閑話 17 月夜を駆ける
冬の日暮れは早い。いつしか人は夕闇も漆黒も忘れて、夜ふかしな者に変わった。それが日本神話ではなくプロメテウスの火渡しからなのか、はたまたツクヨミが台頭する月が出るからかは分からない。ただ、1つ言えるのは昼がなければ夜で、夜は人でない者の世界だったと言うことか。
分からん話ではない。人は死ぬ。そして死ぬまでの約半数近くを闇に起き寝て過ごす。ショートスリーパー?それこそが摂理に反した我々側とも言える。寝ろとは言わない。その代わり、月浴をへてなにを得る?
昼の世界を享受してなお、闇を削る様は貪欲な侵略者だろう?時間を作り数字を知り知ってなお、その作った時間を求めるなら、がんじがらめに囚われた虫と、蜘蛛の糸に絡まった虫との違いはなんだ?
「そろそろ出るがブライトに鬼一、準備はいいか?」
「我に荷物はない。縛るものもなければ、阻むものもない。故に行こうではないか。」
「俺もわざわざ行かなければならないとは面倒な。」
「たまには下界に降りろ鬼一、ついでにテレビも買ってやる。なんならスマートレンズも支給してくれるそうだが?」
「いらん。世界を視るには片目でもいい。しかし、色眼鏡で視れば視ているつもりにもなる。俺はあくまで自身の目で視て道を決める。」
「そうかい。ただまぁ、使う使わんは別として、スマートレンズは受け取っとけ。最悪、マリちゃんの所への出張も頼むかもしれん。じゃあ、車出すぞ。」
狐の所へ、か。確かにそれはない話ではないだろう。ただ、AIが作る世界への進出はどうなのだ?俺は妖怪としてここにある。だからこそ山でひっそりと過ごす。しかし、スマートレンズを通して見た別世界は山に居ようと海へも川へも行ける。
その過程は遠くに聞いた。脳波・・・、言ってしまえば電気仕掛けの人間が機械仕掛けのメガネを使い、自身の視たいモノを具現化し手中に納める仮初の世界。神と言うものが人の作る幻想なら、その幻想を操る人は神へと昇華できるのか?
「なんか話せよ。流石に黙りこくったままのドライブは眠くなる。」
「しかし木本よ。我は現実世界に疎い。その上ほぼ情報はあの神社で得たものだぞ?雪の野山を鞍馬と駆け回ったが、逆を言えばそれしかしらん。」
「・・・、木本。本気であの狐に神社で神楽を舞うことを許すのか?」
依頼と言われれば仕方ない。しかし、その後を考えてのことか、それとも進むことだけを考えての決定か?早いか遅いかの違いしかないが、早ければいいと言うものでもない。カッパが・・・、天野は狐を最新のデジタル妖怪としたとは聞いた。
座敷童子殿は狐を話の分かる者とした。そして、俺は狐巫女の名乗りをマリから聞いた。年の暮れに俺のところにも狐から文は来た、集まってどんちゃん騒ぎしようと言う旨の祝詞が風に乗って。
大多数は気にも止めぬだろう。ただ縁があれば考える者もある。あの狐はトラブルオンラインと言う世界のルールを体現して動く、そしてブライトと名乗る者をコチラへ呼び寄せる事も。
つまり逆を考えるなら、電気精神体がAIの納める世界に出入りできる正規の通行証を渡すことも叶う。それはもう、木本の言うように爆心地としてこの上なく機能するだろう。なにせ新人招待キャンペーンなるものまで行っているのだしな。ただ、その中での制約に馴染めるかは別だが・・・。
「許す許さねぇ以前の問題だ。神楽をまともに舞える奴は何人いる?伝統芸能と言えば聞こえはいいが、能でも歌舞伎でも浄瑠璃でもねぇ神楽は、はっきり言えば生計を立てるには不向きで舞手も少ねぇ。」
「そんなに少ないのか?マリは舞っているし、他の稀人も通しで舞うこともあるが。」
「そりゃあゲームなら舞うだろ?岩戸に聞いたが、難しい分リターンはデカい。そして、そのリターンが目に見える形で現れる。人ってのは俗物的でなぁ、アメが貰えるなら動くが賛辞だけなら面倒だと動かねぇ。それに何より、刀術のモーションに吟剣詩舞も組み込もうとか言ってたしよぉ・・・。」
