68・万策尽きるには、まだ早い
「──っ!」
意識が戻る。
次はどんな場面を見せられるの……? と思っていたが、私の目の前にはランタンを片手に持つケイシーの姿があった。
「……? どうしてだ。どうしてクラリスとフェリクスには闇魔法が効かない。やはりこの魔法はまだ未完成だったのか……?」
ぶつぶつと呟くケイシー。
ここは……フェリクスの別荘だ。
どうやら先ほどの状態を打破し、元の状態に戻ったらしい。
「クラリス、大丈夫だったかい?」
心配そうな声音で、フェリクスが私にそう問いかけた。
「ええ、大丈夫よ。ありがと」
「よかった。闇魔法が発動してから、数瞬しか経っていないと思う。じゃないと、この間にやられているはずだからね」
確かに……私の意識がどこかにいってしまった前から、状況はなにも変わっていない。
しかし何故だろう。
フェリクスの言葉に、私は大きな違和感を抱いたが……今はそれをゆっくり考えている場合でもなかった。
「まあ計画に支障はない。未完成の闇魔法以外にも、僕には他の魔法があるのだから」
再び彼を中心として、魔力が集まっていく。
そうなのだ。
仮に闇魔法が不発だったとしても、彼はルウォル魔法教団のご子息。
こんな武器もなにもない状態で、彼と真正面から戦うことは無謀だった。
なら。
「魔法で攻撃するつもり? あなた、周りが見えていないの?」
「なんだと?」
ケイシーが訝しむような表情を作る。
「あなたの目的は私よね? こんな狭いところで魔法をぶっ放せば、私が死ぬかもしれないわよ? あなたはそれでいいのかしら」
「…………」
痛いところをつかれたのか、ケイシーが言葉に詰まる。
側から見ると、今の私は冷静かもしれないけど、胸中は動揺で荒れていた。
彼が細かな魔法の調整が出来れば、そんな問題はすぐに片付くからだ。
だけどケイシーの反応を見るに、私の思惑は当たっていたのかしら?
「さすがクラリス。その男と違って聡明だな。確かに、万が一魔法が君に当たってしまうのは頂けない。ならば……」
そう言って、ケイシーは今もベッドで横になっているヘルムートを指差す。
「そいつを人質に取らせてもらおうか」
「ヘルムートだけを攻撃するってこと?」
「いや……今もそいつは眠っているだろう? 他の者はともかく、闇魔法の直撃を受けたそいつは、このままでは一生目覚めることはないだろう」
彼の言葉に、私は絶望に叩き落とされそうになる。
しかし。
「嘘ね。仮に本当だとしても、それじゃあ人質として成立しないんじゃないかしら?」
「成立する。何故なら……ヘルムートを治す術は、僕しか知り得ることではないからだ。君がおとなしく僕のところに来てくれるなら、その術を教えよう」
それも嘘だ──何故なら、それが仮に本当なら最初からそう言って、取引を持ち掛ければよかっただけのはずだ。
しかし、もし本当なら?
その可能性を完全に捨てきれない状態で、ケイシーの言ったことを「嘘だ」と断ずることは危うかった。
「それとも、そいつを見捨てるか? なるほど。それも面白い。そいつはクラスでも不協和音を産む。ここでそいつを見捨てても、不可抗力のものとして王家も君を見捨てないだろう。そいつを救う義理が──君にはどこにもない」
その言葉を聞いて、私の激情が燃え盛る。
確かに──ヘルムートは他人に合わせるのが苦手かもしれない。
なんでも出来るくせに、優秀な兄が二人もいたから自分にコンプレックスを抱いている。
彼は欠点ばかりだ。
「だけど……それがヘルムートのいいところなのよ」
怒鳴り声を上げたい衝動を押さえて、極めて冷静にこう反論する。
「だってヘルムートは努力しているんだもん。自分の欠点を自覚し、前を向こうとしている。そうでなければ、献身部に入ることもなかった。そんなヘルムートを……卑怯なことしか出来ない、あなたがバカにしないで!」
「僕が卑怯……?」
本気で分かっていないのか、ケイシーは首を傾げる。
「分かったわ。あなたの嘘に乗ってあげる」
そう口にして、私は彼のもとへ行こうとする。
「行くな、クラリス」
だが、そんな私をフェリクスは制止させようとする。
「ケイシーの言うことは全て嘘。それは君も分かっているんだろう? だったら、ここでヤツのところに行くのは愚策だ」
「だったら、どうすればいいの!?」
私はフェリクスを睨みつけ、病的なまでに興奮する。
「ケイシーの言っていることが万が一本当なら!? 私はヘルムートを見捨てることが出来ないわ」
「だ、だが……」
「なんにも出来ないくせに、私を止めようとしないでよ! 文句があるなら、この状況の解決法を思いついてみせなさい!」
私の勢いに、フェリクスは気圧されているようであった。
「くっくっく。仲間割れかな? 哀れだねえ。フェリクス、貴様はクラリスに信じられていなかったんだ」
その様をケイシーは愉快そうに笑っていた。
「離して。私は彼の元へ行くわ」
「クラリス!」
無理やりフェリクスを振り払って、私は彼に背を向ける。
フェリクスは腕を伸ばし、再び私を止めようとするが……。
「止めないで!」
私は振り向いて、彼にウィンクをした。
「──っ!」
その瞬間、フェリクスはハッとした表情になって、伸ばした腕を引っ込めた。
「フェリクス、諦めたのか? やはり君は彼女にふさわしくない」
不気味に笑うケイシーに、私は一歩ずつゆっくりと歩み寄っていった。
◆ ◆
「止めないで!」
と金切り声を上げたクラリスは、僕に向かってウィンクをした。
それを見た時、僕は彼女の真意に気付く。
彼女はまだ──勝負を諦めていない。




