6・お嬢様の良さ(リタ視点)
クラリスの専属メイド、リタ。
彼女は屋敷内で自分が寝泊まりしている部屋で、今日の出来事を振り返っていた。
(まさかお嬢様があんなことを言ってくれるなんて……)
──ありがとう。
それは短い言葉。
言うだけなら誰でも出来る。
しかしリタにとって、その言葉は大きな意味が込められていた。
リタはクラリスがもっと幼い時から、ギヴァルシュ伯爵家のメイドとして勤めている。
クラリスのことをずっと傍で見てきた。
だから彼女の使用人に対しての傍若無人さを、誰よりも理解していたのだ。
『ちょっと! なんで、ここに埃が溜まってるのよ! 私だけならいいけど……こんなんじゃ客人が来た時に恥ずかしいじゃない!』
クラリスは使用人のミスを決して見逃さなかった。それどころか、ミスと呼べないような小さなことまでぐちぐちと指摘した。
そんなクラリスに対して使用人は参ってしまい、初日で辞めてしまった者すらいる。
クラリス本人は知らないと思うが、『ギヴァルシュ伯爵家のワガママ娘』といったら、界隈で有名だった。
しかしリタは分かっていた。
クラリスの真意だ。
(確かに……クラリス様は厳しかった。クラリス様のような子どもに怒られるのは、使用人としてのプライドが傷つられただろう。
だけどクラリス様は使用人のことを嫌いなわけじゃない。伯爵家の使用人なのだから、中途半端な仕事は許さない──そのようなお考えだったのだ)
それにクラリスはよく癇癪を起こすものの、それらは決して理不尽なものではなかった。
掃除の件だってそうだ。
少しでも埃が被った箇所を客人が見てしまえば、その者はとても不快な気持ちになってしまう。
ギヴァルシュ伯爵家は、こんな程度の悪い使用人を雇っていたのか……と侮られるかもしれない。
そうすれば、その使用人の悪名が界隈で轟いてしまい、再就職も難しくなってくる。
一方、ギヴァルシュ伯爵家には良くも悪くもクラリス様がいたので、
『あんなワガママ娘のいる屋敷で勤めていたんだ。さぞ、鍛えられているに違いない』
と仮に辞職したとしても、再就職は容易だったりする。
使用人の中で、リタだけがクラリスのそんな良さに気付いていた。
だが。
(たまにはクラリスお嬢様に褒めて欲しかった……というのが本音)
それはメイドとして贅沢なことかもしれない。
褒められようが褒められまいが、メイドならばきっちり仕事をこなすべきだ。
そのような信条を掲げていたリタですら、そんな思いを胸に秘めていたのだ。
──たった一言、ありがとうと言ってくれるだけでいい。
クラリスが高熱を出して寝込んだ時も、リタは献身的に彼女の看病を続けた。
その際にもクラリスから「ありがとう」の一言もなかったが……リタはそれで良かった。今はクラリスが元気になってくれることが先決だと思っていたからだ。
そして翌日。
少しの仮眠を取った後、クラリスの様子を見にいった時、彼女は既に元気そうに立ち上がっていた。
驚くべきことはそれだけではない。
クラリスはリタに向かって、こう口にしたのだ。
『今までありがとう。そしてこれからもよろしくね』
それを聞いた時、リタは感激で言葉を失ってしまい、瞳に涙を浮かべた。
(クラリスお嬢様が……ありがとうって言ってくれた!?)
思わず、感情が言葉として表に出てしまったが、それほどまでの出来事だったのだ。
お礼の一つも言わないワガママお嬢様。
それが今までのクラリスだった。
しかし今日のクラリスはまるで憑き物が落ちたかのように、終始穏やかな顔をしていた。
いつもならリタに素っ気ない彼女も、朝食後はいっぱい話しかけてくれた。
クラリスの顔を思い浮かべたら、リタは彼女が愛おしくて愛おしくてたまらなくなる。
(一回、お礼を言われただけで絆される私は『ちょろい』と思われるのかもしれない)
だけどこれからも……いや、一生クラリス様の傍に仕えよう。
そしてクラリス様の可愛さを、もっともっと多くの人たちに知ってもらうのだ。
リタはあらためてそう決意するのであった。




