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本編4-2


 ≪預言者≫があの光景を視せてから数日。私は一人で悶々と考えていた。

 ――そもそも、このトンデモゴリラステータス、チートの権化のようなセシリア(わたし)を洗脳できる人間なんて、居るのか? と。

 居るかもしれないし、居ないかもしれない。私がまだ出会ったことがないだけで、私のステータスを超える人間など、この世にはゴロゴロ居るのかもしれない。

 そんな、いくら考えても答えの出ない疑問を延々と考える時間が私にあるのかと問われれば、まあ当然のように答えは「否」である。

 私の爆弾発言回避案を見つけるのはもちろん、いくら今が就任前の自由期間とは言え、本来なら既に女王となっていたハズの身。つまり、普通に公務という名の仕事がある。

 女王としての公務の引継ぎ、顔合わせ、根回し、政治・経済・帝王学の基礎的な勉強。七騎士と女王としての連携を高めるための訓練等々、やることは山積みだ。ちなみにアシュラムに「普通は女王と七騎士の連携訓練なんて要らないんですよ知ってましたか陛下」とかノンブレスで言われたけど気にしない、気にしない。

 孤児院への慰問の時だって、アーキデュークとレイニーの尊さを浴びた後だったせいで、いろいろ張り切って子ども達用のお土産を用意してしまった。孤児院のシスター達は真ん丸に瞳を見開きながら何度もお礼を言ってくれたけれど、私の中の萌えとか尊さが行き場を失くして爆発した結果だったので、あまりにも気まずい。

 早々にその場を離脱し子どもたちと盛大に遊んだら、後からアシュラムにしこたま怒られた。一緒になって駆け回っていたメイアンとスノウ、木陰で女の子たちに絵本を読んであげていたサクリーナだけが私の味方ではあったが、彼ら彼女らを巻き込むわけにも行かず、甘んじてアシュラムのながーいお説教を受けたのが昨日の話である。ちなみに、何故かノヴァーリスも一緒にお説教を受けていた。


 そうして久々になんの予定も入っていない本日。私はエグランディーヌ侯爵家の端っこにある小さな湖を擁する小さな森の中で、ベルと二人、湖畔に佇んでいた。

 ≪預言者≫があの光景を視せるより前にベルは目を醒ましていたけれど、まだたった六歳の彼の身に起きた出来事はあまりにも凄惨で、しばらくは両親と一緒に心を休めた方が良いということで、様子を見に来てくれたお医者様に何日かの安静を言い渡されていた。

 ちなみに、自身が治癒の水属性を使えるせいで、医者という存在がこの世界に居るのだと私が知ったのは、この時が初めてだったと言うことは完全な余談である。

 安静期間が明けた後は、ちょいちょいアーキデュークとメイアンが、カインとレイニーを引っ張ってベルの元へ遊びに行く姿を目撃した記憶がある。私やノヴァーリス、グラハムの前ではよくお猫様になるレイニーも、ベルの前ではちゃんとお兄ちゃんの顔をしていたりしたが、あれは多分グラハムを見て覚えたんだろう。

 アーキデューク達に連れ出されてベルが庭で遊ぶ時、私は特に声を掛けず笑いながら手を振るに留めたが、一緒に遊んでいる四人が私に向かって控えめだったり、思いっきりだったり、四者四様に手を振り返すものだから、ベルもおずおずといった様子で手を振り返してくれた。

 そんな真ん丸でふくふくとした小さな手が、きゅっと私の手のひらを握る。常人より熱く感じる手のひらは、彼が強い魔力を有する炎属性だからなのだろうか。

 湖の輝きを反射して、美しく煌めきながら地平線に沈む夕焼けみたいな瞳が、ゆらゆらと揺れていた。

 その瞳に恐怖や苦しみ、悲しみの色が浮かんでいないことに安堵して、ベルにそっと声を掛ける。


「ベル。お話ってなにかしら」


「……あの、あのね」


「うん」


 スカートの裾が汚れるのも厭わず、繋いだ手は離さないまま、ベルの隣で膝を折る。

 話がしたい、と、この屋敷に来てから初めてベルに話しかけられ、散歩がてらこの湖畔まで二人っきりで歩いて来たのだ。


(まあ、少し離れたところにノヴァーリスとスノウは居るんでしょうけど)


 ベルは気付いていないようなので、気にせずそのまま真っ直ぐ彼の瞳を覗き込む。ゆらゆら揺れる紅に私の虹色が混ざって、不思議な輝きを放った透明な雫が一粒、ベルの瞳から零れ落ちた。


