戻らない日常
気づいたら、静かになっていた。
騒がしさが消えたわけじゃない。
ただ、形が変わっただけだった。
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炎上は終わっていない。
でも、ずっと燃え続ける種類のものになっていた。
大きく燃える瞬間はないのに、消えもしない。
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紗月はそれに慣れ始めていた。
最初みたいに、毎秒スマホを確認することはない。
ただ、完全に無視もできない。
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外に出ると分かる。
視線がある。
でも前みたいに刺さる感じじゃない。
代わりに、“知っている空気”がある。
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「あの人だよね」
直接言われるわけじゃない。
でも、そういう距離感。
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それが一番しんどいわけでもない。
ただ、楽でもない。
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夜。
スマホ。
鳴る。
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ハル。
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「今どこ」
短い。
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「家」
返す。
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すぐ既読。
でも、少し間がある。
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「出れる?」
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(またか)
前みたいな軽さではない。
でも重くもない。
ただ、慎重。
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「今は無理」
送る。
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既読。
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「そか」
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それだけ。
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会話は終わる。
でも、切れた感じはしない。
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翌日。
昼前。
外に出る。
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駅前。
いつも通りの景色。
でも、少し違う。
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視線の数が増えている。
正確には、“思い出される頻度”が上がっている。
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すれ違う人が一瞬止まる。
スマホを見る。
また見る。
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(まだ残ってる)
そう思う。
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歩いていると、止まる。
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分かる。
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ハル。
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振り向く前に気配で分かる。
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「おう」
ハル。
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「どうしたの」
紗月。
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「近く来た」
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それだけ。
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理由はない。
でも自然でもない。
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並んで歩く。
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人はいる。
視線もある。
でも、もう驚かない。
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「最近どう」
ハル。
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「普通」
紗月。
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少し間。
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「それ続いてんな」
ハルが軽く言う。
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でも確認みたいな言い方だった。
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カフェに入る。
前と同じ場所ではない。
でも似ている。
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座る。
向かい。
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沈黙。
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でも今は、逃げる沈黙じゃない。
ただの間。
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「戻れてないな」
ハル。
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紗月は少しだけ考える。
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「戻る必要ある?」
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ハルが少し笑う。
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「ないかもな」
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それだけ。
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会話は続かない。
でも終わらない。
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ただ、そこにあるだけ。
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帰り道。
並ぶ。
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人の流れの中。
前より自然。
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でも、完全には溶けていない。
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「じゃ」
ハル。
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「うん」
紗月。
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それだけで別れる。
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でも今回は、少し違う。
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終わった感じがしない。
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家。
ドアを閉める。
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静か。
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スマホを見る。
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通知は少ない。
でもゼロじゃない。
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炎上ではない。
ただの“残り”になっている。
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画面を見たまま、少し考える。
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(これ、普通なのかな)
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分からない。
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でも一つだけ分かる。
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前の形にはもう戻っていない。
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そして今の形にも、まだ名前はない。




