第一柱 「戦女神アテナちゃんの日常」
ここは神界。
その中心にそびえ立つ、白亜の神殿――パルテノン神殿。
知恵と戦略を司る神、アテナの居城であり、オリュンポスの象徴とも言える場所だ。
荘厳な柱が並び、神聖な空気に満ちたその神殿は、本来ならば静寂と威厳に包まれている――はずなのだが。
コンコンッ。
扉を叩く軽やかな音が、廊下に響く。
「アテナ様~? いらっしゃいますか?」
声の主は、神霊メイド。
神の御霊から生まれた存在であり、不思議な力を持つ“神界の従者”の一種だ。
しかし返事はない。
「……コンコンコンッ」
少し強めに叩く。
それでも反応はない。
「アテナ様~~~!!」
――しばしの沈黙。
「……はぁ~、入りますよ」
次の瞬間――
バンッ!!
勢いよく扉が開かれた。
「わわっ!?」
中から聞こえたのは、慌てた少女の声。
部屋の中では、金色の髪を揺らした少女――アテナが、慌てて何かを隠そうとしていた。
机の上には、巻物――ではなく。
明らかにこの神殿には似つかわしくない、“漫画”が広げられていた。
「アテナ~~~……また漫画ですか」
神霊メイドは、呆れたようにため息をつく。
その視線の先で、アテナはえへへ、と照れ笑いを浮かべた。
「えへへ~。だって面白いんだもん」
知恵と戦略の神、アテナ。
オリュンポス十二神の第2席に位置する存在。
本来であれば、神々の中でも指折りの叡智を持ち、常に冷静沈着であるべき神――なのだが。
「……それで、今日は何の漫画を読んでいたんですか?」
「えっとね、これ! 人間界の戦略バトルもの! 心理戦がすごくてね、参考になるんだよ~!」
「……それを“参考”にする必要がある状況が来ないことを祈ります」
神霊メイドは軽くこめかみを押さえる。
どうやら今日も、この主は通常運転らしい。
「アテナ、今日は会議でしょう?」
ぴたり、と。
その一言で、アテナの動きが止まった。
「……へ?」
ゆっくりと顔を上げる。
「……会議?」
「はい。オリュンポス十二神全員参加の定例会議です。――もうすぐ始まりますよ?」
沈黙。
「………………」
「………………」
「――あ」
嫌な予感しかしない声が、部屋に響いた。
「忘れてましたね?」
「ごめんなさい!!」
次の瞬間、アテナは漫画を机に放り投げ、慌てて立ち上がる。
「な、なんで教えてくれなかったの!?」
「三回呼びました」
「うっ……」
「その間、ずっと読んでました」
「うぅぅ……だっていいところだったんだもん……!」
「言い訳は後で聞きます。とにかく急いでください」
神霊メイドはそう言いながら、すでに準備済みの外套を手渡す。
さすがは優秀な従者、主の行動は完全に読んでいる。
「うぅ……威厳ある神でいたいのに……」
「その前に遅刻しない神になってください」
「ぐさっ!」
的確すぎる一言に、アテナは胸を押さえた。
だが、落ち込んでいる暇はない。
「よ、よしっ! 行くよ!」
外套を羽織り、勢いよく扉へと向かう。
その背中には、確かに“戦女神”としての風格が――
……ほんの少しだけ、あった。
「……漫画は片付けておきますね」
「お願いしまーす!」
そんなやり取りを背に、アテナは神殿の廊下を駆けていく。
知恵と戦略の神。
その名に恥じぬ叡智を持ちながら――
日常ではちょっとだけポンコツな少女。
これは、そんな戦女神アテナちゃんの、
騒がしくもどこか平和な日常の一幕である。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




