5・断罪ルートは懲り懲りです
アシャール公爵。
この国の貴族制度において、王家に次いで二番目の権威を持つ爵位。
所謂、純血主義の一族で養子を取ったことはない。大昔に国を興す際にも尽力し、王家からの信頼も厚い。
……しかし今はそんな情報はあまり必要じゃなかったりする。
重要なのはアシャール公爵家の長男、フェリクス・アシャールだ。
そう──フェリクスは前世での私の元婚約者である。
フェリクスは私と同じ歳。そろそろ婚約者の一人でも……と思い、公爵家がお茶会を開いたのだ。
フェリクスは将来、アシャール公爵の跡継ぎになることを期待されている。整った顔立ちをしていて、キレイな金色に輝く髪から『黄金の貴公子』と呼ばれることも多い。
そんな彼の婚約者になれるかもしれない。
そう思った令嬢たちはこぞってお茶会に参加し、フェリクスに自分を売り込むのだ。
彼女たちの顔は一見穏やかななものの、他者を牽制する仕草は殺気に満ちていた。
さながら競り会場のような熱気だった……と今でもあの時のことを鮮明に思い出せる。
私もアシャール公爵家から招待をいただき、そのお茶会に参加することになった。
フェリクスと婚約すれば一目置かれる令嬢になれる。
そうでなくても、伯爵家であるギヴァルシュ家が公爵家と結びつきが出来るのは、多大な利益が生じるだろう。
だから私はそのお茶会で、誰よりも彼に話しかけて、自分をアピールした。
そのグイグイっぷりといったら……今思い出しても恥ずかしい。
しかしそれが功を奏したのか、後日私宛てにアシャール公爵家から婚約の話が届く。
その時は両親も私も大喜びで、屋敷でパーティーが開かれたものだ。
そして無事に婚約が成立。
私は見事、将来有望でイケメンのフェリクスの婚約者となったわけ。
まさか今日があのお茶会前日だったなんて……。
「どうしたんだい、クラリス。顔色が悪いようだけど……」
「やっぱりまだ体調が悪いのかしら」
「だ、大丈夫よ」
心配そうに私を覗き見る両親に対して、そう言葉を返した。
さて……ここで問題がある。
それは私がフェリクスの婚約者だったことが、結果的にあの泥棒猫の嫉妬に火を付けたことだ。
このままだとまずい。
私はそれを直感的に理解する。
でも逆にフェリクスの婚約者でなければ、あの泥棒猫との接触も避けられるということだ。
そうすれば今度は処されないだろう。
そう考えた私は。
「お父様、お母様。私、お茶会に参加したくな──」
「え?」
「な、なんでもないわ!」
二人から「不参加は許さない」と無言の圧を感じて、思わず私は意見を引っ込めてしまう。
そもそもお茶会に参加しなければ、婚約の話も持ち上がらないと考えたが……その線はやっぱり難しそう。
そもそも伯爵家である私たちが正当な理由なくして、公爵家からの招待を断ることは現実的ではないわよね。
「アシャール公爵家のご子息──フェリクス様はまだ婚約者がいない。あの公爵家は自分たちの血を絶やさないことを、なによりも重視する」
「だから表向きは親交を深めるためのお茶会だけど、実際はご子息の婚約者候補を探すためのもの。ここでフェリクス様に気に入られれば、クラリスちゃんが彼の婚約者になれるかもしれないわ」
「お前、フェリクス様との婚約に憧れていただろう? 明日は絶好のチャンスじゃないか」
いや、それは間違いないが……。
昔の私……というか地下牢に閉じ込められるまでの私は、男なんて自分を着飾るアクセサリーだと思ってたし。
気付けば、フェリクスのことを本気に好きになってたけど、今ではすっかり愛情も冷めている。
今は絶っっっっっ対に、お近付きになりたくない。
「クラリスちゃん、頑張ってね! 大丈夫よ。クラリスちゃんは世界で一番可愛いんだから」
「そうだそうだ! クラリスは我が家の天使。フェリクス様も君の良さを、きっと理解してくれるだろうさ」
ニコニコ笑顔の両親。
いや、だから婚約したら断罪ルートへのフラグが立つんだってば……。
まあそんなことを言い出せないし、仮に言ったとしても信じてもらえないと思うが。
しかし待て。まだ慌てなくてもいい。
そもそもお茶会に参加したからといって、婚約が確定というわけではないのだ。
前世では周囲の令嬢をフェリクスから遠ざけ、逆に自分は積極的に彼に話しかけた。
ならば今回は逆をいこう。
フェリクスにはなるべく近付かず、他の令嬢の応援に回る。
そうすれば彼との婚約を避けられるはずだ
二度目の人生も愛されなくて構いません!
あんな寂しい死に方はもう懲り懲りだ!
今度は平穏無事をモットーに!
握り拳を作り、心の内でメラメラと炎を焚いた。
「ふふふ、クラリスちゃんったら、やる気十分ね」
「頑張るんだよ、クラリス。まあ仮に良い話にならなくても、君が天使なことには代わりない! 当たって砕けろ、だ! ダメだったとしても、盛大に残念会を開こうではないか!」
両親はなにか勘違いしているけれど、今の私は明日のお茶会で『空気』になることしか頭になかった。