「笑える話だな。どこで舞おうと見る者があれば、それは無駄にはならない。そして、それが人の作りし仮初の世界だからこそ、より人に近しく作用する。それでもなお、人は神を捨てられぬか?木本。」
合理性とは時に最短以上に階段を飛ばす。それこそ一足でも二足でも、遮那王がやった八艘飛びでも・・・。それが近いのは分かるが同様に危険性もある。しかし、時として人はそれを勇気と名付けて飛び込む。
あの狐がなぜ廃神社を欲したのか?或いは巫女と名乗るが故に、誰かが神社がなければならないと思ったのか?なんにしても仮初の神社は作られ、漂う余白の様にあの狐が使い回す。そして、その神社にも参拝者はある。
たちの悪い事に、顔も見えぬ参拝者たちが。面を合わせれば同族と分かる。もしと呼びかけ、もしと返さねば妖怪と見られる。そして何より、あの狐は一声呼びの策も結果として使った。最初は声だけで、次は姿を見せて・・・。カタカタと上がる数字でそこに誰かいると分かれば、狐が反応せずとも名乗ればいい。
「さてなぁ、ニーチェ曰く神は死んだらしい。だから勝手に決めて勝手に歩く道もある。しかし、死んだはずの神は同じく人間の手で息を吹き返しもすれば、勝手に増やされた。昔の宗教家なら今の惨状を視ればブチ切れるだろうよ、次から次へと分けわかんねぇ神が産まれては忘れられて行くんだからよ。」
「そんなに容易く神は生まれるのか?我にはよく分からんのだが。」
「産まれる。お前のところには邪神がいるだろ?なら、あれはなんの邪神なんだ?」
「外より来て我々に仇なす者だ。そして、バン・ホーたちが戦いよき神とされた・・・。事実を言うなら、誰にとってのよき神かはしらん。単純にあの世界に住まう者達からすれば、守り神なのだろうがな。」
「そう。今そこに俺の知らねぇ神が生まれた。そして、形ができた。ブライト、神と仰々しく言った所で名も呼べぬ祀ろわぬ者たちはあやかしの類だ。それこそ、有史以来そんな祀ろわぬ者たちはごまんといる。それこそ、横にいる鬼一だって山岳信仰なら神格化されるしよぉ。」
「よせ。俺はそんな大層なものじゃない。」
「うむ。神は大層なものじゃない。」
「ブライト、意味わかっていってっか?」
「当然であろう?神が大層なものなら一括りにはされぬ。そして、こうして話して名を呼べる以上、同じ土俵に立つものでしかない。マリを見ろ、アレは普通に双子の雷神や朱雀を呼んでは仕事をさせている。なんなら、百鬼夜行では烏天狗も呼ぶぞ?」
「それはまぁ・・・。」
不可思議であり理にかなう話だ。交わらぬはずの境界が容易く崩れ去れば、神は名を持ち地に落ちれば人となる。そもそも神だから敬われるのではない、神としての仕事をこなすから敬われるのであって、名しかない者は居場所もない。立っているものは親でも使え、一柱と数えられるなら支柱にでもなって国を回せ。
どこの世も人の世と変わらぬ。それこそ、どこの神話でも神々でも妬み嫉み謀り、戦い殺し殺され滅ぼしての繰り返し。なら、戦に神を使うのは道理と言うものだ。そもそも地上を作ったオオクニヌシでさえ兄に殺されかけ、実際に殺され、再び生まれたら生まれた瞬間に圧死させられているのだ。戦うなと言う方が無理だろう。
「木本、ブライトは正しい。そして、俺達よりも下手をすればより過酷な場にあったかもしれぬ。」
「過酷な場に?AIと言うかゲームのNPCだろ?大元は。なにもなけりゃ寝て・・・。」
「バカを言え。不要なモノを抱え続けるほど我がいたところは優しくはない。役割があり、自身の行動があり、それでも稀人・・・、プレーヤーに話しかけられなければ不要とされる。そして、その不要が溜まればロストする。」
