘘っぽいのに、深くは聞けない。
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並んで歩く。
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昼の街は、夜よりずっと現実的で、逃げ場がない。
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視線が分かりやすい。
スマホを向ける人もいる。
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「やっぱ昼やばいな」
ハル。
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「やばいって何」
紗月。
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「目立つ」
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それだけ。
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でも、その“だけ”が重い。
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カフェに入る。
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座る。
向かい。
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少し沈黙。
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「慣れた?」
ハル。
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「何に」
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「これ」
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外の視線。
状況。
全部。
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紗月は少し考える。
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「慣れたっていうか……」
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言いかけて止まる。
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「どうでもよくなってきた」
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ハルが少しだけ笑う。
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「それ一番危ないやつじゃね」
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「かもね」
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でも、嫌じゃない。
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沈黙。
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外はまだ騒がしい。
でも中は静か。
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その差が、少しだけ変な感覚を作る。
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「なぁ」
ハル。
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「なに」
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少し間。
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「そのTシャツ、まだ着てんのな」
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紗月は視線を落とす。
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白いTシャツ。
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「気に入ってるから」
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ハルが小さく笑う。
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「普通すぎるだろ」
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「普通でいいじゃん」
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その言葉で、少しだけ空気が止まる。
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ハルは一瞬黙る。
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「まぁ……お前はそういうの似合うな」
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少しだけ柔らかい声。
でもすぐ視線をそらす。
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それ以上は続かない。
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その止め方が、逆に残る。
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帰り道。
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並ぶ。
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「今日さ」
ハル。
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「うん」
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「なんか普通だったな」
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「それ褒めてる?」
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「たぶん」
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曖昧。
でも、悪くない曖昧。
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駅。
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人が増える。
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「じゃ」
ハル。
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「うん」
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でも、少しだけ止まる。
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ハルが一瞬だけ言いかける。
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でもやめる。
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そのやめた感じが残る。
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紗月は気づく。
でも聞かない。
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聞いたら、変わる気がするから。
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家。
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ドアを閉める。
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静か。
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スマホを見る。
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ハルからメッセージ。
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「さっきの」
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少し間。
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「別に意味ないけど」
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(意味ないって言うときほどあるやつ)
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「なに」
送る。
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既読。
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少しして。
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「今日ちょっと楽だった」
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それだけ。
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紗月は少しだけ画面を見る。
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返すのに少し迷う。
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でも結局。
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「そっか」
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それしか出ない。
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既読。
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「おう」
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それで終わる。
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ベッドに倒れる。
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天井を見る。
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(楽だった、か)
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たぶん同じ。
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でも言葉にすると、少しだけ恥ずかしい。
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こういうのが増えてきている。
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会うたびに、言葉にならないものが少しずつ残っていく。
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重くない。
でも軽くもない。
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その中間が、静かに積もっていく。
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少しだけ胸の奥が落ち着かない。
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でも嫌じゃない。
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むしろ、言わないまま残るもののほうが強い気がしていた。




