9・婚約の話し合い
最初、アーシャル公爵家から手紙が届いたと聞いた時は、「なにかしらの罰が与えられるのか?」と戦々恐々としていた。
先日のお茶会では、フェリクスにあんな失礼な真似をしてしまったのだから。
しかし予想とは反して、手紙には処罰の内容どころか、「フェリクスが私と婚約したいと考えている」という旨が記されていた。
「やったな! クラリス!」
「黄金の貴公子もクラリスちゃんの魅力にメロメロだったのよ!」
「さすがです、お嬢様!」
両親とメイドのリタが喜んでくれているが、当の本人である私は焦っていた。
なんで!?
だって、先日のお茶会では「私に構わないで」と言ってから、一度もフェリクスと喋らなかったのに!
一体、どこに彼の私への好感度が上がる要素があったの!?
もしかしてフェリクス、ドMなの? 女の子に罵られたら興奮するタイプ? いや、そんなことはなかったと思うけど……。
なんにせよ、このままじゃまずい。なし崩しに婚約させられてしまう。
「どうした、クラリス? あまり嬉しくなさそうに見えるけど……」
「い、いいえ。そんなことはないわ。嬉しいけど……私なんかで本当によかったのかなって」
「なにを言うんだい! クラリス以上に美しい令嬢はこの世にいない。フェリクス様が君に惚れたのも必然。神のお導きなのさ!」
興奮しすぎているのか、お父様は大仰なことを言っている。
だけどそれを誰も否定したりしない。異常な光景だわ……。
あまりに周りがはしゃいでいるものだから、反対に私の方が冷静になってきた。
そうだ……まだ婚約の話が来ただけだ。確定ではない。
死に戻る前のことを思い出す。
フェリクスは確か結婚願望を持たない男だった。
しかしアシャール公爵家の伝統を守るため、そして両親から無理やり婚約を押し付けられて文句が言えなかっただけだ。
だから本人としては婚約には前向きではない。
そこを突けば、婚約の話が白紙になるか……?
そうだ。白紙にしてしまえばいい。
今の私のどこが気に入ったかは分からないが、穏便に嫌われればいいだけのことだ。
……いや、穏便に嫌われるってどういう事態だと思わないでもないが。
しかし私には死に戻る前の記憶がある。
その経験を活かせば、きっと上手くいくはず!
「よーし! 急いで、アシャール公爵家に返事を出そう!」
「出迎える準備もしなくっちゃね! クラリスちゃん、新しいお洋服を買いましょうね」
「私もお手伝いします!」
私の心配をよそに、両親とリタは公爵家との話し合いに向けて盛り上がっていた。
婚約の話し合いの日が近付くにつれて、私の胃はキリキリと痛み出した。
それを心配し、両親が医者を呼ぼうとしたが……断っておいた。医者にかかるのもお金がかかるからだ。それにたとえ名医でも、この私のストレスは取れないだろう。
しかし嫌な日ほど、早く訪れるものである。
あっという間に話し合い当日となってしまった。
フェリクスは何人かの従者を引き連れて屋敷にやってきた。それを私たちが客室に招く。
そして対面に座り開口一番、彼はこう言った。
「本日は急な話にも関わらず、このような場を設けていただき、ありがとうございます」
聞いていて心地よくなる声。
十歳で自分の婚約の話というのに、そこには一切の緊張が含まれていないように感じた。
さすがフェリクス……黄金の貴公子と呼ばれるのもだてじゃない。
十歳にして、既に人格者として完成されているのだ。
「い、いえいえ! こちらこそ、ご足労いただきありがとうございます!」
「クラリスちゃ──クラリスのことを気に入っていただいて、母親としても嬉しく思います!」
一方、お父様とお母様はあたふたしていた。
これじゃあ、どっちが年上なのか分かったものじゃないわね……。
それから少しだけ世間話をした後、話の本題に入った。
「今回、お話しさせていただきたいのは、クラリスさんとの婚約の件です。しかし当人の意思も確認せずに、婚約の話を進めるのも僕の好みではありません。ゆえに本日はクラリスさんのお考えを聞かせていただきたいのです」
フェリクスが言うと、部屋にいる人たちの視線が私に集まった。
その異様な雰囲気に、私は一瞬息を呑んでしまう。
さあて、ここからどうしようか。
私としては婚約を成立させるわけにはいかない。
だけど両親にこれだけ期待されておいて、いきなり「婚約しません」と言うのは、いくらなんでも蛮勇が過ぎる。
ゆえに私は牽制の意味も込めて、まずはこう質問した。
「はい。フェリクス様にそう言っていただけて、私も嬉しいですわ。しかし……一つ確認を。フェリクス様は私のどこに惹かれたのですか?」
「全てです」
フェリクスが即答する。
「えーっと、しかし先日のお茶会では少ししか言葉を交わしていませんよね。それなのに、そこまで絶賛されるのは少し違和感があるといいますか……」
「クラリスさんがそう言うのも、無理はありませんね。そうですね……ならば、僕の一目惚れと言い換えた方がいいでしょうか?」
ひ、一目惚れ!?
