212話 自分の進化に気付く人はいない
コンコンと言うノックの音で目を覚ます。元日の朝、日の出も見ずに尻尾に囲まれベッドの上で黄金饅頭になってたけど、そんな惰眠は終わりを迎える・・・。はい、腹減ってるから朝飯ですね。
「明けましておめでとうございます、三枝先生。」
「おはようございます、マリちゃん。元日の朝と言うことで・・・。」
「おっ!おせちですか?」
「いえ、プロテインを練り込んだ餅を作ってみました。チョコやいちご味があります。」
「おぉ〜・・・、ちなみにレシピは?」
「もち米で餅を作って、そこにプロテインを投げ込んだだけですが?」
「・・・、私の高級だったかもしれない和菓子の夢が・・・。」
確かどこかの和菓子屋がプロテイン入りわらび餅を作ったと、ネットニュースで読んだ記憶がある。それを期待したけど、三枝先生は力技でプロテイン餅を作ったらしい。
差し出された餅は茶色やピンク、バニラなのか白色をしている。確かに甘そうな香りもするし、見た目だけなら普通の餅っぽく見える。ただ、コレどうやって食うんだろうか?
「試食とかしました?」
「できたては美味しかったですよ?多少の粉っぽさはありましたが。」
「ならこれは、できたて判定でいいんですよね?」
「いえ、冷えて固まったのでレンチンしてきました。どうぞ。」
そう言われたので餅を手に取ると、確かにほんのり湿ってて温かい。そして、口に入れると確かに多少の粉っぽさはある。でも、それよりもこう・・・、ヌルっとした感じがして口の中にくっつく。
「評論とかいります?」
「食リポではなく評論・・・、マリちゃんはそんなにいいものをいつも?」
「男の独り暮らしだったんですよ?食べ歩きしても文句言われない程度には、稼いでふらっと食べには行ってましたね。コレって生チョコ餅にした方が食べやすくありませ?」
「ふむ。それは考慮しましょう。それと、コレがマリちゃん宛に届きました。」
「おぉ〜、今度はちゃんとおせち。と、なんですこのミニ鏡餅。」
受け取って差出人を見るとおせちの方は両親から。いずれは会わないといけないんだろうけど、中々踏ん切りがつかずに先送りにしてしまっている。添えられた手紙には母の字で『早く良くなりますように』と書かれているのが、余計にどうしたもんかと思わせるんだよなぁ・・・。
会ってしまえばどうなるのか?流石に一発で受け入れて貰えるとは思えない。俺を俺とするデータは揃ってるけど、それ以上に本人たちの気持ちの方がなぁ・・・。コレもどこかで決着をつけよう。
それとは別に、プラスチックでできたミニ鏡餅の方には『宮内庁 卜部 時臣より』と簡潔達筆に書かれている。今時珍しい。電子ペーパーやらアウトプット装置やらで、今の人は手書きでなにかを書く機会は少ない。だから、字の汚い人の方が圧倒的に多い。
俺?俺は普通かなぁ〜。トラブルオンラインの写経で鍛えられたし。それはおいておくとして、この卜部と言う人は知らない。多分華澄や木本さんの知り合いだとは思うけど、いきなり鏡餅送られてきてもなぁ〜。一応、ひっくり返して底を見ると、ミニ餅が入っていたので取り出してみる。
「普通の餅?・・・、三枝先生いります?」
「いえ、餅はたくさんあるのでいりません。非常食として保存しておくといいでしょう。さて、元日からですが頭の痛い話をします。」
「せめて三が日に終わってからにしません?」
「マリちゃんがいいなら、私は構いません。」
「そう言われると気になるじゃないですか・・・。大概なことでは驚きませんけど、なんです?」
体が全部ナノマシンになった。狐の耳と尻尾が生えた、男からおんなになった。あと、火達磨になって死にかけた。流石にこれだけ経験すればドンと構えるだけの肝は座ったはず!むしろ、これより驚くとすれば・・・、華澄が妊娠するとか?
