第四柱 「神々の議題と“ほころび”」
静寂が、大広間を包み込む。
円卓についた神々の視線は、ただ一人――主神ゼウスへと向けられていた。
「では、本日の議題に入る」
低く響くその声は、空気そのものを震わせるような重みを持っている。
「まずは定例報告だ。各自、異常の有無を述べよ」
淡々とした進行。
だが、それは神界の均衡を維持するための重要な儀式でもある。
「海域に異常はねぇな」
最初に口を開いたのはポセイドンだった。
「魔物の発生も通常範囲内。潮の流れも問題なしだ」
「了解した」
ゼウスが頷く。
「大地も同様よ」
次にデメテルが静かに言葉を紡ぐ。
「作物の循環、精霊の流れ、すべて安定しているわ」
「うむ」
「神聖な炎も揺らぎなし……と言いたいところだけど」
ヘスティアが小さくため息をつく。
「最近ちょっとだけ、不安定な揺れがあるのよね……ほんの微量だけど」
その言葉に、数人の神がわずかに視線を動かした。
「……炎の揺れ、か」
アポロンが静かに呟く。
「感情の影響を受けている可能性もあるね」
「感情……」
アテナが小さく反応する。
(やっぱり……)
ほんのわずかだが、彼女も感じていた。
神界のどこかにある、“違和感”。
「狩猟領域には異常なし」
アルテミスが簡潔に報告する。
「ただし、天使たちの間で“妙な噂”が流れています」
「噂だと?」
ゼウスの視線が向く。
「はい。“見えない何か”に干渉されたという報告が、いくつか」
場の空気が、わずかに張り詰めた。
「ほぉ……」
ヘルメスが興味深そうに口元を緩める。
「それ、情報としては初耳だね。どこ発信?」
「複数です。信憑性は……低くはありません」
「へぇ……面白いじゃん」
軽く言うヘルメスとは対照的に、ヘラの表情は険しい。
「笑い事ではありません」
ぴしゃり、と言い放つ。
「“見えない干渉”など、神界の秩序に関わる問題です」
「そうだな」
珍しくアレスが真面目な声で同意する。
「戦いになるなら、相手が見えねぇのは厄介だ」
「……それで?」
ゼウスがゆっくりと口を開く。
「知恵の神よ。お前はどう見る」
その視線が、まっすぐにアテナへと向けられる。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、アテナは言葉に詰まった。
(……来た)
だが、すぐに息を整え、表情を引き締める。
「はい」
立ち上がる。
先ほどまで漫画を読んでいたとは思えないほど、その姿には確かな威厳があった。
「現時点では断定はできませんが――」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「“干渉”という現象から考えるに、これは単なる異常ではなく、“意思を持った何か”である可能性が高いです」
神々の視線が、さらに鋭くなる。
「意思だと?」
ポセイドンが眉をひそめる。
「はい。無秩序な乱れではなく、“選択された干渉”が観測されています」
「つまり……」
アポロンが続ける。
「誰かが、何かが、神界に触れている?」
「その可能性は否定できません」
静かに頷くアテナ。
「さらに――」
一拍、間を置く。
「これは推測ですが。その“何か”は、まだ完全にこの世界に存在していない」
「……存在していない?」
ヘラの声が低くなる。
「はい。“重なりきっていない”……そんな感覚です」
神界と人間界のように。
しかし、それとは異なる不安定さ。
「――“ほころび”」
ぽつりと、アテナはその言葉を口にした。
「世界の境界に生まれた、小さな歪み。その隙間から、何かが干渉している……そう考えるのが自然かと」
完全な沈黙。
誰も軽口を叩かない。
「……なるほどな」
やがて、ゼウスがゆっくりと頷いた。
「では――調査が必要だな」
その一言で、会議の空気が変わる。
「誰が行く?」
ポセイドンが腕を組む。
「決まっている」
ゼウスの視線が、再びアテナへ向く。
「この件――お前に任せる」
「……!」
わずかに目を見開くアテナ。
「“ほころび”の調査、及び対処。知恵と戦略の神として、その役目を果たせ」
静かに、しかし確かな重みを持つ命令。
「……はい!」
アテナは力強く頷いた。
胸の奥で、何かが静かに燃え上がる。
それは不安か、使命か――あるいはその両方か。
だがひとつだけ、確かなことがある。
――これはただの日常では終わらない。
神界に生まれた“ほころび”。
その先にあるものを、まだ誰も知らない。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