ちょっと待てよ……死に戻る前、フェリクスとは似たような話し合いの場を設けたけど、彼はその時こんなことを言わなかった。
確か「結婚して、後継を産むのは貴族としての義務です」とか言って、はぐらかしていたような記憶があるけど……。
私の良いところなんて言わなかったし、ましてや『一目惚れ』だなんて、彼から一言も聞いたことがない。
前とは変わっている?
ならば、まだ希望はあるかもしれない。
「そ、そうですか」
「クラリスさんはどのようにお考えでしょうか?」
ぐいっと前のめりになるフェリクス。
淀みのない瞳の色をしている。
先ほどの『一目惚れ』という言葉も決してリップサービスではなく、本心から言っているのだろう。
このまま勢いに任せて「うん」と頷いてしまいそう。
しかし……立ち止まるのだ! クラリス・ギヴァルシュよ!
「ま、前向きに考えさせていただきたいと思っています」
もちろん、これは嘘だ。
フェリクスと婚約だなんて、したくないに決まっている。
しかしフェリクスは分かりやすく表情を明るくした。
「それはよかった……!」
「で、ですが! 不安なのです」
「不安……ですか?」
首を傾げるフェリクスに対して、私はこう言葉を紡いだ。
「私は本当にフェリクス様を支えることが出来るのか……と。私はまだまだ未熟者です。なのに、あなたのような素敵な人と婚約出来るなどとは、まるで夢のようで……」
「あなたのような美しい人が、そんなことをおっしゃるのですか? やはり僕が思っていた通り、あなたは謙虚な人だ。ますますあなたのことが好きになりました」
フェリクスが声を弾ませる。
あれ……? フェリクスって、こんなに情熱的な人だったけ?
死に戻る前は、どちらかという私から彼にアプローチをかけ続けていた。お世辞のようなことは口にしてくれるけれど、決して自分から「一緒にいたい」とは言ってくれなかった。
一体、今回のフェリクスになにがあったのか……。
私には彼の考えがさっぱり分からなかった。
「まあまあ、急にフェリクス様と結婚するとなったら、さすがのクラリスでも物怖じしてしまうのかもしれないね」
「そうだ。ここは若い人同士、二人で喋ってもらうのはいかがかしら?」
「おお、それはいいな。私たちみたいな大人がいると、喋りにくいこともあるだろうし」
そしてお父様とお母様は勝手に話を進めちゃっている。
両親がフェリクスの従者に視線をやると、彼も一度頷いた。どうやら決定事項らしい。
「フェリクス様はいかがですか?」
「僕もお嬢様と一度、腹を割って話したいと思っていました。そのような場を設けていただけると、僕としても助かります」
「それはよかった。クラリスも……それでいいね?」
お父様が私の顔をじっと見る。
嫌だ! 彼と二人きりにさせないで!
と無言で訴えかけてみたが、どうやらお父様にはそれが伝わらなかったみたいで。
「どうやら、クラリスもフェリクス様と二人きりで話したいようです! では、中庭に場所を移してはいかがでしょうかっ?」
「それはいいですね。先ほどチラリと見ましたが、キレイな池も見えましたので。クラリスさんと一緒に歩きたい」
……やっぱり決定は覆らなかった。
状況はあまり良くないように思えるが……この程度で諦めてはいけない!
そう決意し、私はフェリクスと一緒に席を立った。