「マリちゃんから毛を貰ったのは覚えていますね?」
「ええ。年の暮れに何本か渡したのは覚えてます。えっ!なにか引っかかる項目でも?先にいいますかど、薬物とかは使ってません。」
「違法薬物を使用した場合は先に警察が動きます。そうではなく、まるっきり離れているわけでもないのですが、毛と言うものはどう言うものか知っていますか?」
「毛ですか?う〜ん・・・、キューティクルの状態がいいとエンジェルリングができるとか?」
自分の髪をフサァ〜と、やってみる。ツヤツヤスベスベでどこも傷んでない。割と雑に頭洗ったりしてるけど、尻尾も含めてあんまり抜け毛は見ないんだよなぁ〜。まぁ、それだけ食ったものを、ナノマシンがエネルギーに変えてるんだろうけどさ。
「それは美容方面の話ですね。ただ、間違いとも言えません。人の髪の毛は一日に約0.4mm程度伸びます。そして、大体100cm程度で切らずにいても抜けます。」
「ほう。なら、ギネスの人はどうなんです?床につくくらい伸びてますけど。」
「それはもう遺伝的に髪の成長期が長い方です。本題はそこではなく、キューティクル。髪の表面のウロコ状のものの大半はケラチンと言うタンパク質です。これは非常に硬く弾力のあるタンパク質で、一度その構造に閉じ込められると閉じ込められた物が溶け出すことはありません。」
「あっ、だから薬物の話が離れてないと。ある意味タイムカプセルみたいなもんなんですね。」
「ええ。だからこそ、マリちゃんの進化を調べるにはうってつけです。そして、マリちゃんは思いもよらぬ進化をしています。」
「・・・、実は太ってるとか?」
「体積の増加=容量が増えると言う、機械的な進化はそれかもしれません。ですが、そうではなく。ナノマシンのサイクル的なものです。人の細胞の入れ替わりは、骨を除けば概ね半年でリニューアルされます。そして、バイオナノマシンもリサイクルできないものは概ねその周期で入れ替わります。マリちゃんのデータを検証していくと、雪山に行った後からナノマシンの更新サイクルが急激に活発化していますが、なにか心当たりはありませんか?」
「雪山でなにか?姫子さんじゃないですよね?」
「完全に否定はできませんが、それが一番の要因とは言えません。例えば日常生活で変化はありませんか?味覚が変わった、趣向が変わった等の。」
「う〜ん・・・、たまに空気が美味しいとか?」
山の空気はうまい。それは多分きれいだから。なら、病院の空気がうまいのは?中々理由が思いつかないんだよなぁ〜。確かに消毒やらされてるし、空気清浄機もいいもの使ってるんだけど、大前提として今の時期だと風邪やインフルエンザの患者が押し寄せてくる。
そうでなくとも、感染症の病人がいればウイルスは広がる。なのに、病院に帰ってきたときも空気がうまいと感じたんだよなぁ〜。
「やはりですか。」
「なにがあったんですか?」
「髪の毛を抜いて貰ったのは正解でした。毛根から変化点までの長さを知れば、概ねどの時点で変化があって、なにが要因かも分かる。端的にいいますが、マリちゃんのナノマシンはエア・プロテインを自己生成しようとしています。」
「自己生成しようとしている?しているではなくて?」
「ええ。しようとしている、です。髪を調べると失敗したのか、硫黄の痕跡も見られますし、鉄分が多くなったところも見られました。まだ詳しくは全てを調べていないので、どの程度の適応率が・・・。」
「・・・、緊急換装。」
「・・・、それは敷田さんから報告のあったスキルですよね?」
「無から有は作れない。でも、この世になにもないって、存在するんですか?」
「ありえません。医者として言わせてもらえば、なにもないとは死んだ後の空間です。つまり、存在そのものが証明できない未知の空間となります。現に私達はウイルスとも戦いますから。」
「・・・、めっちゃ悪い金策は思いつきました。」
「なんですかそれは?」
「精密機器のスクラップ工場近くで緊急換装ゴールドリングとかやると、本当に金の指輪ができるかもと。」
電子基盤には山程金が使われている。それこそもう、大昔に古いスマホを差し出せ!それを溶かして金にしてリサイクルするから!と政府が言うくらいには金の需要は高い。まぁ、今はかなり落ち着いて、それこそ保護膜くらいにしか使わないんだけど、やっぱり高いものは高い。
「先にいいますが、出入り口は必要ですからね?」
「出入り口?あっ!だから空気がうまい?」
「ええ。味覚の変化を先に聞いたのはそれです。仮に鼻からだけだとするなら、鼻の粘膜はかなり痛む。それこそ、ナノマシンによる再生を加味してもくしゃみは頻繁に起こる。皮膚からの吸収なら、衣服着用による不快感がでる。しかし、マリちゃんはくしゃみもしない、服も脱いで裸族になろうともしない。」
「流石に病室で裸族はちょっと・・・。」
「真面目な話ですが?」
「真面目に裸族は嫌と言っています!」