「ある意味生存競争のメッカみたいなところだな、おい。でも、ロストしたところで引き継がれるんだろ?」
「知らぬ。大人になれば子ができる。大人がロストすれば子は大人になる。その際どれほどの事柄を聞いたかなぞ、親と子しか分からぬならな。」
「・・・、ならばブライト。お前はどうなのだ?お前はアチラにもここにも体がある。そしてマリがいる以上、安々とはロストも許されぬ。それは下手をすれば縛られ続けると言うことだぞ?」
不要データは削除される。つまり、それは不要ならば存在そのものを許されぬと言うことだろう。だが裏を返せば必要なら、存続し続けられると言うこと。どこか窮屈でありつつも、合理性と言うものを突き詰めればそれは自然なことだろう。
必要不必要は古くは人が決め、今はAIが決める。故にAIの名に人はアマテラスを使った。常に日が昇り働かせ続けられる様、常に見守り苦労を減らすよう。
「だからなんだ?必要ならあり続けるのは当然で、世界がアップデート・・・、移り変われば我もまた変わるのは当然だろう?」
「あ〜・・・、鬼一。多分ブライトには時間経過っつう感覚が薄い。お前もそうかも知れんが、足腰が立たなくなって老いて朽ちる。そもそもブライトはマリの事を、死んでも復活すると思ってたくらいだしよぉ。」
「中々納得はできなかったが、そういうルールとして受け止めた。実物も見たしな。」
「俺はそれを見続けた、そして見送り続けた。狐がどうなるかは別として、おおよその人は歳を重ねれば死ぬ。横の木本もな。それがお前の言うところのロストだろう。」
「役目を終えればロストするのは必要なことだろう?我にどんな役目があるかは知らぬが、いる以上は役目があるものと考えている。」
石頭のようでそうではない。モノを知らぬようで達観している。それは多分、最初から考え方が違うのだろう。俺達は人から外れることでしか、自分たちを保てず・・・。しかし、それだけでは成立できずに伝承として残った。
逆にブライトは人からそうであれと作られたAIから始まり、狐に誘われ現実世界に迷い出て世界を歩む。厄介な話をするなら、座敷童子殿は既に土俵を越えてトラブルオンラインの中でマリと出会った。あの方が何を考えているのか、それとも考えていないのか?推し量るのは無理だろう。
「なら、なんでお前はマリにこだわるんだよ。別に俺でも鬼一でもいいだろう?移り変われるならな。」
「ソレとコレとは話が別だ。我はマリからブライトと名を付けられ受け入れた。そして、現実世界では弟として扱われる。末子成功譚と言うものを考えれば、我はマリよりも先にロストできぬし手本としてマリを置かねばならぬ。」
「かぁ〜っ!!なんでまたマリちゃんはこう・・・、錠前付けて鍵だけ持ってくかねぇ。」
「それは決まっている。誰のものかを示し、安易に使われぬためだろう?だからこそ、身内として置き目を掛ける理由を作る。これがただの友と言うならば、別れはそこかしこにあり綻びも増える。なにより、ブライトはマリから桃を貰ったのだろう?なれば、血肉を分けたと言ってもいい。」
「だから困ってんだよ。老け込むには早ぇが重ねた歳の分、常識ってもんがのしかかる。AI黎明期を駆け抜けて、ようやく最上段に上がったつもりが更に登れと言われた気分だ。」
「生きるとはそういうものだぞ、木本。勝手に産まれては知らぬ所で勝手に別が産まれ、巡り巡って形を作る。だからこそ隙間もあれば、うっかり跨ぐ者もある。」
木本は頭バリバリ掻いているが、結局のところ人が思うように世は動かぬし、穏便にそれをなそうとするなら、今度は人を集めて流れに沿うように使うしかない。
「ちっ!ちょっとパーキングエリアに寄るぞ。一服ついでになにか買ってくる。」
「今晩は月夜だ。精々、狐に騙されぬようにな。」




