本編4-3
「そう。私こう見えて結構強いでしょ? それにね、傷や病気を癒す属性固有スキルだって持ってるのよ、私。なんたって全属性だからね。だから身体の傷なんて全然平気なの。ほら、頬にも腕にも、傷跡なんて残ってないでしょ?」
「……うん」
一度ベルから身体を離し、袖をめくって腕を見せる。スノウの≪生命の水回廊≫によって治療された私の身体に、傷跡なんて一つとして残っていなかった。
「でも、私にも治せない傷だってもちろんある。なんだかわかる?」
「わ、わかんない」
「心の傷。心の傷だけは、私の属性固有スキルでも、他のどんなスキルでだって治せない。ねえベル。もしあの時、私達が貴方の元に行くのが遅くなったり、そもそも行けなくて、ベルが独りぼっちになっちゃったら、きっと貴方の心は辛くて、痛くて、ずっと痛い、痛いって泣いてたと思う。違う?」
「ひとりぼっち? 父さんも母さんもいないの?」
「そうよ、居ないの。貴方のお父さんもお母さんも居ない、私達も居ない。世界で、ベルだけになっちゃうの。あの時の状況は、一歩間違えばそうなっても可笑しくなかった。怖いだろうけど、考えてみて。悲しい?」
「……う、ううー」
私の言葉にくしゃっと顔を歪めて、またぼろぼろ泣き始めたベルをもう一度ぎゅっと強く抱き締めて、歌うように言葉を紡ぐ。
「ベルは偉いね。ちゃんと謝れて。強い子だ。優しい子だ。こんなに優しいベルが世界で独りぼっちにならなくて良かった。ベルの心が、痛いって泣かなくて良かった。ねえベル。教えて。私は、私達は、貴方の心を護れた?」
「ん、うんっうんっ……! おれ、を、おれの、父さんと、母さんを、たすけてくれた、のが、お姉ちゃんと、お兄ちゃんで、おれね、あのね、うれし、くて……! ほんとは、ちょっとだけ、おぼえてる、んだ。こわ、くて、ひっく、たすけて、かみさま、たすけてって、ずっと、おもってた。おれ、は、どうなっても、いい、から、おれの父さんと、母さんを、たすけて、って」
ベルの小さくて暖かな手が、ぎゅっと私の服を掴む。綺麗な紅の瞳を涙の膜で揺らしながら、それでもベルは必至になって言葉を紡いだ。
「そしたらね、おれ、きこえ、た、んだよ。お姉ちゃんの、こえ。ぜったいに、たすける、からって、いってくれたの、おれ、おれね、ひっく、うれし、かったぁ」
「うん、うん。そっかあ。良かった。ベルを護れたんなら、私はね、ちょっとの怪我ぐらいへっちゃらなんだよ。ベルは? いつも遊んでくれるお兄ちゃん達や私が泣いてたら、ベルは転んででも助けてくれる?」
「っ! も、もちろん! ぜったいに、たすける!」
「ありがとう、ベル。私はそれとおんなじことをしただけ。助けてって泣いてたベルを、私が助けたくて、助けたんだよ。だから、ベルからのごめんなさい、は、ごめんね。私の我儘で、受け取れないの」
ぱちり。瞳いっぱいの涙が瞬きに合わせて零れ落ちた。
数拍時間を掛けて私の言葉の意味を考えているのか、数度瞬きした紅の瞳はしかし数拍ののちハッと見開かれる。
大仰な動きに合わせて揺れた薄い金色の髪を撫で、ベルの言葉を待つ。
「あ、ありがとう!!」
「正解! どういたしまして。その言葉なら、喜んで受け取るわ。私も、ノヴァーリスも、アシュラムもグラハムもスノウも。みんな、ベルからのごめんなさい、より、ありがとう、の方が、ずっとずっと嬉しいの。素敵な言葉をありがとう、ベル」
「えへ、えへへ。おれ、おれね、ぜったいお姉ちゃんのきせきになるよ。なれるかな?」
「なれるわよ。ノヴァーリスに剣の扱い方と魔力コントロールのコツを教えてもらって、アシュラムとグラハムに体術を教わってみて。絶対にベルの為になる。貴方の将来を楽しみにしているわ、ベル。わたくしの騎赤。どうか貴方のその力で、助けてって泣いている人を沢山助けてあげてね。貴方が、皆にとって奇跡の福音たる存在になりますように」
「……? むずかしくて、わかんない」
「今はそれで良いの。さ、目元を冷やしましょうか。魔力が篭って、身体も熱いでしょう? ノヴァーリスー。近くに居るの解ってるから。話も聞いてたでしょー? 私は別に怒ってないので、ベルの身体と目元冷やしに出てきてくーだーさーいー」
多分こっちかな、と思った方向に向かって思い切り声を張り上げると、ガサ、と少し遠い距離から物音がして、困惑のような、悲嘆のような、歓喜のような、懺悔のような、後悔のような、何とも形容しがたい顔をしたノヴァーリスが、腕の中にスノウを抱え姿を現した。
(ほらね。やっぱり居た)
期待を裏切らない私の騎紫はざくざくと大股でこちらに近付き、ベルの前で膝を折る。氷属性の固有スキルを持っていない私は大人しく場所を譲って、代わりにスノウを抱きかかえる。お日様の匂いがするわ、この子。
「ベル。君はまだ魔力の状態が不安定なんです。感情を高ぶらせては、行き場を無くした炎が君の身を焼くことになると、私はそう、教えませんでしたか……?」
「ししょ……ごめんなさい」
「……いいえ。貴方の気持ちを、私ももっと慮るべきでした。貴方は私と違い、真っ白な少年であることを、失念していました。申し訳ありません、ベル。身体が熱くて辛いでしょう? さあ、こちらにおいで」
「ししょ」
「何ですか、ベル」
「……へんなかお、してるよ。どこかいたいの?」
「いえ。いいえ。セシリア様が、ベルが、あまりにも優しくて、嬉しいだけですよ。君を泣かせてしまって、申し訳ありませんでした、ベル」
「んーん。ね、ししょ。ししょも、ありがとうの方が、うれしい?」
「……はい。嬉しいですよ」
「えへ。えへへ。お姉ちゃんがいったとーりだ。ししょ、あのね、おしえてくれて、ありがとう」
両手を広げたノヴァーリスの胸に躊躇なく小さな身体がスポンと収まり、彼の白い騎士服を小さな手がぎゅっと握りこむのを呆然とした心境で見て、喉の奥で「んぐう」と悶絶を呑み込んだ。