「それは病気の人に謝ってください。帯状疱疹では服が擦れるだけで痛いと、夏場なら裸になる方もいます。」
「それは・・・、すいません。」
「よろしい。最大の取り込み口は口です。そして、体内に持ち込まれたモノを再定義しやすいのもまた、体内です。」
なんか釈然としないけど、真面目な話か・・・。真面目な話だけど、体内に持ち込まれたモノを再定義するって、要は食ったら出すって話だよな?・・・、やっぱり緊急換装は定期的に使わないとまずい?じゃないと、結石とかが・・・。
「スキルを使えって話ですよね?」
「息をするなとは言えません。ただ、スキルを使えに直結するかは微妙です。」
「微妙?取り込んだら出さないとたまり続けるんじゃ・・・。」
「そこがカラクリです。スタートをエア・プロテインを作るためだと仮定するなら、微生物や花粉等は有用ですが人体に有害な物、例えば硫黄等は本来極端に体内に取り込みません。ただ、注意点をあげるなら、髪が重いと思ったらなにかしらの物を取り出すか、バッサリと切ることをおすすめします。」
「キューティクルに閉じ込められてるってやつですね。分かりました、その点は考慮します。そう言えば敷田さんに渡した指輪ってどうなりました?」
「多方面から研究中・・・。と、言いたいのですが滞っています。」
「なんでまた?」
「マリちゃん、ここは病院であって科学研究所ではありません。金属分析は完全に専門外ですよ。」
「それは確かに。」
「ええ。それに出所不明のシルバーリング、銀の価値そのものは高くありませんが、それでも下手なところに持ち込むのは躊躇われる。これもまた、宮内庁との連携が密になってからですね。」
「もう、それは私じゃどうしょうもないので任せます。って、この鏡餅宮内庁からでしたよね?」
「ええ。私も卜部と言う方は存じ上げませんが、差出人を誤魔化せるほど流通システムは脆くない。多分、近い内に会うという先触れでしょう。」
「偉い人がなに考えてるかなんて分かりませんけど、どうせならお年玉・・・。いや、現金貰っても怖いか。普通に名刺とか・・・、それじゃ既に対面か・・・。」
俺を忘れるなよ!そう言う意味で記憶に爪痕残そうとするなら、こんな突飛な方法もあり、か。強いて言うなら、先に華澄か木本さんから誰々から贈り物が届くと言っておいてほしかったな・・・。
「さて、私は一旦部屋に戻ります。先に言いますが!食事はきちんと食べてください。エア・プロテインを精製しようとも、それで満たされるほど人は易くない。」
「それはもちろん。食べ物があれば食べる。それは普通のことですよ。」
三枝先生は出ていき、残された俺はとりあえずおせちに舌鼓。伊勢海老とは言わないが、大きいエビがうまい!嫌いなものは横に追いやり、好きなものだけとりあえず食べる。偏食?言うなよ、とりあえずタンパク質があればいい体なんだしさ。
そんな事を考えながら、掲示板と化したチャンネルを見ると『あけおめ〜』が流れまくってる。まぁ、今起きた人もいるし、反応しただけの人もいる。一旦あけおめやことよろ、それの類義語を除外して状況を見ると・・・。
「一晩中カオスかよ・・・。」
イエス邪神、強行タッチ!を合言葉にジャイロに集まったプレーヤーが強行策に出たらしい。他の配信者のアーカイブを見ると、新年バンジー祭りのタイトル通り足の速いチャリオットで崖っぷちから飛び、更に飛び蹴りやらのアーツを使って距離を稼ぐも、ワイバーンに撃ち落とされてる落下したり、ピクシークライミングで渡り切ろうとして同じくワイバーンに撃ち落とされて落下したり・・・。
極めつけは古参だろうプレーヤーが種族は違うものの、俺と同じ装備をして試したものの、今度は邪悪なる妖精王がはたき落としに飛んでくると言う珍事が・・・。まぁ、学習型AIだし一度成功されて試す人が多ければ防衛策もたてる。
ただ1つ言えるのは、古参の人がむさ苦しいバイキング風なアバターだから、ナインテールがとことん似合わない。こう・・・、動物の毛皮を腰巻きにしてる風ならいいんだろうけど、最初からフルクロスというか前に持ってきてるせいで、胸毛ボウボウ金色ギャランドゥチックに・・・。
「と、言うか。忘れられてたナインテールを引っ張り出す人まで出てきたかぁ。3年・・・、もう4年目だけど、今まで復刻イベントはないから、この先どうなるやら。流石にセコいって評価は・・・、ないかぁ。盾としてはいいけど、ダメージソースとしては下の下だし。」
実際、動画を見ていると、どうにかして距離を稼いでから盾サーフィンがいいっぽい。なにせ1人はそれで邪神タッチに成功して、ポータル解放後にサムズアップしながら落下したと書き込まれていた。
流石にこの方法は運営としても対処には困るんだろうけど、心の叫びを代弁するなら『いや、ガチンコで攻略しろよ!新しいモンスター配置してんだから!』だろうか?なんにして、俺も真っ二つにされたからガチンコはちょっと・・・。
「よし、腹も膨れたしゲームにログイン!」




