34・お姫様になりたかった女の子
──お姫様になりたかった。
わたし、ロレッタは平民の娘に生まれた。
可愛いわたしは同性から嫉妬され虐められ、小さい頃は家で一人過ごすことが多かった。
そこでわたしが出会ったのは、白馬に乗った王子様がお姫様を迎えにくる絵本。
こんな風にわたしもなりたい。
そんな不相応な夢を抱いた。
そんなある日、突如わたしは光魔法に覚醒した。
それが分かった翌日には、王宮から迎えの人たちが家にやってきた。
どうやらわたしはしばらく王宮で暮らし、そこで光魔法の使い方を学ぶらしい。
──やっぱりだ! わたしは選ばれた人間だったんだ!
王子様はまだ迎えにきていないけれど、王宮にいれば嫌でもわたしは王子たちの目に付く。
お姫様になるという夢の実現は、もう目の前だ。
王宮では来る日も来る日も、光魔法の練習をした。
どうやら、光魔法というのは『他人を魅了し、自分の意のままに操る能力』らしい。
しかし光魔法をなかなか使いこなすことが出来ない。
宮廷魔道士の話によると、わたしが使う光魔法は出力が不安定らしい。
このままでは大雑把な命令しか下すことが出来ないし、仮に使ったとしても少しでも心が乱れてしまえば魔法が解除されてしまう──と聞いた。
最初は焦っていなかった。いつかは使えるようになるのだと。
だが、いくら頑張っても光魔法を使いこなすことが出来ない。
次第に王宮にいる者たちが、わたしを見る視線も厳しくなってきた。
業を煮やした彼らは、ある決断をする。
『ネコナシュリア学園に通わせよう。環境が変われば、なにか起こるかもしれない』
こうしてわたしは本来、貴族しか通えないはずの学園に通うことになった。
そこで見つけたのがフェリクス様だった。
黄金の貴公子の噂は、前々から聞いていた。
フェリクス様には婚約者がいるらしい。とはいえ、それは問題ない。何故なら奪ってしまえばいいだけなのだから。この国の救世主であるわたしは、それくらいのことは許される。
王子の前に黄金の貴公子を摘み食いしてみよう……最初はそんな軽い気持ちだった。
しかし彼にアタックしてみたが、どうも上手くいかない。
──どうして?
光魔法の使い手となったのに、わたしはまだなにも手に入れられてないじゃない。
こんなのじゃ、お姫様になるっていう夢は──いや、待てよ。この力を使ってしまえばいい。
まだわたしの使う光魔法は安定しないので、学園でも絶対に使うなと厳命されていた。
だけどもう我慢が出来ない……しかし暴走させてしまえば、どうなるか分からない。
そんな迷いの中、わたしはある一つの決断をした。
フェリクス様に親愛の指輪を渡すことだ。
『……悪いが、それは受け取れない』
だけどやっぱり、彼はわたしの手を取らなかった。
それでわたしは覚悟が出来た。
光魔法で学園を包んでしまえばいい──そうすれば、みんなのわたしの見る目も変わる。フェリクス様もわたしのものになってくれるはずだった。
「ふふふ、良い風景だわ」
そしてわたしは今──校舎の屋上にいる。
冷たい夜風がやけに心地いい。
ここからは、学園中の生徒たちが光魔法によって正気を失っている光景が見える。
眼下の風景は、さながら虫が蠢いているかのようだ。
「そして……」
ギイイィィィッ。
屋上に繋がる扉が開く。
「ロレッタ……靴を……」
そこから、靴を持ったフェリクス様が現れた。
「ふふふ、やーっぱり最後にはわたしのところに帰ってきてくれるんですねー」
わたしはそうほくそ笑む。
フェリクス様はふらふらとした足取りで、わたしに歩み寄ってくる。それはお伽噺の中にある、お姫様を迎えにきた王子様のようだ。
王子様が来たなら、最後にお姫様がすることは決まっている。
「わたしを迎えにきてくれたことに対する褒美ですね」
わたしは両腕を広げる。
「フェリクス様、愛してますよ」
もう少しでフェリクス様がわたしのところに辿り着こうかとした時。
「フェリクス!」
それはお伽噺に泥を塗るような行為。
扉の前には、憎っきクラリスとヘルムート殿下の姿があった。
◆ ◆
「クラリスっ……! あなた、またわたしの邪魔を……」
屋上の端に立っているロレッタは、私を見て顔を歪める。
フェリクスはロレッタに向かって歩いていたが、私が呼びかけたおかげなのか、今はその歩みを止めていた。
「やっぱりここにいたのね……!」
よかった……!
