42・孤独な王子
「……すまん。起こしてしまったか」
ヘルムートは持っていた木の棒をすっと下ろす。
「いいえ、気にしないで。そんなことより……なにをしてたの?」
「うむ」
頷いて、彼は木の棒を何度か振った。
「見ての通り、寝る前の運動だ」
「運動? でも、もうこんな時間よ。オレリアだって寝てる」
「あの娘……クラリスをちゃんと見張っておくと意気込んでいたのにな。まあそのおかげで、こうしてお前と話せてるわけだが」
とヘルムートは苦笑する。
「俺だって、今日くらいはやめておこうと思った。しかし……習慣になってしまっているせいか、やらねばどうにも気が済まん」
ヘルムートはそう寂しそうな表情を作る。
この国の第三王子。
本人は勉強も運動も出来る超人。その証拠に学園では、どちらも学年トップを競っている。
しかしヘルムートが傑物なら、上にいる第一王子と第二王子は怪物だった。
ゆえに仮に王位を継ぐことになっても、それは第一王子か第二王子になる。
ヘルムートに王位が回ってくることは、上の二人になにか不幸が起こらない限りは有り得ないだろう。
「……お前は何故聞かぬ?」
と、ヘルムートが私に問いを発する。
「なにを?」
「皆、俺に会えば根掘り葉掘り聞いてきた。主に兄上のことではあったが……中には俺についても、だ。
どうして好き放題に生きる。上のお兄様たちはあんなに立派なのに。お前はいつになったら、真面目になる……と、そんなところだ。
王子である俺がこうして伯爵家を気軽に訪れるのも、本来なら手続きがいる。一日、二日で都合が付くことなど有り得ないのだ。それなのに……どうして、今日の勉強会に参加出来ているのか……と、色々と疑問を感じないのか?」
「うーん、どうしてでしょうね。強いて言うなら……」
私は口元に指を付けて考える。
「だって、今更じゃない」
「今更……だと?」
「うん。あなたがそういう性格なのも今更。王子の割に、自由にやらせてもらっているのも今更。私はそういうあなたを見て、友達になろうと思ったわ。だから……今更聞く必要もなかったっかなって」
「…………」
一瞬、ヘルムートはぽかーんとした表情。
しかし不意に「ふっ」と吹き出して、
「くくく……そうか、今更か。相変わらずお前は面白い。俺に対して、そんな風に接してくる連中は今までいなかったぞ」
と破顔した。
「それはどーも。でも、それも今更でしょ?」
「そうだ、今更だ」
瞳に浮いた涙を指で拭って、再びヘルムートは私を見る。
先ほどまでの寂しそうな表情からは一転。
今はすっきりした顔になっている。
「だったら、これも今更の話になるが……聞いてくれるか? 俺が家族からどう思われているのか、についての話を」
「言いにくいことなら、無理しなくてもいいのよ?」
「いい。特段、聞かれたくない話でもなかったからな。それに……なんとなく、お前には聞いて欲しかった」
とヘルムートは月を見上げて、こう語り出した。
「俺の兄上のことは知っているだろう? 第一王子と第二王子だ。ヤツらは俺から見ても怪物。なにをしても超一流だ」
話には聞いたことがある。
彼らもヘルムートと同じく、ネコナシュリア学園に通った。
そして二人とも成績優秀どころか、当時の歴代最高得点をことごとく叩き出したのだ。
ヘルムートもすごい。彼が普通の貴族なら、手放しに褒められているくらい優秀だろう。
しかし第一王子と第二王子は、そんなヘルムートが霞むくらいに突出していた。
誰が言ったのか。
第一王子に並び立てるには第二王子しかおらず、逆もまた然り──という言葉がこの国ではある。
「小さい頃には、俺にも期待がかけられていた。朝から晩まで、教育を施されたよ。そして俺もそんな期待に応えようとしていた。
だが、第一王子と第二王子が優秀すぎたがため、いつしか俺はそこまで期待されなくなっていた。俺はヤツらに比べれば凡人だからな」
「ヘルムートが凡人……すごい世界ね」
「俺はそんな世界に嫌気が差してしまったんだ。いつしか頑張るのをやめた。だが──」
とヘルムートは肩をすくめる。
「他人に負けるのは、死ぬほど嫌だったがな。だから学園の入学テストでお前に負けた時は、腸が煮えくり返ったぞ」
「負けず嫌いすぎなのよ」
「俺もそう思う。だが……期待されずとも、それでも昔からの習慣で努力し続けなければならない。これは最早、呪いだ。筋違いかもしれぬが、この呪いをかけた家族のことを、俺はいつの間にか嫌いになっていたよ」
再度、ヘルムートの表情が影を帯びる。
しかしそのことに自分でも気が付いたのか、
「まあ……俺は無難に過ごせればいい。これはこれで楽しいんだぞ? なにせ、他人の目を気にせず好きに遊びまわることが出来る。これは将来を期待されている兄上たちには出来ないことだ。学園を卒業するまでしか許されないかもしれないが──俺はこうして、楽しく生きてやる」
と冗談混じりに言った。
それはきっと、私が暗い気分にならないように気遣ってくれたのだろう。
彼はとても優しい人間なのだ。
昔はどうか分からないが、今では自分が期待されていないことに踏ん切りが付いているのだろう。
だからせめて楽しもう……と。
だけど私は知っている。
学期末。
期末テストが終わって、二週間後のことだ。
そこでヘルムートはある事件を起こしてしまう。
そのことにより、ヘルムートには学園生活での自由な生活を制限される。
それにより、ヘルムートはますますクラスメイトと壁を作ってしまう。
私の記憶にあるヘルムートはいつも退屈そうで、表情も沈んでいた。
「…………」
「どうした、クラリス」
不思議そうな顔をするヘルムート。
……これはお節介なのかもしれない。
私にはなんら、メリットがないかもしれない。
だけど──ヘルムートには楽しく学園生活を送ってもらいたかった。
今のヘルムートを知っているから、学期末にあんな事件を起こすのが信じられない。
なにか事情があったんだと思う。
「ううん、なんでもないわ」
「そうか?」
怪訝そうな顔のヘルムート。
「そろそろ戻りましょ。私も眠くなってきたわ」
「ん……そうだな。昼間は暑くなってきたとはいえ、夜はまだ肌寒い。風邪は引きたくないからな」
そう言って、ヘルムートは背を向けた。
私は彼の大きな背中を見て、一つの思いが胸に灯った。
彼を孤独から解放させてあげたい──と。
【作者からのお願い】
「更新がんばれ!」「続きも読む!」と思ってくださったら、
下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の励みになります!
よろしくお願いいたします!




