69・逆転の一手
コミカライズ2巻が、本日発売です!
『そう。だったら、絶対絶命のピンチが訪れても、あなたに余裕のウィンクをしてみせようかしら?』
あれは夏休み前。
婚約記念日にクラリスと一緒に訪れたレストランで、彼女は自信満々にそう言い放ったのだ。
あのウィンクは『まだ諦めていない』というサインに違いない。
そして……僕もどんなことがあっても諦めず、彼女を救うと誓いを立てた。
──彼女は僕を信じてくれている。
クラリスの歩みは遅々としたものだ。
その間に、僕は逆転の一手を閃かなければならない。
考えろ。
このままではクラリスがケイシーの元にいってしまう。
一度ケイシーのところに行ってしまえば、奪還は困難を極めるはず。
時間をかければかけるほど、クラリスがどんな目に遭わされるか分からない。
とはいえ、真正面からケイシーに立ち向かうのも無謀だ。
彼は学生でありながら、魔法の成績はいつも学年トップ。
ここで軽率に戦っても、僕ではケイシーに勝てない。
せめて僕にも武器があれば別なんだけど……。
ん、あれは──。
僕は視界の片隅で、あるものを見つけた。
「とうとうクラリスが僕のところへ──ああ、クラリス。君をいっぱい可愛がってあげるよ。早く僕のとこに来るんだ」
ケイシーは両腕を広げ、クラリスを真っ直ぐ見つめている。
しかし時おり僕の方にも視線を移し、警戒を怠らない。僕が少しでも怪しい動きを見せれば、強硬策に打って出るだろう。
我慢するんだ……。
もう少し……。
ヤツの気が逸れるまでは……。
やがてクラリスはケイシーの前で立ち止まった。
彼は恍惚な笑みを浮かべ、クラリスに手を伸ばした──。
ヤツの意識が僕から逸れた! 今だ!
僕は地面を蹴り、テーブルの上に無造作に置かれていたそれを手に取る。
「ん? 待て、動くな──」
ケイシーが僕に気付き、慌てて魔法を発動しようとする。
「だけどもう遅いよ」
手に取ったものを彼に目掛けて投擲する。
逆転の一手を。
それは魔封じのダーツの矢であった。
「くっ!」
ケイシーは咄嗟に体を捻って、矢を回避しようとする。
一瞬、外れてしまったかと思ったが……ダーツの矢は見事、ケイシーの右腕に命中した。
「フェリクス! ナイス!」
クラリスがそう言って、力の限りにケイシーを押し倒す。
体勢を崩されてしまった彼は、そのまま床に尻餅を付いてしまったのだった。
◆ ◆
「形勢逆転ね!」
ケイシーを見下ろし、私はそう笑みを浮かべる。
危なかった。
相手の油断を誘うための行動だったけど……フェリクスが私の真意を受け取ってくれず、諦めてしまったら逆転は不可能だった。
だけど、私はこれっぽっちもフェリクスに疑いを持っていなかった。
きっと彼なら、私が少しでも隙を作り出せれば、逆転の一手を閃いてくれると思ったから。
「くっ……魔法が使えない。このダーツの矢は魔封じの効果があるのか?」
ケイシーは一種のパニック状態となり、魔法が使えないことに狼狽えていた。
「フェリクス! すぐにこいつを取り押さえなきゃ!」
「うん!」
フェリクスがこちらに駆け寄ってくる。
私の力だけでは、男のケイシーを取り押さえられない。逆に囚われてしまうかもしれない。
距離としてはそこまで空いていない。
彼の運動神経なら、一秒もあればケイシーを取り押さえることが出来るだろう。
しかしケイシーもしつこかった。
「こんなところで、我が計画を崩されてたまるかあああああ!」
ケイシーは胸元からなにかを取り出し、座りながらそれを掲げる。
まずい……!
嫌な予感がして、こうなったら私一人でケイシーを押さえ──と思ったが、少し遅かった。
ケイシーがそれを地面に叩きつけたと思った次の瞬間──部屋中があっという間に白い煙で満たされた。
「こほっ、こほっ……これは?」
「け、煙玉だ。早くケイシーを……」
煙の中でもがくが、完全に視界が遮られた状態だ。
「このままではまずい……早く灯台でヤツと合流しなければ」
ケイシーの声が聞こえてくる。
ヤツ……?
それって誰なの?
嫌な予感はさらに膨らんでいき、私たちは必死にケイシーを取り押さえようと動く。
相手がなにをしてくるかも分からず、私とフェリクスも二人とも中途半端な動きになってしまった。
そして煙が晴れた頃には、ケイシーは忽然と姿を眩ませていた。
「くそ……っ! 逃したか!」
フェリクスが悔しそうに顔を歪める。
「ねえ、フェリクス。ケイシーの声、ちゃんと聞こえていた?」
「うん、聞こえてる。灯台で誰かと合流するって言ってたけど……」
フェリクスの表情を見るに、彼もそれに心当たりがないらしい。
「考えるのは後だ。ケイシーを追いかけよう。魔封じの矢は効果時間が短いんだ。その効果が切れた後……ヤツが再度襲撃をかけにくる可能性がある」
「そうね!」
もう一度、同じ手は使えないだろう。
今の私たちはケイシーが誰かと合流する前に……そして魔封じの矢の効果が切れる前に、彼を拘束することだ。
そう思考を纏めて、走り出そうとしたが、
「あれ……?」
足を止めてしまう。
「どうしたの?」
「今、ヘルムートが一瞬動いたような……」
しかし彼は未だに目を瞑ったままで、動く気配もない。
気になるけど……今は殿下の身を気遣っている余裕はない。
「ごめん、ヘルムート。すぐに戻ってくるからね!」
ヘルムートにそう言い残して、今度こそ私たちは駆け出した。
おかげさまでコミカライズ2巻(著:鏡ナオ先生 構成:吉田屋敷先生)が本日発売となりました。
ぜひ、ご覧くださいませ!




