232話 前よりは精神的に安定してるぜ
「話す・・・、その心構えはとても現代的ですね。ペンは剣よりも強し。しかし、ペンでは迫る刃を受け止められない。ズルい言い方をするなら、その仕事をしているから自分の危険を容認しろ。私は一般人だから関わらない、そう言う風にも聞こえますが?」
「卜部さん。そう言った議論は別でしてもらえませんか?ここは病院ですよ?」
「おっと失礼、天野医院長。」
この人分かってて話したな?探りと言うよりは潰し。心理と言葉で方向性を自分のいいように指す方法。今の話を聞けば普通の人なら黙るか、或いはそんな事ないと反論する。そして、反論すれば『なら、力を貸して下さい。』と言う論法に持ち込める。
次に切る札は華澄と言う、俺の身内が知らないところで危険にさらされるとか?実際雪山で華澄は凍傷になったし、死にかけてもいた。フラットにものを見ず感情で話すなら、そこを突かれた時点でも卜部と言う人に有利な話はできる。なにせその場に俺もいて、華澄が危なかったことは事実でなかったことにもできない。
「なるほど。卜部さんの言わんとしていることは分かります。」
「なら、尽力していただけると?」
「ええ。配信者やってるんで、提供に宮内庁と入れましょう。」
「・・・、うん?」
「どうされました?イメージキャラクターとしての広報活動、これを願われたんですよ?私は。なら、提供を入れて宮内庁の活動をアピールするのも手ですし、その活動の一環で外を出歩くのも仕事になりますよね?当然、省庁の提供を入れるからには関係者が近くにいる必要もあります。なにせ監督してもらわないと、私としてもどこまで許されるかが分かりませんから。」
「なるほど。監督としての宮内庁を、雁木さんは受け入れると?」
「ええ。映像に残すモノを撮影しますからね。それが収益になり私のお給料になります。まさか、商品にもならない映像を撮影して来いとは言いませんよね?」
「映像の買取と言う判断もありますよ?」
「撮影した個人が売るかどうかは決められますが?」
(三枝主任、マリちゃんが笑ってます。卜部さんもですけど。)
(敷田さん、アレは笑っていません。腹の探り合いです。どちらが有利不利ではなく、どこまで妥協するのか?マリちゃんは元々営業マン、それも医療機器を医者に売り込む人です。なら、営業心理学等も修めているでしょう。)
(私もここでいい?スマートレンズでのメッセージだから、あの2人には分からないだろうけど、卜部さんの性格を考えると中々引かないんだよなぁ・・・。)
「いえいえ、撮影機材は私達が用意しましょう。普段はスマホでの撮影のようですが、いい機材があればよりクリアな映像が撮れますよ?」
「そうもいきませんよ。ゲームの配信にAR神社のデータ、ライブ配信をするなら私のスマートレンズに飛んでくるメッセージ。そうでなくとも、ブライトの表示を考えると新機材に無闇矢鱈と飛びつくわけにもいかない。それに、AIアマテラスに質問することもありますからね。」
これで卜部さん側としては、扱いづらい人物にはなれるかな?木本さんから聞いた話を考えると、どうも宮内庁としては妖怪と言うか電気精神体のデータをアマテラスに渡したくない節がある。
まぁ、アマテラスが電気精神体を、どうやって健康にしようとしているかは知らない。ただ1つ言えるのは、AIと電気精神体は同じ土俵にいると言うこと。だから、座敷童子大先生がトラブルオンラインにやって来たりもするんだしねぇ。
「そのガイド役に木本や柊が立つなら?」
「毎回僻地に行って、そこで撮れ高が確保できますか?自分の住む県や街の情報なんて、今ならスマートレンズの検索で一発ですよ?確かにディープな映像を好む人もいますけど、私のチャンネルの場合、最大でも1人千円、その上限がある。」
「それで採算が取れるほど、お金には困ってない。そして、宮内庁側で予算を組むと言っても雁木さんは蹴るでしょう?」
「ええ。広報活動費用はもらうかもしれませんが、厳密に職員でないなら、そのお金はなんのお金か分からない。なによりゲームする時間が減るし、今は病院側との契約もある。」
「病院側との契約・・・、雁木さんは健康なのでしょう?ご自身が退院すると宣言すれば、その後は契約の更新と言う話になるのでは?その際、私たちと契約すると言う選択肢もあるはずですよ?」
「あるはずは未確定の話ですね。別にその選択肢を捨てる気はありませんが、今時点ではまだ分からないことの方が多い。」
「だからこそ、私が来て天野医院長とも良好な関係を作ろうとしてますよ。まぁ、厳密には木本や柊が現場側として動きますが。ね、天野医院長?」
「えっ!?そこで僕に振るの!?」
「天野医院長が言ったじゃありませんか、ここは私の城だと。私としても医院長の許可なく、病人をどうこうする気はありませんし。」
(卜部さんの話って本気なんですかね?)
