33・光魔法の正体
「ど、どうして殿下だけが……」
「話は後だ」
そう言って、ヘルムートは周囲に視線を巡らす。
「今はこの場から離れるぞ。じゃないと、話も出来ん」
「はい……!」
ヘルムートに腕を引っ張られて、私はその場から脱出する。
しかしそれを遮るかのように、ゆらゆらと動く生徒たちが妨害してくる。私たちはそれをなんとか掻い潜りながら、人気のない教室に逃げ込むことに成功した。
「……ここならしばらくは大丈夫そうだな」
とヘルムートが一息吐く。
「ヘルムート殿下、これは一体どうなってしまったんでしょうか? みんな、何者かに操られたかのように私たちの動きを妨害して……それに、どうして殿下だけが唯一正気を保っているのでしょうか。これはどういう──」
「まあ待て」
ヘルムートは私の口元に人差し指を付ける。
「焦る気持ちは分かるがな。一つずつ説明していこう。まず俺は……」
とつとつとヘルムートは説明を始めた。
ヘルムートは私と屋上で別れた後、本当に王城まで帰ろうとしていたらしい。
だが、この時間に帰っては城の者になにを言われるか分からない。それに癪だ……と。
そこで彼は途中で踵を返し、学園近くを彷徨いたり喫茶店に入ったりと時間を潰していた。
そしていよいよ帰ろうかとする時、花火が上がっているのが見えた。若草祭の花火か……と思うのも束の間、大きな花火が咲き誇った。
それは不自然なことではない。しかし違和感があった。花火の輝きがあまりにも大きかった気がしたからだ。
嫌な予感がしたヘルムートは、学園に急いだ。
「学園に到着すると……生徒共が全員正気を失っていて、まともに話が出来なくなっていた。誰か、まともなヤツがいないのかと探していて、お前を見つけたというわけだ」
「そうだったんですね。助けていただき、ありがと──」
「礼は全てが終わってから聞こう。今はこの状況をなんとかすることの方が先決だ」
とヘルムートの表情がさらに真剣味を帯びる。
「殿下は学園の外にいたから、まともな状態のままということでしょうか。だったら……」
「俺よりかはお前の方が不思議だと思うがな」
「私?」
「ああ。こんな異常事態となっては、いつもは聡明なお前でも状況判断が出来ぬか。話を繋ぎ合わせていくに、今のところあの花火が上がった瞬間に学園の中にいた者は全員正気を失っている。ならば──何故お前だけはまともなのだ?」
「……っ!」
それを聞いて気付く。
そうだ……どうして私だけは普通なんだろう。
フェリクスとオレリア、部長とモニカさん。
あの場にいた全員が異常な状態になっている。
同じ場所にいるのに、どうして私だけが違うのか。あの人たちと私ではなにが違うんだろうか。
「分からないようだな」
「すみません……」
「まあ分からないことを、いつまでもうだうだ考えている時間もない。次に取るべき行動を検討しよう」
ヘルムートは指を二本立てて、こう続ける。
「俺らが取るべき行動は、大きく分けて二つある。まず一つ目はこの学園からの脱出だ。そして救援を求める。これがもっとも現実的なものだろう。
そしてもう一つは……この原因の大元を突き止め、元の状態に戻してしまうことだ。だが、それは非常に困難であり危険が多い。俺としては勧めることが出来ないが……」
ヘルムートの言っていることはごもっともなことだ。
ただの学生である私たちが、こんな異常事態をどうにかしてしまうことは無謀だろう。
だけど。
『靴を返しに……ロレッタのところに……』
そう、うわ言のように繰り返していたフェリクスのことが気にかかる。
そのまま彼はふらっとダンスホールのバルコニーから去っていき、居場所が突き止められなくなっている。
「……なにか不安なことがあるみたいだな。話してみろ」
とヘルムートが優しげな口調で言う。
「はい。実は……」
私はあのダンスホールで起こった出来事について語る。
するとヘルムートは顎に手をやり、思案顔になって。
「なるほどな。やはり……」
「なにか分かったのですか?」
「今はまだただの推測だがな。しかし……この原因の大元が分かったかもしれぬぞ」
「そ、それは一体!?」
私はそう声を上げる。
「お前でも分かるのではないか? 考える材料は全て揃っている」
だが、ヘルムートは試すような口調で私に問いかけた。
私でも分かる……?
