35・何度同じ道を歩もうとも、僕は何度でも彼女を好きになる
──これは悪役令嬢が断罪された後のお話。
「フェリクス様、やっとあの邪魔者がいなくなりましたねー」
アシャール公爵家の屋敷。
その寝室で、ロレッタが僕の肌を撫でた。
「ああ……そうだね」
このところ、頭がぼんやりとしている。なにかがおかしい……と思えば、途端に暗雲が思考を覆うせいで、まともに考えることが出来なくなっていた。
ゆえに愛するロレッタと一緒になれたというのに、何故か僕の心は空虚なまま。
そんな心情を彼女に悟られたのだろう。
「……ちっ」
とロレッタが舌打ちをする。
「やっぱり、光魔法でわたしのものにしても、つまらないわね。あー、どうして欲しいものが手に入ったら、途端にいらなくなるのかしら」
「ロレッタ、一体なにを……」
「もういいや。光魔法解除」
そう言って、ロレッタが僕の額に指を付ける。
その瞬間──僕の心に雪崩れ込んだのは、後悔の念だった。
「あああああああ!」
喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。
一体……僕はなにを?
そうだ、婚約者のクラリスだ。
彼女は傲慢でワガママなところがあるが、僕のことを愛してくれていた。
僕もその愛に答えようとしていた。
最初は彼女の嫌なところばかりが目に付いた。彼女に反省もして欲しかった。
しかし……いつしか気付く。
──僕の心はこんなにも、彼女のことを愛していたんだ。
最初は無理やりだった。
婚約者なら誰でもいい、そう思っていた。
だけど……僕のそんな心境を薄々勘づいていそうなものの、彼女は変わらない愛を誓ってくれた。
そんなクラリスのことが愛おしくなっていき、僕はいつしか本気で彼女のことが好きになっていた。
彼女への愛情に気付いた僕は、今度こそ真実の愛を貫こうとした。
しかしその時、僕の心の隙間をロレッタにつけ狙われてしまった。
「はーはっはっは! 良い顔ですねえ。自分の婚約者を処刑台まで連れていった気分はいかがですか?」
醜悪な顔で、魔女のような高笑いを上げるロレッタ。
彼女の発言を聞いて気付く。
僕がおかしくなったのは……彼女の光魔法のせい?
だが、元はといえばクラリスへの愛情に気付くのが遅れた僕のせいだ。
僕が悪い。
「くそっ、くそっ、くそっ!」
枕に何度も拳を叩きつける。
こんなことをしても時間は戻らない。
だけどもし──クラリスにもう一度会えるなら。
彼女への愛に全力で答えてあげよう。
もう一度、同じ道を歩んだとしても、僕はクラリスを愛する──そう誓いを立てた。
◆ ◆
「ふふふ、やっぱり最後はわたしが勝つんですねー」
私が呼びかけても、フェリクスは止まらない。
ロレッタの勝ち誇った表情。
彼はとうとう、ロレッタのすぐ目の前まで辿り着いてしまった。
「フェリクス様、あんなバカな女なんて放っておいて、これからわたしといちゃいちゃしましょうね! まずは誓いの口づけを……」
とロレッタがフェリクスに手を伸ばした時、変化は起こった。
フェリクスは勢いよく顔を上げ、彼女の手首を掴んだのだ。
「え……?」
ロレッタは訳が分かっていなさそう。
そんな彼女に対して、フェリクスはこう告げた。
「僕は君のものにならない」
「きゃっ!」
そのままフェリクスはロレッタの腕を力強く引き、彼女を転倒させる。
ロレッタは床に尻餅を付き、フェリクスを見上げる。
その彼の横顔は、氷のように冷めきっていた。
「な、なんで!? わたしの光魔法を打ち破ったってことなの? どうして? わたしの光魔法は世界の理の内側にある者全てに作用するはず……」
「光魔法……ああ、そういうことか」
フェリクスは彼女を見下し、こう続ける。
「光魔法についての噂は聞いていた。『全ての民を導く力』……と。なんだか長い夢を見ていたようだ。僕の心は君──ロレッタに向こうとしていたんだね。だが──」
と彼は私を真っ直ぐ見つめる。
「彼女への愛が、僕を元の場所に戻してくれた。言うよ。僕はクラリスを愛している。君みたいな泥棒猫は御免だ」
その瞬間だった。
「ど、どうしてどうしてどうしてよおおおおおおお! どうして、わたしはお姫様になれないのよおおおおお!」
夜空を突かんばかりの獣のような慟哭。
ロレッタが床に両手両膝を突き、心の奥底から叫んでいた。
さらに続けて、硝子の割れるような音。
周囲の空気が変わった。
それは昼間の平和な学園と同じ空気だった。安心して、この場に立ってられるような。
「──心を乱して、光魔法を解除してしまったか。やはり」
その隙を見計らって、ヘルムートが床を蹴る。
そしてロレッタの頭を掴み、床に押し付けた。
「貴様は光魔法の使い手に、ふさわしくなかったようだ」
「なんで、なんで……なんでよ……」
ロレッタの目から敗北の涙が流れる。
彼女からは最早、抵抗する気配は感じられなかった。
「ありがとうございます、殿下」
「いい。そんなことより……」
そう言って、ヘルムートはくいっと顎で私を示す。
「ここは俺に任せて、行ってこい。お姫様がお前を待ち侘びているぞ」
「……はい」
とフェリクスはヘルムートとロレッタに背を向け、歩き出す。
そして私の前で止まった。
「終わった……のかしら」
「うん」
フェリクスが頷く。
そしてゆっくりと歩を進め、私の両肩を掴んだ。
「ごめん。みんなに迷惑をかけちゃったみたいだ」
「迷惑? そんなこと、気にしなくていいのよ。それに……あなたは戻ってきてくれた。今はそれで十分」
そう言って、私は微笑む。
「クラリス、ワガママを言っていいかい? もう一度、『愛してる』って言ってくれないかな?」
「……っ!」
言葉に詰まる。
さっきは勢いに任せて言ったけど……もう一度、ちゃんと言うとなると恥ずかしい。
「そ、そんなことをしている場合じゃ……」
「君からの愛を感じてないと、どうにかなってしまいそうなんだ」
今のフェリクスは駄々をこねる子どもに見えた。
私は溜め息を吐き、
「その……愛してる、わよ」
と彼から視線を外ししつつ、そう愛の言葉を囁いた。
「うん、僕もだ。僕を助けてくれて、ありがとう」
そう言って、フェリクスが唇を私の唇に押し当てる。
「──っ!」
頭を駆け巡るのは、前世を含めた今までの記憶。
悪役令嬢と呼ばれようとも、私は最後までフェリクスのことを愛していた。だから彼に裏切られるのは辛かった。
そして死に戻った際、もうあんな辛い思いは二度としたくないと思った。
しかし……やっぱり我慢出来ない。
だって私は、こんなにも彼のことが好きなのだから。
「くくく……見せつけてくれるな。おい、性悪女。見ておけ。あれが真実の愛だ」
ヘルムートがなにかを言う声が聞こえたが、今の私は彼の愛を全身で感じることで精一杯になっているので、内容は頭に入ってこなかった。
夜空にぽっかりと浮かぶ月。
柔らかい光が、私たちを優しく見守ってくれていた。
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