本編4-5
鬱蒼と木々が茂る夜の森は、それはもう不気味だった。
こんな事態じゃなければ、絶対に一人で足を踏み入れる事はなかったと断言できる。
遠くで、フクロウが鳴く声がする。湿った土の匂いは独特で、腐葉土を連想させた。
屋敷から持ってきたランタンに明かりを灯し目線の高さに掲げる。どんよりとした重たい雰囲気のままではあるが、少しだけ息がしやすくなったと感じるのは、ただの錯覚だろうか。
じゃく、じゃく。夜露で少し濡れた地面を踏みしめて、獣道を進む。木に片手をつきながら、もう片方の手に持ったランタンを周囲にもぐるりと掲げてみるが、≪預言者≫が視せたあのログハウスは見当たらない。
一瞬、この森には無いのかもと思ったが、逆にこの場に無いならどこにあるんだ? と思い直し、歩みを進める。
(ま、一日で見つかるとはさすがに思ってないし)
探した場所の目印として、紫色のリボンを木の枝に結んでおく。
森に住む獣に荒らされないよう結界を張って、目眩ましの役割も兼ねさせておいた。最近気付いたのだけど、≪女王の虹結界≫は発動した術者にしか結界と、その結界が覆っている中身を視認できないようにもできるらしい。保護色みたいな感じだ。
セシリアのステータスを上回れば視認出来るのかもしれないけど、果たして絶対継承スキルの≪女王の虹結界≫にもそのパワーバランスが適用されるのかは些か謎だ。
だって、属性固有スキルにはレベルが存在しているけれど、絶対継承スキルにレベルは存在しない。
例えば、私より夢属性のレベルが高ければ、私を洗脳することは可能かもしれない。検証したことはないけれど、可能性の話として、まあ可能だろうな、と言うレベル。だって、洗脳する側のレベルが上回ってるんだから。私のステータスを上回る人ならこの世界に居るかもしれないけれど、それはあくまで属性固有スキルや身体機能のレベルであって。
でも、絶対継承スキルにはそのレベルが存在しないから、上回る、下回るという概念の埒外にいる気がする。
(とは言っても、ノヴァーリスには魔力の気配でバレそうだけど……)
白兵戦が大得意な我が騎紫は、当然のように気配に敏い。少しの違和感から私の魔力を感じ取って、なにがあるか判らないにしろ、なにかあるのは察するだろう。そう言う思考ロジックを組み立てられる人だ。
そうして私の様子を伺って、なにを言うでもなく視線で訴えてくる。多分、私がノヴァーリスのその視線に弱いとは知らぬまま。その時にはきっと、腕の中にスノウも居るんだろうな。
スノウの主人は確かに私だけれど、あの子はノヴァーリスやサクリーナにも良く懐いているから。私の様子が心配、なんていうノヴァーリスの大義名分があれば、あの子はノヴァーリスの味方をする気がする。で、二対の紫の瞳から私を案じる色を読み取ってしまって、結局私が自分で口を割るまでがワンセットだ。
つまりなにって、私はどこまで行ってもノヴァーリスには弱いということ。
問題なく≪女王の虹結界≫が紫色のリボンを覆い隠したのを確認して、その場を後にする。≪創造創生≫で作った麻のポシェットから森の地図を取り出し、目印を付けた場所にバツマークを刻んだ。
ランタンを掲げながら、森の中を一人歩く。その後もいくつかの場所に目印のリボンを結び付け、この日の調査は終了となった。
森での本日分の調査を終えて≪時空間転移≫で自身の部屋に飛んだら、ニッコリ笑顔のサクリーナが待ち構えてました。……いや、コレなんてホラー? 思わず「ヒッ」と口から悲鳴を零さなかった私を誰か褒めて欲しい。
だって、今は真夜中である。いわゆる草木も眠る、なんて言われる時間。
当然、普段であれば私も、サクリーナだって眠りに就いている時間帯だ。そんな時間に彼女が主の不在を察して、主の部屋で待ち構えている。これお説教の流れじゃないですか。
本来の主従関係、雇用主と使用人の関係からすればありえない事なんだろうけど、私は逆に言うことはきちんと言って欲しいタイプなので、アシュラムとかからお説教されるぶんには一向に構わない。
でも、いつだって私の味方で居てくれたサクリーナにガチトーンでお説教されたら、数日寝込む自信があるぞ、私は。
「セシリア様。お戻りをお待ちしておりました」
「は、はい……」
そして、ニッコリ笑顔でサクリーナに声を掛けられれば、返事をする以外の選択肢などなく。いやまあ、もし選択肢があったとしても私は「返事をする」以外を投げ捨てるんだけど。明らかにシオシオした顔で返事を返した私になにを思ったのか、困ったように笑ったサクリーナは、予め準備しておいたのであろうハーブティーを注ぎ、私に差し出してくれた。
「セシリア様のお考えがあってお出掛けなさるのであれば、せめてサクリーナにだけはお声掛けくださいませ。私がセシリア様のなされる事を止めるなどありえませんが、一人行動が露見した際、センティッド卿やオースティン卿の詰問、お説教からお護りできません」
「サクリーナ大好き」
「はい。私もセシリア様が一番大切でございます」
優しくて有能な侍女の絶対的味方宣言に、思わずノールックで告白をかましてしまう。
さっきのシオシオした顔はどこへやら。心も表情も喜色満面だ。
彼女は、私が次期女王として、人として誤った事をしないと、なにがあっても自分の身を護って必ずこの屋敷に帰ってくると、信頼してくれている。本当は止めたいだろうに、それでも私を信じて、好きに行動させてくれる。心根の強い人だ、本当に。私にはない強さを持っている。
強くて優しい、私の大切なお姉ちゃんみたいなあったかい人。
サクリーナが淹れてくれたハーブティーは、彼女みたいに優しい味がした。