考えてみよう。
この一連の事件について、気にかかるのはフェリクスの行動だ。みんなが私を止めようとしてくるのに、彼だけは私に脇目も振らずにどこかに行ってしまった。
そしてあの時、フェリクスが繰り返していた言葉を聞くに、彼はロレッタのところに行こうとしている。
ロレッタもこの事件で正気を失っているんだろうか。
彼女といえば光魔法の使い手である。
光魔法がなんなのかは分かっていないが、もしかしたらこの事件を解決することが出来る……?
──いや、違う。
『光魔法とは世界の理の内側にある全てのものに干渉し、民を導く力』
「あ」
屋上で語ったヘルムートの言葉を思い出し、私は答えに辿り着く。
思わず声を発してしまうと、
「分かったか」
とヘルムートは優しい笑顔を浮かべた。
「はい……光魔法は民を導く力。それはもしかして、人を操る力だったのではないでしょうか?」
これはあくまで推論。言いがかりかもしれない。
だが、そう考えれば色々と辻褄が合ってくるのも事実だ。
ロレッタは花火に紛れさせて、光魔法を発動した。それによって学園中の人々を操ることが出来た。
操った人々の大半には私の足止めをさせて、フェリクスだけを自分のところに呼び寄せる。
そして……操ることが出来る人間が、世界の理の内側にいる者だけならば。
死に戻った私は、世界の理の外側にいると言っても過言ではないんじゃないだろうか。
だから私は学園の中にいたのに、ロレッタの光魔法が作用しなかった……と。
「ならば、俺たちの行くべき場所は決まっているな」
「はい──ロレッタのところですね」
フェリクスが彼女のところに向かっているなら、どちらにせよ行かないという選択肢はない。
他から救援を呼んでいる時間もないだろう。
それくらいのこと、ロレッタが考えていないとは思えないからだ。
「だが、問題はあの性悪女がどこにいるか……だ。クラリス、なにか心当たりはあるか?」
「そうですね……まず、ロレッタの力は限定的なものであると考えられます」
もし力が無限なら、わざわざ学園の中だけに光魔法の発動を限定させる必要はないように思えるからだ。
「だから……そんなに遠隔から発動させられないと思うんですよ。それにフェリクスを呼び寄せるなら、そんなに遠くで待っているわけにもいきません」
「確かにそうだな。ということは近くにいると?」
「ええ。おそらく学園の中……そしておそらく、学園全体の風景を眺められる場所にいると考えられます」
基本的に魔法というものは、相手を視界に入れておく必要がある。優れた魔法使いなら別だが……そうであっても、目の前にいる相手に魔法をかける方が何倍も正確性が高くなる。
「だから学園中に光魔法を発動させるため、なるべく学園全体を眺められるような場所にいると思います」
「学園全体を……なるほど! そういうことか!」
ここでヘルムートも合点が付いたのか、そう大きな声を発する。
「はい。学園の風景を眺められる場所……ロレッタは校舎の屋上にいる可能性が高いと考えられます」
もちろん、これはただの推測。
そもそも光魔法の能力からして間違っていて、ロレッタも学園にはいないかもしれない。
だけど不思議なことに、今の私にはこの推測で間違いないという確信があった。
「そうと分かれば、屋上に行くぞ」
「殿下も付いてきていただけるのですか?」
「当たり前だろう。あの女に一発ガツンと食らわせてやらねば気が済まん」
ニカッと少年のような笑みを浮かべるヘルムート。
……そうとなれば決まり。
だが、彼と話している時間が長かったせいか、他の人たちが私たちのいる場所を突き止め、この教室に雪崩れ込んできた。
「ふんっ、その程度で俺たちを止められると思っているのか?」
そう言って、ヘルムートは『体育』の授業用に、教室に置かれていた模擬剣を手に取る。
「お、お手柔らかにお願いしますよ? 私たちの推測が当たっているなら、その人たちはロレッタに操られているだけ。言うなれば被害者なのですから……」
「無論だ、怪我はさせんよ。まあ……筋肉痛くらいは覚悟してもらわねばならぬがな」
とヘルムートは楽しそうに言う。
前世では断罪するために私の前に立ちはだかった彼は、今は守ってくれる。
そのことに不思議な感覚を抱くが、今はただただ彼のことが頼もしく見えた。
「行くぞ!」
「はい!」
私はヘルムートと一緒に校舎の屋上を目指して、駆け出した。




