本編4-8
ノヴァーリスはただ、一度世界をまっさらにして自分と彼女しかいない世界で、セシリアを女王で居続けさせたかっただけ。
この世界でただ一人、自分と同じ存在の彼女の存在意義を、護りたかっただけ。
カゲノ国の禁術を施されても生きていた、自分と同じく運命を捻じ曲げられたセシリアのことを。
ノヴァーリスは、無属性として産まれた。
保有している魔力量こそ多かったが、それを活かせる属性を持たずに生まれてきてしまったのだ。
彼の不幸は、そこから始まった。
カゲノ国の禁術によって、何色でもなかったカラッポの器に、淀んだ色を流し込まれる日々。セシリアは全属性という色を持っていたので、記憶と感情を代償にして膨大な魔力を得た。しかし、ノヴァーリスは違う。
何色も持たない彼を襲ったのは、身を、心を削るような、筆舌に尽くしがたい激痛だった。
泣いても、叫んでも、誰も彼を助けてはくれない。激痛に苛まれる日々は瞼の裏に苛烈な色を宿したが、心はどこまでも白くひび割れ、乾いていく。
無色を有色にし、魔力量を増幅させるための禁術。
同じ禁術を施された子どもは、その激痛に耐えられず、ノヴァーリス以外みんな死んでいった。
来る日も来る日も、身を裂くような激痛が小さな身体を襲う。
カゲノ国にとって、ノヴァーリスは道具でしかなかった。少しずつ、少しずつ彼の瞳に、ほの暗い闇を宿した美しい紫の色が浮かぶたび、お前は道具だと言い聞かされた。
地獄の苦痛に耐え、瞳に紫が定着した十歳の頃。ノヴァーリスはカゲノ国の間者としてアルカンシエル王国で貴族位を得ていたセンティッド伯爵家へ養子に出されることになる。
ノヴァーリス・センティッドとなった後も、彼に自由など許されなかった。剣の腕を磨き、学を身に着け、後付けされた属性固有スキルを、さも昔から使えたかのように、自然な動作で発動できるまで訓練を行う日々。
センティッド伯爵領にある森の中で、十歳の頃から毎日、ノヴァーリスはただ機械のように訓練を繰り返していた。
そうして迎えた、十五歳の春。カゲノ国の思惑通り、高い魔力と美しい紫の瞳を持つノヴァーリスは、次代の騎紫として選出されることになる。次期女王、セシリア・メヌエット・エグランディーヌを支える、騎紫として。
道具として女王の役に立ち、信頼を得てこの国の結界を内側から壊せ。そう命じられていたノヴァーリスは、しかし初めてセシリアと対面した時、その白く乾いてしまった心が、赤い衝動で埋め尽くされるのを感じる。
ドクン、と、心臓が跳ねる。
歓喜だとか、戸惑いだとか、恐怖だとかが綯交ぜになった、よく分からない感情が脳内を支配した。あの身体の底から突き上げてくるような感情を、ノヴァーリスは一生忘れることはないだろう。
(同じ、だ。……この人は、僕と同じ。この世界で唯一、僕と同じ紛い物だ!)
一目見て、そう感じ取った。
この世界で唯一、自分と同じ禁術で、自分と同じように魔力を弄られ、生きている人間。それがセシリアだった。
セシリアとノヴァーリスだけが、あの禁術を施されても、生きていた。大勢の子どもが死ぬのを見た。色を持った子どもも、色を持たない子どもも、大勢が断末魔の絶叫の中で息絶えた。何度、羨ましいと思っただろう。
早く、自分も死んでしまいたいと、何度願ったことだろう。
だって、この禁術に耐えて生き残ったところで、運命を歪められてしまったノヴァーリスは、世界で独りぼっちだ。誰も彼と同じ存在にはなれない。
何億という人間が生きている世界で、ノヴァーリスだけが歪な紛い物。
でも違う。自分は独りぼっちではなかったのだ。自分と同じ紛い物である少女が、目の前にいる。お人形のように綺麗な顔で、七つの色を称えたガラス玉みたいに無機質な瞳で、無感動に自身の前で膝を折ったノヴァーリスを見下ろしている。
魂が震えた。
未来永劫、自分はこのお方のためだけに生きて、このお方のためだけに死のう。カゲノ国で施された「お前は道具」と言う洗脳が、ここから狂い始めた。
「この命、永久に貴女にお捧げいたします。僕の唯一の女王陛下。どうぞ僕を貴女様の道具として、存分にお使いください」
「……貴方の望みを受け入れましょう、センティッド卿」
「どうか、ノヴァーリスと。我が女王陛下」
「……」
コクリと小さく頷いたセシリアの姿を見て、ノヴァーリスは蕩けるように微笑んだ。