もしいなかったら、他に行く当てがなかったからね。
「おい、その性悪女。この学園の異常事態、貴様が引き起こしたんだな?」
「はい、そうですよー」
あっさりと白状するロレッタ。
たとえ自分の悪事がバレても、私たちではどうしようもないと確信しているからだろうか。
「このような真似をして、どうなるか分かっているのか? 光魔法を悪用したとして、貴様は幽閉される。いくら優れた力だとしても、悪に手を染めるなら国にとって有害だからな」
「大丈夫ですよ。王宮にいる人たちも、わたしの光魔法でみーんな魅了してあげますからっ」
ニコッと笑みを浮かべるロレッタ。
その瞳には狂気が宿っているように見えた。
出来るわけがない……ヘルムートもそう思っているだろう。
しかし私だけが、ロレッタの言動に恐怖を感じていた。
思えば──前世のロレッタも光魔法を使って、フェリクスたちを魅了していたのでは?
フェリクスは真面目な男だ。
いくらロレッタに魅力を感じていようとも、一方的に私に婚約破棄を叩きつけ、断罪を下すものとは思えない。
だけど……それもみんな、ロレッタの仕業だと思えば納得が出来る。
前回とはシチュエーションが違う。
しかしこのままでは、前回と同じ結末に行き着くことになるだろう。
だから私は彼女の言っていることを、否定することが出来なかった。
「ふんっ……っ、ならば貴様を捕らえ──ぐっ!?」
ヘルムートが床を蹴り、ロレッタと距離を詰めようとした瞬間であった。
急に彼はそこで動きを止め、苦しみ始めたのだ。
「き、貴様……っ、光魔法を……」
「殿下に光魔法が効いていなかったのは、やっぱり学園の外にいたからですね? ダメですよー。途中で祭りを抜けるだなんて真似は」
とロレッタはくすくすと笑う。
「問題は……どうしてそこのクラリスに光魔法が効いていないかってことだけど……わたしの光魔法も不完全らしいし、それが原因なんですかねー? あなた、どう思います?」
「知らないわ」
ロレッタの言葉を、私はそう切り捨てる。
私が世界の理の外側にいるから──という推測を今言ったとしても、彼女に余計な情報を渡してしまうだけだからだ。
唯一、今の私が彼女に優っているのは、光魔法が効かないという点。
その利点をわざわざ危険に晒すような真似をするわけがない。
「まあ良いでしょう。なんにせよ、あなたはもうなにも出来ない」
そう言って、ロレッタはフェリクスを指差す。
すると彼女の指先から、光の粒子が飛び出していったのが見えた。その粒子はフェリクスの頭を包む。
「くっ……があっ!』
フェリクスは頭を押さえ苦しみ、歩みを再開した。
「フェリクス! 行かないで!」
私はすぐさまフェリクスに駆け寄ろうとするが……。
「く、くそっ!」
ブンッ!
私の前で模擬剣が振るわれる。
「体の言うことが効か……ぬっ。あんな性悪女の言いなりになってしまうとは……っ」
模擬剣を握ったヘルムートが、私の前に立ちはだかっていた。
彼はもう片方の手で頭を掻きむしり、なんとか自分を律しようとしている。ゆえに模擬剣はそれ以上振るわれることがなかったが、私を通せんぼしていることには変わりない。非力な私では、彼を振り払うことは出来ないだろう。
裏を返せば、その程度に留まっているのはヘルムートの精神力の強さのおかげだろうか。
「はーはっはっはっは!」
そんな光景を眺めて、ロレッタが魔女のような高笑いを上げた。
「良い気味ね? 婚約者はわたしに奪われ、味方だったはずの殿下はあなたに牙を剥く。わたしに逆らうから、そんなことになるのよっ!」
この笑顔──そう、私は一度見たことがある。
前世だ。
あの時の私はロレッタのやったことが光魔法のせいだということも掴めず、彼女に敗北を喫してしまった。
また同じことになるの?
──だから聞きます。私はあなたを裏切りませんか?
その時。
私がフェリクスと婚約した際、彼とのやり取りを思い出す。
──裏切るわけがない。僕は君のことを一生愛し続ける。
彼は力強く、そう言葉を返してくれた。
それは前世との繋がりを断つ、魔法の言葉。
あの言葉があったからこそ、私は思わずフェリクスの告白に首を縦に振ってしまったかもしれない。
「フェリクスっ!」
私はもう一度、彼に強く呼びかける。
断罪されないためなら、愛されなくても構わないと思っていた。
だけど……やっぱり嫌。
だって私は。
「フェリクス、泥棒猫のところにまた行かないで。私はあなたのことを愛しているのだから!」




