見られる側
管理された再会は、思っていたより静かだった。
静かすぎて、逆に落ち着かない。
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ガラス越しの部屋。
中は普通の空間なのに、どこかだけ現実とズレている。
誰かに見られている前提で作られた空気。
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ハルはそこにいた。
いつも通りの顔。
いつも通りの声。
でも、どこかだけ違う。
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「元気か」
ハル。
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「普通」
紗月。
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短いやり取り。
それ以上広がらないように、お互いどこかで抑えている。
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前は違った。
どうでもいい話が、勝手に続いていた。
今は違う。
話していい範囲が、目に見えない形で決まっている。
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少し沈黙。
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「最近どう」
ハル。
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紗月は一瞬止まる。
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(どう、と言われても)
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「……見られてる」
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自分で言って、初めて少しだけ実感が追いつく。
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ハルは頷く。
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「そっちもだろ」
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その通りだった。
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もう片方だけの問題じゃない。
二人とも同じ状況の中にいる。
ただ、立っている位置が違うだけ。
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ハルは中心。
紗月はその周囲に結びついた存在。
それだけで、見え方が変わる。
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外の世界はまだ騒がしい。
でも、この部屋だけは少し遅れている。
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「なぁ」
ハル。
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「なに」
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少し間。
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「しんどいか」
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軽く聞いているようで、軽くはない。
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紗月は少し考える。
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しんどい、とは違う気がする。
でも楽でもない。
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「よく分かんない」
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正直な答え。
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ハルは少しだけ目を伏せる。
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「だよな」
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それだけ。
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また沈黙。
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でも今は、前と違う。
止められている沈黙じゃなく、選んでいる沈黙。
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時間が来る。
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「そろそろ出る」
ハル。
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「うん」
紗月。
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立ち上がる。
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扉の前。
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一瞬だけ止まる。
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ハルが言う。
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「お前さ」
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振り返る。
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少し間。
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「前より、見られてるな」
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その言葉が残る。
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紗月は少しだけ笑う。
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「そっちのせいでしょ」
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ハルも少しだけ笑う。
でも、その笑いはすぐ消える。
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扉が開く。
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ハルが出ていく。
今度は振り返らない。
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紗月だけが残る。
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ガラスの向こうに、何もない空間が広がっている。
でもそこには、さっきまでの時間の余韻だけが残っていた。
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帰り道。
街はいつも通り。
でも自分だけが少し違う。
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スマホを見なくても分かる。
見られている。
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ただの通行人ではない。
あの人と会った側。
その事実だけが、静かに残っている。
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家に戻る。
ドアを閉める。
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静か。
でも、落ち着かない。
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スマホを開く。
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通知は減っている。
でも完全には消えていない。
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まだ続いている。
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その中に、ハルからの短いメッセージ。
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「気をつけろ」
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紗月はしばらく画面を見つめる。
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守っているのか、距離を取っているのか分からない言葉。
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でも、どちらでもいい気がした。
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ベッドに座る。
白いTシャツを見る。
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もうただの服ではない。
でも捨てる理由もない。
むしろ、前より強く残っている。
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(もう戻れないのかな)
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そう思う。
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でも次の瞬間。
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(戻る必要ある?)
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その考えも浮かぶ。
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どちらでもいい距離。
近くて、遠い。
そのまま、形だけ続いている。
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そしてその形は、まだ壊れていない。