「ご、ごめんっなさい……!」


「……どうして、貴方が謝るの?」


「だ、だって、お、おれが、おれのまりょくが、ぼうそう、しちゃったせいで、お姉ちゃん、けが、けがしたって、きいて、おれが、お姉ちゃんのほっぺた、ひっかいたって、うでも、ヤケド、ひどかったって……!」


 ポロポロ、ぽろぽろ。真珠みたいな涙が、ベルのまろい頬を滑って何個も何個も地面に落ちていく。


「なのに、おれ、けが、させちゃったこと、なんにもっおぼえて、なくてっ……お、お姉ちゃん、おれ、こわかったよね? いたかった、よね? ごめ、ごめんなさい、こわい、おもいさせたのに、いたいことしたの、おれが、おぼえてなくて、ごめん、なさいぃっ……」


 痛々しく零れる涙にこそ、しゃくり上げながらも必死に言葉を紡ぐその姿にこそ、私の心はきゅうっと音を立てて痛む。

 あの時、あの場において正確に私の現状を理解出来たのなんて、あの白月光の髪を靡かせた騎紫しか居ない。


(……話したわね、ノヴァーリス)


 よりにもよって、恐怖によって錯乱状態に陥っていたあの時のベルの行動を、正気に戻ったベル本人に。きっと彼のことだから、ベルに頼み込まれて、断れなかっただけなんだろうけど。もう一年以上の付き合いで、ノヴァーリスが悪戯に人を不安に陥れるような言動を取らないことは、私だって理解しているつもりだ。

 だけどまあ、ノヴァーリス自身が六歳……もう七歳になるかどうか、ぐらいの時分と同じ感受性を念頭に置いて物を語れば、そりゃあ、こうなるわな。と言うのが正直な感想だった。

 ベルはセシリア(わたし)やノヴァーリスと違って、人の悪意とか、醜いところとか、何も知らずに育った普通の男の子なんだから。思わず零れそうになった溜め息を呑み込んで、目の前でぼろぼろ涙を零す小さな男の子を、ぎゅうっと抱き締める。

 腕の中で小さな身体がビクリと震えたが、気にせずその柔らかな薄い金色の髪の毛を優しく撫でた。

 それでもまあ、ベルがまだ小さな子どもだからと言葉を、真実を濁さなかったノヴァーリスに倣って、私も誤魔化さずに、全部を話してやろうじゃないの。


「あの時も今も、私は泣いている男の子を抱き締めただけよ」


「で、でもっ」


「ねえベル。私ね、これでも結構強いの。模擬戦見てたよね?」


「う、うん。みた……。メイアン兄ちゃんがだしたくさのつる、ぜんぶほのおでやいてたやつ……」


 よく一緒に遊んでくれるお兄ちゃん達に誘われるがまま、安静期間が明けた後、アーキデュークと一緒に私達の模擬戦をよく見学していたのだ。


「ああ、あれ。あれねー。メイアンは凄い凄いって笑ってたけど、後でレイニーとカインに怒られたわ。容赦なさ過ぎって」


「あと、えっと。グラハム兄ちゃんをひっくりかえしてた」


「グラハムに武器を投げられたら、私が負けちゃうからね」


 初手でグラハムに肉迫した際、磁力のポインターを彼に仕掛けた。私から距離を取るためにグラハムが≪時空間転移≫で姿をくらまして、死角から奇襲を掛けてくるのは容易に想像できる。模擬戦ぐらいで、時間を巻き戻して転移しないであろうことも。

 だからこそ、私の死角になり得る場所、つまりグラハムが出現する可能性のある数ヶ所に、仕掛けたポインターと反発する磁力のトラップを仕掛けておいた。案の定グラハムがそのトラップを踏み抜いて、磁力の反発でバランスが取れなくなってすっ転んだのだ。滅茶苦茶顔を赤くしていたので、よく覚えてる。

 ごめんグラハム、あれのやり方アシュラムにも教えちゃったから、多分次の対アシュラム戦で君はまたすっ転ぶ。


 ……え? なに、私って実は女王じゃなくて、悪鬼羅刹か何かだった?

 自分のやらかしっぷりにちょっと不安になるが、ぽろぽろ涙を零しながらも「お姉ちゃん、かっこよかった」と笑ったベルの姿に、またグラハムを転ばそうと真顔で決意して、スカートの隠しから取り出したハンカチでベルの目元を拭う。

 アシュラムには相殺されるし、何故かノヴァーリスはバランス取れてしまうし、レイニー、カイン、メイアンにそんなこと出来るわけがないので、是非グラハムには今後も頑張って頂きたい。話が逸れた。



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