(建前でしょう。ですが、その建前は中々に硬い。少なくともマリちゃんは入院患者として登録され、それはアマテラスも医療AIも認めていますし。)
「それで私がOKを出すと?悪いが医院長としては、患者承諾しないのに勝手に事を進めることはできないよ。」
「外的社会復帰プログラム。社会参加も退院の最終地点でしょう?そのプログラムの協力機関として、雁木さんを我々は受け入れますが?」
「確かにその点は医者としても否定しづらい。しづらいが、マリちゃんは既に配信者として社会復帰に動いている。逆に卜部さん、このまま行くと宮内庁側が困るから、早期に囲い込もうとしているのしょう?」
医院長が言うことが図星なのかは分からない。分からないけど、立ち位置を考えると放逐はしてくれないと思う。そこで出てくるのが卜部さん達の電気精神体へのスタンス。見た瞬間死ね!と襲いかかることはないと思う。
それはもう姫子さんの件で証明されてるし、仮に掟が最優先とするなら、受肉した時点で最悪姫子さんは刑務所とか監禁なんてことになるだろう。でも、現実では病院にいて木本さんの妻になろうと奮闘している。
つまり柔軟性はある組織だと評価はできる。なら、なぜ俺を欲しがるのか?単純に封印要員?ぬらりひょんがカボチャを選んで動けなかった事を考えると、今までは追い返すことしかできなかった者を本格的に管理できる手段と見ているとも言える。
問題はその事を医院長が卜部さんに話しているのか?下手に話して藪蛇になるのは避けたい。う〜ん・・・、あまりにも判断する材料がなさすぎる。
人間だから人間の見方をしろと強制しているわけでもないし、単純に俺の姿を問題視していると言うなら、勧誘する意味もまたない。なにせ関わらなければ俺は病院にいるか、華澄のところに厄介になって平穏に過ごしていると思うし・・・。
誰も本音は話さない。それが大人で本音なんてものはその時その場で変わる結構あやふやなもの。だからこそ、契約書やら証明なんて話があるんだしねぇ。
「囲い込む?雁木さんは人として国もシステムも認めていますよ。私たちとしても、その根底は崩せません。」
「なるほど。なら今時点で私は人間で、あくまでマスコットとして宮内庁は欲しいと言うことですよね?最初から物事の結果を出すことはできませんし、なにより私にどうして欲しいかも分からない。なら、配信時に提供を差し込むくらいからが限界では?」
「提供・・・、提供:宮内庁ですか?協賛でもいいですよ?」
「組織名をだしていいなら提供となりますね。ただ、普段の配信時ではなく神楽や神社を紹介する時くらいですが。協賛だと同じ目的を持って、資金提供されているととられます。あくまで個人の活動として施設を紹介させて貰っている、伝統芸能を教えてもらっている、そのスタンスは外せません。」
確認されると言うなら、中訳を入れるのは忘れない。下手に全ての動画に『提供:宮内庁』と入れたら、それこそもう外堀が埋まった状態になる。あくまでそう言った文化的なものの紹介や、キャラクターを買われて案件を貰った的なスタンスにしておかないといけないし、協賛なんて入れれば断る口実ごと潰される。
「なら、神楽を舞った配信動画に、早速提供:宮内庁とか入れますか?」
「それこそまさかですよ。私が舞った神楽はゲーム内の神楽と言うか、大魔法を使う時の舞です。なんの説明もなくそんな提供は入れられません。それに、今の話事態スマートレンズ越しにアマテラスもある程度見ているでしょう?」
「なるほど。なら、次は木本の方から軽い案件提案をさせていただきましょう。廃神社を配信の舞台に使われているなら、神社紹介とかのね。」
そう言うと卜部さんは冷えたまんじゅうを一口で食べてしまい、お茶を飲んだ。これ以上は話す気がないと言う意思の表れでかつ、口に物を入れてるから話しかけるなと言うことだろう。
マズったな、食う前に近場の神社と言わなければならなかった。そうしなければ、相手の指定する神社がどこか分からない。それに、食いながら医院長と出ていってしまったし・・・。
扉が閉まると同時に、俺のスマートレンズに『卜部 時臣』と記された情報が飛んでくる。これでいつでも連絡は取れるけど、そんなに取りたいものではないかなぁ〜。
「結局どうなったんですか?マリちゃん。」
「どうなった・・・。落としどころを見つけて、今回は軽い話し合いで終わらせたとかですかね?最低限の繋がりは残しつつ、互いの自由も奪わない。そんな感じですよ敷田さん。」
「話を聞く限り悪い話ではなかったと思いますが?」
「そうでもないですよ、三枝先生。下手に職員になれば、今度は組織の一員としての上下ができる。例えば姫子さんの件で上司である卜部と言う人が『木本さんを見捨てて人柱にして解決する』と判断したなら、私は感情での拒否も潰されて従うしかなくなる。」
営業マンとしての武器。それは相手の傘下に入らないこと。それで対等な立場にもなれるし、拒否する時の盾にもできる。下手にでるのと傘下に入るのは全く違うからねぇ。俺達は物を売りたい、相手は買わないことも選択できる。
一見買い手が有利に見えるけど、裏を返せばその商品が手に入らなければ仕事にならないと言うこともある。特に医療機器系の取引はその特色が強いのよね。
「なんというか、私は医者としてしか仕事してませんけど営業って大変なんですね・・・。」
「人の命を扱うよりは楽ですよ。最悪でもお金ですみますからね。」
まぁ、多額の損失なんて事があれば肝は冷える。だからこそ、AIにも上司にも話を通して、確認し合ってから契約を結ぶ。それとは別に、割とこうして人と議論するのは面白い。




