255話 旅立ち
「お前ら・・・、何してんだ?」
「こーちゃん!」
「今は真利分を補給中です。これがないと私は、明日への気力を著しく低下させ、真面目な仕事人間と化します。」
「お前の真面目さは分かってるからいいとして・・・、マリちゃん生きてっか?柊も背中タップされてんぞ?」
「荒療治なのでお気になさらず。自身がどこにいるのか?それを存在レベルで疑い出せば、彼岸を渡ることもあるでしょう。」
「お前が彼岸を渡らせてるように見えるが・・・。」
「プッは!華澄、苦しい!死ぬ!」
「真利、それが生きる苦しみよ。」
「窒息の間違いじゃない?まぁ、おかげで生きてる実感は味わえたけどさぁ・・・。」
濡れタオルを顔に被せられたわけじゃない。ただ、華澄のデカい胸が俺の顔を覆っていただけさ・・・。まぁ、ぬくもりも柔らかさも匂いも、過去に感じたモノと変わらず落ち着くと言えば落ち着く。前に聞いたら確か金木犀だったかな?そんな感じの香りのする香水を使ってるとかなんとか・・・。
「ならいいわね。真利は私の夫でここにいる。だからどこもいかないし、ここへ帰ってくる。」
「胸を指差しながら言わなくてもいいよ。ちゃんと戻って来ま・・・、どさくさに紛れて既成事実積もうとしてない?まぁ、いいんだけどさ。」
「っしゃー!」
「柊、今は夜中でここは病院だ。黙れ。」
華澄がガッツポーズしながら叫んでるけど、木本さんの言うように夜中だから静かにして欲しい。まぁ、言われて黙ったからいいとして、木本さんがここへ来たってことはそろそろ帰るのかな?
「今日はもうお帰りで?」
「その予定だ。流石にこの歳で夜勤は堪えるが、これから鬼一んとこまで車走らせて、そっから岩戸を空港まで送ってから上がりだな。後部座席もフルフラットにせにゃならんし・・・。」
「確かにアレで普通に座れるとは思えないですし・・・。私でも車での移動には難儀した。」
「背中になんかあるってのは想定して作ってねぇからな。まぁ、これから俺はちっとばかし忙しいが何かあれば連絡してくれ。」
「くれぐれも気をつけてくださいね?」
「こーちゃん気をつけてね?何かあったらすぐに駆けつけるから!」
「おう、そんときは頼むわ姫子。岩戸、準備がいいなら行くぞ?」
>> 私は大丈夫です
雁木さん、トラブルオンラインにログインするのは
いいですけど、ゲーム内でのブライトとの接触は
できる限り控えてください
「分かりました。岩戸さんも何かあったら連絡して下さい。」
そう言って木本さんと岩戸さんは部屋を出ていき、俺と華澄も後を追う。姫子さんもスマホを俺に返して付いてきたので、木本さんの見送りに来るようだ。一応、ブライトが鞍馬さんところに行けば、連絡手段は限られるし、特にこれと言うことはないと思うけど見送りくらいはね。
「我は本当にマリと離れなければならないのか?なにかこう・・・、共にある手段は?」
「スマホやスマートレンズがあればVRで会えるとも言えますし、そうでなくとも2日に一度はこちらに来れるので、その時にモフるなりして下さい。流石に私と来ても、ブライトさんを部屋に置いたまま診療等は行えません。医院長としても、鞍馬さんのところならとOKはでています。」
「む・・・。やはり羽か、面倒なルールだ。」
木本さんが車を裏に回すと言うので、一旦分かれて裏手に行くと、白み出した空の下でブライトと三枝先生が話していた。羽は結局シーツを被せることもなく剥き出しだけど、下手に隠すと突っ込まれた時に言い訳もしづらいしねぇ。
初めて着物から洋服に変わった時、日本人はハイカラと言って勝手に最先端のモノとした。スマホが初めて発売された時、それもやはり最先端のモノとした。それから進んでスマートレンズやらVR、脳波にナノマシンなんて技術が発展して、人は他人にある程度無関心になった。
なにせ相手の見ている世界と、自分が見ている世界が同じではないと知ってしまって、それを受け入れてしまったから。いや〜、繁華街とか行くと電子広告とか邪魔よ?昔はティッシュと配る人と広告は一緒だったけど、今は勝手に広告だけが人についてくるし・・・。邪魔なら消せばいいんだけど、それもまた見てる人と見ていない人がいるから、深くは気にしてなんていられない。
「郷に入りては郷に従え。私はブライトの世界に行く時にルールを無視なんてしないし、許された範囲の自由で自由に振る舞う。なら、ブライトもこっちの世界に来たなら、許されたルールの範囲で自由にするといいよ。」
「マリ・・・。なら、我の羽も自由では?」
「自由でいいよ?暴虐なる姉が、その羽を毟り取って手羽先にしてカラッと揚げて食うから。」
「真利、体に悪いから食べちゃうダメよ。どうせ骨と皮しかないんだから。」
>> 柊さん・・・
論点はそこじゃないんじゃ・・・
「そうですね。仮に切除して唐揚げにしたとしても、骨を噛めば歯が欠ける可能性が高い。」
「だから、我はなぜ毎回食われる!?我は王ぞ!」
「・・・、ぷっ!ははは・・・いつものセリフ入りました〜。本気にしないでよブライト。誰も取って食いはしないよ。まぁ、羽のことでなにか聞かれたら、逆に堂々と『姉の手伝いだ』とでも言っといて。あと、これ。」
三枝先生もノリノリで返してくれたし、他の人も笑っている。旅立つならしんみりするよりは笑わないとねぇ。変に沈んだ気分で踏み出す一歩は重いけど、笑いながら踏み出す足は軽い。
「なんだこの棒は?」
「ブライトには見えないかもしれないけど、AR表示で撮影中って書いてある。最悪それを持ってれば説得力は増すし、それ以上の事を話さなければ人は勝手に推測してくれる。これが、こちらで渡せる装備品だね。」
「装備品か、なら存分に使わせて貰おう。」
>> やっは雁木さんのコミュ力は凄いなぁ・・・
ブライトが棒をブンブン振ってるけど、剣じゃないんだから・・・。まぁ、木本さんが来るまでは振っててもいいけど、表示中に振り回すと周りの人が読めないぞ〜。
「それ、杖だから振り回さずにいてよ?」
「そうなのか?我にはやはり何も見えん。」
「う〜ん・・・、バフとかも知りたいけど・・・。」
「マリちゃん、流石にそれは危ないですよ。」
「分かってますよ三枝先生。」
「お〜い、来たぞ。」
木本さんの声がして車が滑り込んでくるけど、助手席には姫子さんが座ってる。・・・、そこに岩戸さんが代わりに座るわけだけど、素直に譲ってくれるのかなぁ・・・。姫子さんの木本さんラブっぷりはかなり凄そうだし・・・。
「こーちゃん、このままドライブいかない?朝日を見ながら夜明けのコーヒーをしっぽりと2人、ベッドの上で・・・。」
「いかねぇよ、仕事だ仕事。先に言うが仕事と私どっちが大事とか・・・。」
「言わないよ?私はこーちゃんのお嫁さん、だから家も守るしお金の大切さも知ってる!でも・・・、たまには私にも構ってね?」
「・・・、分かってる。」
「・・・、砂糖吐いていいですか?」
「真利が吐かなくていいように、私が甘さを与えるけど?」
「いや、私は甘党じゃないし・・・。さて、ブライトは後ろか。」




